第34話 《暗黒騎士》降臨の報告
統一歴九十九年四月十日、夕 - 青山邸執務室/サウマンディウム
『
何故これだけの広さが必要かというと、
そんなものは
『青山邸』を造成した代の伯爵がその移動の手間を嫌ったのが、ここで軍団幕僚を集めて会議を開けるだけの広さを持つ執務室が設置された理由だった。
そのだだっ
おかげで今回のように少人数で会議をするときは広い部屋の中央部に小ぢんまりと集まって話をすることになるため盗聴のリスクをかなり小さくすることが出来、秘匿性の高い話をするにはむしろ都合が良かった。
今、執務室の中央には
各円卓の上に卓上燭台が一つずつ、そして彼らの周りを囲うように燭台が並べられた。
外では未だ太陽がクンルナ山脈の
ずらりと並べられた銀の燭台の上で光を放つ上質な鯨油ロウソクは、
部屋の中央で燭台に囲まれた男たちの顔に浮かぶ、まるで自分たちが世界の最後の生き残りになってしまったかのような表情は、決してロウソクの明るさの不足が理由なのではなかった。
《
アルトリウスの報告したその事実が、場の雰囲気を暗く重苦しいものにしていた。
沈痛な面持ちでここに出席しているのはサウマンディア領主にして今回のメルクリウス目撃情報対応の総責任者であるプブリウス・ウァレリウス・サウマンディウス伯爵、その長男であり
そしてサウマンディアの
アルビオンニア側からはアルトリウス、スタティウス、ラール、そしてラールの秘書であるトラヤヌス・トランクィルスの四名が同席していた。
それぞれ頭を抱えたり、天井を見上げたり、
まずは、事情を飲み込むのに時間を要しているのだった。
大きすぎる出来事は頭で理解するのは簡単でも、実感として受け入れるのには苦労するものだ。
最初に沈黙を破ったのはプブリウスだった。
「ふむ・・・酒が入る前に話を聞けて良かったよ。
こんな話、酔っていてはまともに受け入れることなど出来なかったろう。」
「しかし
「お気になさらず・・・報告した私自身、未だに半信半疑なのですから。」
「誇り高き名門アヴァロニウス氏族の統領たるアルトリウシウス子爵家の跡取りだ、報告に嘘偽りなどありますまい。」とは元老院議員アントニウスの言である。
「ありがとうございます。」
元老院議員が何故軍団幕僚を兼任しているか、何故こんな辺境にいるかは理由がある。
まず、全ての軍団にはお目付け役として元老院議員が一人、軍団幕僚の肩書で就くことになっている。当然ながら軍団の監視が役目なので、軍団の指揮や運営といった実務には一切かかわらない。
ただ、この制度はかなり以前から形骸化しており、元老院議員のキャリア形成のために書類上は軍団幕僚に就任しているが、実際には着任と離任の挨拶の時だけ軍団本部に顔を出す程度で任期中の大部分をレーマに留まり続ける者がほとんどだった。
なお、最近ではその最低限の挨拶すら省略する不届き者が増えている。
次に彼がここにいる理由だが、たまたま彼がサウマンディアに隣接する属州オリエネシアで新たに発見されたという金鉱へ・・・公式には元老院議員として、非公式には共同出資者の一人として公費で視察旅行中だったのだが、たまたまそこへ今回のメルクリウス目撃情報が届けられ、彼が担当しているサウマンディア軍団が対応していることを知ったのだった。
もしも降臨を許すなどの不祥事が起これば元老院議員としてのキャリアに傷がつくし、逆にメルクリウス捕縛成功となれば・・・しかもその時軍団幕僚として実際に現地にいたならば・・・計り知れない得点となるだろう。
レーマからサウマンディウムまでは片道で急いでも二か月程度はかかってしまうが、オリエネシアからなら半月かからない程度で到着できる。
彼は急遽予定を変更してサウマンディウムへ急行し、昨日到着したのだった。
「しかし、《暗黒騎士》というのは間違いないのですか?」
「
確認しようにもできませんが、おそらく間違いないだろうと考えております。」
「そう考える理由をお尋ねしてもよろしいですか?」
アントニウスの質問を受けてアルトリウスはスタティウスと一度顔を見合わせ、再び視線をアントニウスに戻すと続けた。
「『海峡の乙女』か『アルビオーネ』の名を御存知の方はいらっしゃいますか?」
アルトリウスは一同を見回すが、誰も知らないようだった。
予想通りの反応だが、かまわずアルトリウスは続ける。
「アルビオーネとはアルビオン海峡を
ブッカのヘルマンニは『海峡の乙女』と呼んでました。」
「そのような者の存在など、聞いたことがない。
それがどうかしたのか?」
プブリウスは話が変な方向へ進んだことに驚きながら訊いた。
「はい、アルビオンニウムから出港する際、我々の前に姿を現しました。
どうやら《暗黒騎士》の気配を察知して現れたようでした。」
「ほう・・・」
サウマンディア側の出席者たちは話を
「それで、その《水の精霊》が現れて何かしたのですか?」
「はい、
「なんと!?」
「そして、もし誰かを討ち倒すために降臨したのであれば、自分が先陣を務めるとまで申し出ていました。」
まあ、信じられるような話ではない。実際、サウマンディア側の出席者の反応はそうしたものだった。中には悪い冗談でも言われたかのように頬を引きつらせて笑いかけのような表情を浮かべている者も居た。
それを見てスタティウスがすかさずフォローに入る。
「アヴァロニウス・アルトリウシウス子爵の申し上げた事は真実であります。
自分もその場におり、この目で見ました。」
低く力強い声で身を乗り出して話すスタティウスの迫力に
「我々は別にアヴァロニウス・アルトリウシウス子爵の報告を疑っているわけではないよ。
ただ、事があまりの事なのでね・・・もちろん、初代アヴァロニウス・アルトリウシウス卿の下で
「ありがとうございます。」
アルトリウスが続ける。
「その
その魔力の波動と大きさは《暗黒騎士》に間違いないと。」
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