第515話 手紙の返事

統一歴九十九年五月七日、午前 ‐ アルビオンニウム郊外/アルビオンニウム



 青い空に輝く太陽は東山地オストリヒバーグ稜線りょうせんを離れだいぶ高く上がっていたが、木々に囲まれた木こり小屋の周辺にはまだ朝露に濡れた森の清浄な空気がわずかに残っている。


 昨日の山羊の肉は今朝までに十二人の健啖家けんたんかの腹に納まった。おかげで『勇者団ブレーブス』の十二人は完全とまでは言わないまでもおおむね回復を遂げている。

 ファドは魔力を回復させたフィリップ・エイー・ルメオによる追加の魔法によって体調を回復させ、戦線復帰を果たしていた。深刻な魔力欠乏に陥ったデファーグ・エッジロードとミシェル・ソファーキング・エディブルスはまだ完調というわけにはいかないようで、顔色がまだ悪く頭がフラフラすると言っていたが、日常生活を送るくらいは問題ない程度にはなっている。


 アーチャーのアーノルド・ナイス・ジェークは昨日、自分で獲って料理した山羊をみんなに喜んでもらえたのが嬉しかったのか、朝から猟へ出かけてしまった。


 ルイ・スタフ・ヌーブ、フィリップ・エイー・ルメオの二人は盗賊団たちの様子を見にでかけた。負傷者の治癒と、鉄砲の点検とメンテナンスのためだ。

 盗賊団に配ってある鉄砲はレーマ軍から奪った短小銃マスケートゥムだが、フリントロック式小銃なので火打石フリント火打ち金フリンジの点検と調整をしてやる必要がある。その作業は鉄砲を初めて持たされたばかりの盗賊たちにはまだ難しい。


 スモル・ソイボーイ、エドワード・スワッグ・リー、ファドの三人は一昨日から昨日にかけてのドサクサに紛れて逃げたであろう盗賊の捜索に向かっている。

 盗賊は戦力としては期待できないが、それでも頭数はあった方が良いし、鉄砲や爆弾を持って逃げているのなら取り戻したい。そして何よりも裏切って逃亡した者を放置しておいては残りの盗賊たちも逃げるようになってしまうかもしれないので、何らかのケジメは付けなければならない。


 ヘンリー・スマッグ・トムボーイは木こり小屋の中でポーションの調合だ。彼はエンチャンターだがある程度錬金術アルケミーも習得しており、簡単なポーションの調合をすることができたし、そのための道具も持ち歩いている。材料は現地調達で手に入るものを少しずつ加工して下ごしらえをして置き、ある程度そろったらまとめて調合するというやり方をしている。このため一度に大量に作ることはできないものの、毎日少しずつ加工作業を続ける必要があるのだ。


 デファーグとソファーキングは大事をとって今日は留守番ということになった。ただ、何もしないわけにもいかないので、昨日の山羊の血と腸で作ったブラッドソーセージを燻製にする作業をやらせている。火の番をするだけだから体調を回復しきっていない彼らでもそれくらいはできるだろう。


 リーダーのティフ・ブルーボールとペイトウィン・ホエールキング、そしてペトミー・フーマンの三人は昨日レーマ軍に、いや正確にはルクレティア・スパルタカシアに出した手紙の返事を木こり小屋の前で待っていた。ペトミーの放った使い魔のオオガラスが、神殿から返事を持って帰って来るはずだったのだ。


「来たぞ」


 ペトミーの声に顔を上げると、北東の空から巨大なカラスが迫ってきているのが見えた。足に何か掴んでいるのが見える。

 木こり小屋から見て神殿は北西の方にあるはずなのに北東から帰ってきたのは、手紙を受け取って飛んで帰るカラスの方角からアジトの位置を割り出されないようにするため、わざわざ遠回りさせたせいだった。


「やっとか…」


 ペイトウィンが待ちくたびれたかのようにため息交じりに言うと、立ち上がって大きく伸びをする。


「てっきり無視されたんじゃないかと思った。」


「それはないだろうよ。」


 あんまりな言い分にティフが呆れたように返すと、舞い降りて来たオオガラスはペトミーのすぐ頭上で減速、ホバリングしながら手紙を放した。ペトミーがそれを右手で受け取り、左腕を差し出すとカラスはそのままペトミーの左腕に降りる。


「どうだ?」


「いや、待って…ああ、蝋封ろうふうされている。

 開けてみてくれ。」


 パッと広げようとしたペトミーだったが、手紙が蝋封されているのに気づくとそのままティフの方へ手紙を差し出した。左手がカラスのせいで塞がっているため、封を開けにくかったからだ。

 ティフは受け取った手紙の蝋封のデザインを確認しながら、腰に下げていたナイフを抜き、蝋封を切った。


「どうだって?」


「まあ待てよ…」


 ナイフを戻しながら手紙を広げると、横からペイトウィンが覗き込んで来る。ティフは苦笑いを浮かべながら手紙に視線を走らせた。文章は英語だったが、字は角ばった活字体の大文字だけで書かれており、読みやすくはあったがエレガントさは欠片も感じられなかった。そして、その内容もティフの琴線きんせんに触れるようなものではなかった。読み進めていくにつれてティフの表情が歪み、手紙を持つ手が震え始める。


「な、何だこれ!ふざけてるのか!?」

「ええ、マジか?」


「何!?どうしたんだよ?」


 手紙を読んでいたティフはもちろん、横から覗き込んでいたペイトウィンの表情まで曇りはじめたことに違和を感じたペトミーがティフの横に回り込み、手紙を除きこむ。


「ふざけてやがる!!」


 ペトミーが読み始める前に先に読み終えたティフは、手紙を隣のペイトウィンに預けると、そう罵りながら後ろに振り替えり、地面を蹴りはじめた。


「クソっ!誰だよセプティミウスって!?

 そんな奴、知らねぇーよ!!

 NPCがしゃしゃり出て来やがって!!

 クソっ!!クソクソクソクソクソォーーーっ!!」


「ええ、何だよ?」


 怒り狂うティフに唖然としながらペトミーはペイトウィンが読みやすいように広げてくれた手紙に目を通した。

 そこには昨日の手紙を確かに受け取ったこと、そしてルクレティアは今日アルトリウシアへ帰ること、ヴァナディーズとジョージ・メークミー・サンドウィッチはカエソー・ウァレリウス・サウマンディウス伯爵公子の手によってサウマンディウムへ送られること、以後アルビオンニウム防衛はセプティミウス・アヴァロニウス・レピドゥスが責任者となるのでセプティミウスが交渉の相手になることが書かれていた。

 

「なんだこれ!?

 これって、ほとんど無視されてんじゃねえの?」


「そうだよ!!」


 呆れたペトミーに怒りの納まらないティフが憤慨したまま答える。


「俺らの事、何だと思ってるんだ!?

 俺たちは『勇者団』だぞ!!勇者の子で、ゲーマーの血を引く聖貴族だ!!

 それなのに、それなのになんだコレ!?」


 生まれてこの方、このようにぞんざいに扱われたことのないティフは怒りに身を任せるかのようにペイトウィンの手から手紙をふんだくると、まるで雑巾でも絞るようにグシャグシャに丸めて地面に叩きつけ、さらにそれを脚で蹴っ飛ばした。

 まるっきり駄々っ子そのまんまなティフの様子をペイトウィンとペトミーは呆れながら見守る。


「ああ~、てことはあれはそうなのか…」


「え、何が?」


 蹴とばされた手紙の行方を目で追いながらペトミーが漏らすと、その思わせぶりなセリフが気になってペイトウィンが尋ねた。


「コイツが手紙を受け取った時、メークミーの奴が乗った馬車が港の方へ向かったらしいんだ。」


「「何だって!?」」


 ペトミーの言った言葉の意味に気付いたティフとペイトウィンが一斉にペトミーの方を見る。


「間違いないのか!?」

「今日サウマンディウムへ送られるって事!?」


 ティフとペイトウィンに詰め寄られたペトミーは左腕に停まらせたカラスを撫でてやりながら言いづらそうに答えた。


「ああ…

 直接は見てないが、メークミーの奴はどうも『魔力隠しの指輪』リング・オブ・コンスィール・マジックを外しているみたいだ。神殿から港に向かう馬車の中からメークミーの気配がしてたってよ。」

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