第1279話 『勇者団』の条件

統一歴九十九年五月十一日、夜 ‐ グナエウス砦陣営本部プリンキパーリス・ブルギ・グナエイ西山地ヴェストリヒバーグ



「まだ何か?」


 カエソーは背もたれに上体を預けて尋ねた。先ほど、「待て」と言った時に自分の声が上ずってしまっていたのを気にしたティフは一度咳払いし、今更ながら居住まいを正す。


「もちろんだ。

 閣下が捕えた我々の仲間たちとその持ち物について、解放を要求する」


 立ったままのティフを見上げカエソーは怪訝けげんそうに顔をしかめた。


「彼らはムセイオンの由緒正しき聖貴族だ。

 不当な拘束は許されない。

 また、彼らの持ち物は《レアル》の恩寵おんちょうたる聖遺物アイテムなのだ。

 閣下が占有して良いものではない。

 即座に持ち主に返されるべきだ。

 すぐにでも引き渡してもらいたい」


 ティフが言い終わり、わずかな沈黙の時間が訪れるとカエソーはティフが言うべきことを言ったようだと判断し、一応の確認を取る。


「それでそちらの要求は全てですか?」


「……要求はこれですべてだ」


 ふむ……カエソーはそう一人納得するとのっそりと上体を起こし、両手を自分の膝の上に置いてティフを見上げた。


「こちらの回答は“ノー”です。

 いずれの要求も飲むことはできませんな」


「何だと!?

 俺たちはゲーマーの血を引く聖貴族だぞ!!

 俺とペイトウィンはハーフエルフだ!

 ヴァーチャリアで最も高貴な……」


 ティフがしゃべっている途中だったがカエソーは両手で自らの両膝をペシンッと叩いて音を立て、ティフの言葉を遮る。


「ムセイオンの聖貴族は勝手にムセイオンを出ても良かったのでしたかな?」


「ムッ……」


 カエソーの指摘にティフがたじろぐと、カエソーは膝に置いた両手に体重を預けるように前のめりになって続けた。


「アナタ方ゲイマーの血を引く聖貴族は勝手にムセイオンを出てはならない。

 また、いずこの国も王侯貴族も、ムセイオンの同意なしにアナタ方を外へ連れ出すことは出来ない。

 なのにアナタ方は勝手にムセイオンから出て来た……つまり脱走者だ」


「冒険者は自由だ!」


「アナタ方は冒険者ではない!!」


 ティフの反駁はんばくをカエソーが怒号で制すると、ティフはその迫力に圧されて一歩後ろに下がる。すると、背中が後ろへ回されていたグルグリウスの手に当たり、ティフは驚いて飛び退くのと同時に両手を腰の舶刀カットラスの柄にかけて身構えた。これには全員が驚き、カエソーとグルグリウス以外の全員が思わず身構える。


 グルグリウスコイツ、俺を捕まえようとしていた!?


 だがグルグリウスはそのまま身動みじろぎもせずに立ったままティフを見下ろしていた。


「気を付けませんと、燭台に当たるところでしたよ?」


 グルグリウスが何の感情もこもっていない、やけに低く太い声で言いながらニヤリと口角を上げる。見れば確かにグルグリウスが横に伸ばしていた腕の後ろ側には、カエソーが腰かけている応接セットの四隅を囲うように置かれていた燭台の一つがあり、もしあのままティフが下がれば燭台に当たりそうになっていた。

 ティフはギリッと歯を食いしばり、毒づく。


「そういう時は燭台の方を動かせばいいだろ!?」


 八つ当たりもいいとこである。それでもハーフエルフの聖貴族ティフ・ブルーボール二世の言葉ともなれば普通NPCの使用人ならばかしこまってその言葉に従うのだが、今回は相手が悪かった。あからさまに残念なモノを見る様に顔をしかめ、呆れたように言い返してくる。


「その前にアナタ様が最初から素直に腰かけていればこんなことにはならなかったのですよ?」


「くっ……う、うるさい、減らず口を叩くな!」


いいですかなエクスキューズ・ミー!?」


 顔を赤くしてグルグリウスに噛みつき始めるティフにカエソーが苛立ちの滲んだ声で呼びかける。ティフが身構えたまま顔だけカエソーに向けると、カエソーは先ほど呼びかけたのと同じ、良く通る声で続けた。


『勇者団』アナタ方がムセイオンを脱走してきたことは、既に御仲間から供述を得ております。

 外出許可を得ていない以上、我々はアナタ方の身柄を保護し、ムセイオンに送り返さねばなりません」


「待て、俺達は閣下の手をわずらわせるまでもなく、自分たちで帰る意思はある!

 こちらの提案を聞け!」


 ティフは意識をグルグリウスからカエソーへ戻し、焦ったようにそう要求するとカエソーは困った様な顔をして腕組みしつつ背もたれに体重を預けた。見る人間が見ればその態度は明確な拒絶のサインなのだが、ティフは聞く気があると勘違いしたらしい。顔にわずかに喜色を滲ませながらカエソーの対面にそそくさと腰かけた。その際、舶刀の鞘が長椅子クリネの背もたれに当たってガチャガチャと音を立てる。

 腰かけたティフはそのまま両膝に自らの両手を置き、前のめりになって彼らの提案とやらを語り始めた。


「閣下が仲間たちを解放し、所有物を返還してくれるなら、『勇者団』われわれはアルビオンニアから出て行く」


 カエソーは渋面はそのままに片眉を持ち上げた。ティフはそれに手ごたえを感じ、さらに続ける。


「閣下にもレーマ軍にも迷惑はかけない。

 『勇者団』われわれはこのまま大人しく他所へ行くつもりだ」


 ティフからすればそれは大きな譲歩の筈だった。彼ら『勇者団』にもタイムリミットはある。ムセイオンが彼らの行方に気づき、大聖母フローリアが追手を差し向けてくるまでの間、おそらくあと一か月かそこらまでに降臨を起こさねばならないのだ。だが、ティフ達の理解するところでは降臨は満月か新月の日でなければ起こせない。つまり、チャンスはあと一度きり……それなのに今からアルビオンニアを出て他の最適地を探すところからやり直すというのである。ティフにとって、そして『勇者団』にとって、それは“最後の譲歩”とでも言うべきものだったのだ。この提案は仲間たちの同意を得ていなかったのだから、『勇者団』のリーダーとしてはかなり思い切った提案と言える。

 しかし先ほどとは違いカエソーの表情は全く変わらなかった。ティフはてっきりカエソーが喜んで食いついて来ると思っていたのに、反応があまりにも薄いので焦り始める。


 あれ、何でだ?

 ……そうか、いい話だけを言って後から条件をつけられるかもと思って警戒してるんだな!?


「も、もちろん、それを実現するためには仲間の解放と聖遺物アイテムの返還だけではなく、精霊エレメンタルたちにもこれ以上『勇者団』われわれの邪魔をしないよう話を通してもらわねばならない。

 説得のために何か対価が必要なら用意しよう。

 といっても我々も旅先なので用意できるものは限られるが、後からでもいいならムセイオンに帰ってから必ず送り届けると約束しよう」


 だがカエソーの表情は変わらなかった。それどころか、二人の周囲に立つ者たちもどこか憂鬱そうな表情であり、中には憐れみすら感じられるような視線をティフに向けている者すらいた。

 ティフは周囲の無反応に戸惑ったが、ふと自分の提案がどうやら嘘かハッタリの類だと思われていて信じてもらえていないのだと考えた。一人でニヤリと笑い、おもむろに腰のポーチを漁ると、中から握りこぶし大の袋を取り出してテーブルにドンと置く。それはテーブルに置かれる瞬間、誰もが予想していたよりもずっと重々しい音を立てた。


「見ろ、これはムセイオンで使われている金貨だ。

 この袋だけで五十枚は入っている。

 こちらの条件を飲んでくれれば、すぐにでもこの十倍は用意しよう」

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