第950話 嘘の気配

統一歴九十九年五月十日、未明 ‐ ブルグトアドルフ近郊/アルビオンニウム



 仁王立ちになり、張った胸の前で偉そうに腕を組む青二才……ペイトウィンをやや前屈みになった姿勢で見上げていたクレーエは、消えかけていた愛想笑いを思い出したように作り直した。


「あい、じゃあアタシどもに付いて来ておくんなせぇ。」


 ニッと笑ってそういうと手下たちを振り返って「お前たちはさっさと担架を作れ。材料拾ってきたんだろ?」と、まるでペイトウィンと対峙していた時とは別人のような低い声で命じる。盗賊たちは戸惑いながらも「へいヤー」と小さく返事をし、さっそく拾って来た木の棒やら蔓草つるくさを組み合わせて担架を作り始めた。

 盗賊たちには正直言って面白くなかった。自分たちは確かに『勇者団』ブレーブスの面々に比べれば弱いが決して無能ではない。盗賊としてそれなりに場数は踏んできていたし、ここ数日で本職の軍隊相手に修羅場も潜り抜けている。今日は御伽噺おとぎばなしにしか出てこないような悪魔ディーモン相手に果敢に攻撃をしかけ、エイーとペイトウィンを助け出すという信じられないような仕事まで成し遂げたのだ。それなのにその立役者であり自分たちの事実上の首領フューラーであるクレーエがその働きが十分に認められることなく未だに不当に軽んじられている。働きは見事だったなどと口先では認めているようだが、同じ口で無礼が目に余るだのとケチをつけ、あまつさえ不問にしてやるなどと恩着せがましいことを言って差し引きゼロにされたのでは、実質的に何も認めてないのと同じではないか。命をかけた働きはキチンと認められるべきだし、働きを認めたなら言葉だけじゃなくてちゃんとした特別な報酬があってしかるべきだ。それが無いのは不当以外の何物でもない。そして何よりも面白くないのは当のクレーエがそれに甘んじているように見えることだ。

 だがそれでも盗賊たちは黙って従った。面白くはないが現状でもまだ彼らよりペイトウィンの方が強いという事実は変わらないのだし、あの悪魔が追撃をしてくるならペイトウィンの戦闘力はあった方が良い。どうせ手を組まねばならないのなら、それがどれだけ不愉快な人間ではあっても悪魔よりはマシだろう。それにクレーエはペイトウィンの御機嫌を取っている風には装っているが、完全に言いなりになっているわけでもない。イザという時、自分一人で逃げるよりはまだクレーエに従って行動を共にした方が生き残れる可能性が高いように思える。

 そういうわけで盗賊たちはクレーエをまだ見限っていなかったし、それにエイーには盗賊たちはそれぞれがかつて治癒魔法で助けて貰った義理があった。クレーエがエイーを助けるために担架を作れというのなら、これをあえて拒否する理由は盗賊たちには無い。が、盗賊たちの作業は突然止まる。


静かにッシュテー・ザイン!!」


 誰かが何かに気づき、低く短く鋭く言うと全員がピタッと動きを止めて耳をませた。


「ん、どうかしたのか?」


 盗賊たちの異変に遅れて気づいたペイトウィンが尋ねると、クレーエが咄嗟に口に指を当てて静かにするよう無言で合図する。ペイトウィンは怪訝けげんな表情を作りながらも大人しく口を閉ざし、盗賊たちと同じように耳を澄ませた。


 パキパキッ、ペキッ……


 遠くで枯れ枝が折れる音がする。まだ遠すぎて姿は見えないが、それはゴーレムたちが地面に落ちていた枯れ枝を踏み折る音だった。盗賊たちの顔に緊張走る。


「来た……来やがったぜ?」


 誰かが悲鳴じみた声を絞り出すと、それを打ち消すようにクレーエが矢継ぎ早に指示を出す。


「担架はヤメだ!

 追いつかれる前にズラかるぜ!?

 レルヒェ、今度はお前がルメオの旦那ヘル・ルメオかつげ!

 誰か代わりにレルヒェの銃を持て。」


 手下に恐怖が伝播でんぱする前に行動を起こさねばならない。恐怖にかられた人間は容易に統率を失い、暴走する。一度パニックを起こせばどんな優秀な人間であってもこれ以上ないほどの無能と化す。そして無能な味方ほど厄介な存在はない。どれだけ強大な敵よりも、無能な味方の方がよっぽど恐ろしい。

 クレーエの意図を知ってか知らずか、盗賊たちはクレーエの命令に従って迅速に行動を起こし始めた。作りかけの担架を放り投げ、レルヒェは素早くエイーの元へ駆け寄って担ぎ上げ、エンテはレルヒェが手放した銃を拾い上げる。他の者たちは立ち上がるや否や自分の銃に弾を込め始める。

 その間、クレーエは一人で祈りでも捧げるように目を閉じて《森の精霊ドライアド》から貰った木の枝を額に押し当てていたが、レルヒェがエイーを担ぎ上げるのとほぼ同時に目を開け周囲を見渡した。盗賊たちは弾込め作業を続けている者もいたが全員が移動の準備を整えていた。


「よし行くぜ、俺についてこい。

 ホエールキングの旦那ヘル・ホエールキンッ、ついてきてくだせぇ。」


 全員が頷き、クレーエは身をひるがえして尾根を北西へ下り始めた。


「待てクレーエ!」


 クレーエが三歩ほど進んだところで背後からペイトウィンが呼び止める。全員が動きを止め、何かとてつもない面倒の予感を感じながらペイトウィンへ視線を向けた。


「俺はアジトの山荘へ案内しろと言ったぞ!?

 そっちは違うだろ?」


 ペイトウィンの指摘にクレーエは口元を一瞬ゆがめた。しかし、それは愛想笑いといったたぐいのものでは無い。


「アタシは安全な場所へ案内すると言いましたぜ?」


 踏み出すところをすんでのところで踏みとどまっていたペイトウィンはクレーエの答えを聞くと踏み出していた脚を引っ込め、その場に仁王立ちになった。


「アジトの山荘へ行かないつもりか!?」


「行きますとも、こっちからね。」


 クレーエは愛想笑いを思い出したように口角を持ち上げた。しかし、ペイトウィンの表情は変わらず、固いままだ。


「俺は土地勘はない。

 だがアジトの山荘があっちの方だってことぐらいは分るぞ。

 山荘はこの尾根を東へ登ったあたりだ、そっちは尾根を降って行く方だろう?」


「たしかに山荘はそっちです。

 ですが直接アジトへ向かうのは危険なんでさぁ。」


 せせら笑うように言うクレーエにペイトウィンは不審の目を向けた。互いに黙ったまま見つめ合い、大きく白い息を二度、三度と吐き出す。


「おい、あそこにあるのは馬の足跡だ。

 お前の手下が連れて行った、俺たちの馬のだ。そうだろう?

 さっき見つけたんだ。

 馬の足跡は東へ尾根を登っているぞ!

 何で俺たちを引き離すんだ!?

 俺たちをどこへ連れて行く気だ!?」


 声に怒気をにじませたペイトウィンを目の当たりに、クレーエはまいったなとばかりに短く笑うと両手を広げて見せた。


「誤解でさぁ!

 馬を連れて行った手下どもは確かにここを通って直接山荘を目指しましたとも。ご賢察の通りでさぁ。

 だが今は状況が違う。アタシぁ馬を連れてった連中には馬を連れて行けとしか言ってません。だからアイツらぁまっすぐ行っちまった。

 けどそっちの道はホントに危ないんでさぁ。

 そっちに行くと木の薄いところがあって、あの悪魔ディーモンに見つかっちまう。

 あの悪魔ディーモンの奴ぁ今だって空からアタシらを見つけようと森を見下ろしてるんですぜ!?」


 クレーエの説明はペイトウィンにはもっともなように聞こえた。が、同時に的確だからこそ疑問が湧きおこる。


「何でお前にそんなことがわかる!?」


 クレーエこいつ魔物モンスターについては素人の筈。

 そのクレーエコイツにグルグリウスの行動パターンなんてわかるわけがない。

 なのに何でグルグリウスが空から見下ろしてるなんて言えるんだ!?

 クレーエコイツの態度や雰囲気には覚えがある。

 俺を騙そうとする卑劣な人間NPCがバレそうな嘘を誤魔化そうとする時の態度だ!


 クレーエを見下ろすようににらみつけ、糾弾するペイトウィンを見上げながら、クレーエは愛想笑いをニィっと引きつらせながら一本の木の枝を取り出した。


「アタシにゃぁ、《森の精霊ドライアド》様の御加護がございましてね。」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る