第950話 嘘の気配
統一歴九十九年五月十日、未明 ‐ ブルグトアドルフ近郊/アルビオンニウム
仁王立ちになり、張った胸の前で偉そうに腕を組む青二才……ペイトウィンをやや前屈みになった姿勢で見上げていたクレーエは、消えかけていた愛想笑いを思い出したように作り直した。
「あい、じゃあアタシどもに付いて来ておくんなせぇ。」
ニッと笑ってそういうと手下たちを振り返って「お前たちはさっさと担架を作れ。材料拾ってきたんだろ?」と、まるでペイトウィンと対峙していた時とは別人のような低い声で命じる。盗賊たちは戸惑いながらも「
盗賊たちには正直言って面白くなかった。自分たちは確かに
だがそれでも盗賊たちは黙って従った。面白くはないが現状でもまだ彼らよりペイトウィンの方が強いという事実は変わらないのだし、あの悪魔が追撃をしてくるならペイトウィンの戦闘力はあった方が良い。どうせ手を組まねばならないのなら、それがどれだけ不愉快な人間ではあっても悪魔よりはマシだろう。それにクレーエはペイトウィンの御機嫌を取っている風には装っているが、完全に言いなりになっているわけでもない。イザという時、自分一人で逃げるよりはまだクレーエに従って行動を共にした方が生き残れる可能性が高いように思える。
そういうわけで盗賊たちはクレーエをまだ見限っていなかったし、それにエイーには盗賊たちはそれぞれがかつて治癒魔法で助けて貰った義理があった。クレーエがエイーを助けるために担架を作れというのなら、これをあえて拒否する理由は盗賊たちには無い。が、盗賊たちの作業は突然止まる。
「
誰かが何かに気づき、低く短く鋭く言うと全員がピタッと動きを止めて耳を
「ん、どうかしたのか?」
盗賊たちの異変に遅れて気づいたペイトウィンが尋ねると、クレーエが咄嗟に口に指を当てて静かにするよう無言で合図する。ペイトウィンは
パキパキッ、ペキッ……
遠くで枯れ枝が折れる音がする。まだ遠すぎて姿は見えないが、それはゴーレムたちが地面に落ちていた枯れ枝を踏み折る音だった。盗賊たちの顔に緊張走る。
「来た……来やがったぜ?」
誰かが悲鳴じみた声を絞り出すと、それを打ち消すようにクレーエが矢継ぎ早に指示を出す。
「担架はヤメだ!
追いつかれる前にズラかるぜ!?
レルヒェ、今度はお前が
誰か代わりにレルヒェの銃を持て。」
手下に恐怖が
クレーエの意図を知ってか知らずか、盗賊たちはクレーエの命令に従って迅速に行動を起こし始めた。作りかけの担架を放り投げ、レルヒェは素早くエイーの元へ駆け寄って担ぎ上げ、エンテはレルヒェが手放した銃を拾い上げる。他の者たちは立ち上がるや否や自分の銃に弾を込め始める。
その間、クレーエは一人で祈りでも捧げるように目を閉じて《
「よし行くぜ、俺についてこい。
全員が頷き、クレーエは身を
「待てクレーエ!」
クレーエが三歩ほど進んだところで背後からペイトウィンが呼び止める。全員が動きを止め、何かとてつもない面倒の予感を感じながらペイトウィンへ視線を向けた。
「俺はアジトの山荘へ案内しろと言ったぞ!?
そっちは違うだろ?」
ペイトウィンの指摘にクレーエは口元を一瞬ゆがめた。しかし、それは愛想笑いといった
「アタシは安全な場所へ案内すると言いましたぜ?」
踏み出すところをすんでのところで踏みとどまっていたペイトウィンはクレーエの答えを聞くと踏み出していた脚を引っ込め、その場に仁王立ちになった。
「アジトの山荘へ行かないつもりか!?」
「行きますとも、こっちからね。」
クレーエは愛想笑いを思い出したように口角を持ち上げた。しかし、ペイトウィンの表情は変わらず、固いままだ。
「俺は土地勘はない。
だがアジトの山荘があっちの方だってことぐらいは分るぞ。
山荘はこの尾根を東へ登ったあたりだ、そっちは尾根を降って行く方だろう?」
「たしかに山荘はそっちです。
ですが直接アジトへ向かうのは危険なんでさぁ。」
せせら笑うように言うクレーエにペイトウィンは不審の目を向けた。互いに黙ったまま見つめ合い、大きく白い息を二度、三度と吐き出す。
「おい、あそこにあるのは馬の足跡だ。
お前の手下が連れて行った、俺たちの馬のだ。そうだろう?
さっき見つけたんだ。
馬の足跡は東へ尾根を登っているぞ!
何で俺たちを引き離すんだ!?
俺たちをどこへ連れて行く気だ!?」
声に怒気を
「誤解でさぁ!
馬を連れて行った手下どもは確かにここを通って直接山荘を目指しましたとも。ご賢察の通りでさぁ。
だが今は状況が違う。アタシぁ馬を連れてった連中には馬を連れて行けとしか言ってません。だからアイツらぁまっすぐ行っちまった。
けどそっちの道はホントに危ないんでさぁ。
そっちに行くと木の薄いところがあって、あの
あの
クレーエの説明はペイトウィンには
「何でお前にそんなことがわかる!?」
その
なのに何でグルグリウスが空から見下ろしてるなんて言えるんだ!?
俺を騙そうとする卑劣な
クレーエを見下ろすように
「アタシにゃぁ、《
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