第1028話 戦況の変化
統一歴九十九年五月十日、午後 -
マルクスの前に物々しいデザインの銀のスタンドが置かれ、そこに山羊の角を削って作った
「今のは氷か?
去年のがまだあったのか!?」
「いえ、これは今年の氷でございます。」
使用人はその大きく特徴的な瞳と唇をキュッと歪めて愛らしい笑みを作って答えた。
「今年の!?
まだ早いだろうと思ったが……」
ここアルトリウシアは緯度の割には気温が高い温暖な気候である。東に
そのサウマンディウムでもまだ今年の氷は手に入らない。ましてサウマンディウムより暖かいアルトリウシアの初氷が早いとは少しばかり納得しがたかった。
「この氷は南蛮の氷です。
この
「アリスイ氏族からか……なるほど……」
アリスイ氏族はアルトリウスの妻コトの実家である。アルトリウシア平野を挟んでアルトリウシアの南に領地を接する南蛮氏族であり、アルトリウスと政略結婚で結ばれてからは事実上の同盟関係になっていた。
ようやく合点がいったマルクスは山羊の角の角杯を手に取るとさっそく口を付ける。オレンジよりもずっと酸味の穏やかで口当たりがよく、程よく甘いミカンの果汁はマルクスの身体に心地よく染みわたっていく。
「う~ん……
身体が内から洗い流され、二日酔いの苦痛が消えていくようだ。」
飲み干したマルクスが満足げに言いながら、空になった角杯を突き出すと使用人はニコニコと微笑んだままお代りを注ぎ込む。
「その
スプリウスが言うと、マルクスは「そうかもしれぬ。」と嬉しそうに答えながらもう一口飲み、今度は飲み干さずに角杯をスタンドに置いた。そして果汁飲料を持って来てくれた使用人に手をヒラヒラと振って退室を促す。使用人はそれを見て笑顔を消すと、卓上に果汁飲料と氷が残っている
「さて、話を戻そうか。
アルトリウシアの状況だったな?
領民たちは戦を望んでいるのか?」
再び室内が自分たちだけになったのを確認したマルクスがバルビヌスに話の続きを促すと、バルビヌスはオホンと咳ばらいをし、状況を説明し始めた。
「いえ未だです。
ですが、今後そうなっていく可能性は高いでしょう。」
「どういうことだ?
マルクスは顔を
「正式な発表はありません。
ただ、ダイアウルフを撃退したと、ダイアウルフの血痕が残っていたと……それだけです。
ゴブリン兵については噂話でいくらか漏れている程度でしょう。」
「なら問題ないのではないか?
セヴェリ川の向こうからダイアウルフの遠吠えも聞こえなくなっているのだろう?」
再び角杯をとって果汁飲料を飲むマルクスにバルビヌスは首を振った。
「アイゼンファウストの対岸からはダイアウルフは撤退しました。
おそらくですが、セヴェリ川の向こうからダイアウルフの遠吠えが再び聞こえることは無いでしょう……少なくとも当面は。」
「ではこれ以上状況がエスカレートする心配はないのでは?」
今度はスプリウスが尋ねる。マルクスもスプリウスと同意見なのだろう。何のつもりか分からないが口に含んだ果汁飲料で頬を膨らませ、角杯をスタンドに戻しながら頷いている。
「
マルクスはゴクリと喉を鳴らせ、口の中に含んでいた果汁飲料を飲み下した。
「セヴェリ川越しにアイゼンファウストを
今、ハン族のダイアウルフはグナエウス峠で馬車を襲っています。」
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