第1029話 山狩りの兵力
統一歴九十九年五月十日、午後 -
「最初の犠牲が出たのが一昨日ですから、まだ御存知ないでしょうが……」
バルビヌスはそう言い添えると、マルクスとスプリウスは一様に呻いた。事態は想像していた以上にエスカレートしている。川越しにダイアウルフの遠吠えを聞かせるだけならまだどうということはない。住民は
だが現実にダイアウルフが襲撃行動を起こし、それによって被害者が出たなればもうそれは戦闘だ。もはやことを
ムズクの奴は何を考えている?
自らの滅亡を早めたいのか?
「それで、
マルクスは片手で
「ひとまず街道の防衛を強化しています。
荷馬車は隊列を組ませ、そこに根こそぎ動員した
同時に、掃討作戦も考えているようですな。」
「「掃討作戦!?」」
マルクスとスプリウスは共に耳を疑った。グナエウス峠に出没するダイアウルフを掃討するとなると当然山狩りを行うことになるだろう。行動範囲の広いダイアウルフを山から駆り出すのだから相当な兵力が必要になるはずだ。が、彼らの知る限りアルトリウシアにそれだけの兵力は存在しない。
アルトリウシア軍団の現有戦力は二千人台半ばくらいである。そこから山林の中で作戦できない
このうち第二大隊と第三大隊は昨年から総計三万人に達しようかという労働者たちと共に山の中でダムと上水道の建設工事に従事していた。ダムと上水道の建設計画自体は火山災害以前からあって測量も済んでいたものの、予算と資材と人手の不足から着工が見合わされていたものだったが、一昨年の火山災害の結果アルビオンニウムから大量の被災者がアルトリウシアに流れ込んできたせいで、住民が必要とする清潔な水の供給量が全く足らなくなってしまったことと、移住してきたものの仕事に就けないでいる被災者たちに職を与える必要があったことから、
残る第一大隊は
兵力が半減してしまった第一大隊はアルトリウシアの復旧復興事業とアイゼンファウスト地区の防衛で手一杯であり、とてもではないが動かす余裕はないはずだ。特務大隊も半数以上がルクレティアの護衛のためにアルビオンニウムへ派遣されており、残りの半数はリュウイチの住まう
なけなしの戦力を掻き集めたところで一個
広い山林で包囲網を作るには人数が少なすぎる。無理に分散させればダイアウルフの逆襲を食らって各個撃破されてしまうだろう。かといって
「詳細は分りませんが、グナエウス峠に潜むダイアウルフを積極的に狩るつもりのようです。
兵力は……どうやら
西山地は世界有数の豪雪地帯。冬季はダム工事も水道工事も積雪のため中断せざるを得ない。だから第二、第三大隊は共に撤収作業に入っていた。工事に従事している民間人のほとんどはアルビオンニウムからの避難民であり、当然ながらアルトリウシアに住むべき家を持たない。だから撤収に当たっては彼らの住む家も用意せねばならず、第二、第三大隊が総力を挙げて工事現場近くの宿営地の宿舎を解体し、麓に移設する工事を進めていた。その戦力の一部を山狩りに割こうというのである。
「うまくいくのか、それは?」
眉間にシワを寄せたマルクスの問いにバルビヌスは首を振る。
「実のところ、被災者のための住居建設は小官の予想を上回る速度で進んでおります。
「ナガィヤ?」
スプリウスは聞きなれぬ単語が引っ掛かり、聞き返すとバルビヌスは心なしか自慢するように語りだした。
「うむ、南蛮方式の住居だそうだ。
木造平屋の粗末な
しかし、一棟建てるのに三日とかからない。
必要な資材も兵舎と大差ないが、壁に土を塗るので木材を多少節約できる。
それがここのところ、毎日十棟くらいのペースで竣工しておる。」
レーマ軍の一般的な兵舎はログハウスのような構造をしている。解体と組み立てが容易で移設が簡単に行えるように考えて作られているのが特徴だ。簡単に建てられはするのだが、壁を全部木材で作るため大量に建設しようとすると木材の調達に難が生じる。
「土だって!?
コンクリートじゃなくてか?」
「コンクリートじゃありません。
土を水で溶いてよく
乾燥に時間はかかりますが、コンクリートよりは早く乾きます。
型板も要らないから、壁が乾ききるのを待つ必要も無い。」
想像したマルクスは顔を
「蛮族らしい乱暴な建物のようだな。
土の壁なんて雨に濡れたら崩れてしまうんじゃないのか?」
アルトリウシアは雨が多い。年中雲が上空を覆い、毎日のように雨が降り続く特異な気候だ。そんなところで土の壁で家を作れば簡単に崩れそうではある。
「確かに土壁は水に濡れると弱いようです。しかし屋根の
あと、壁の下半分は上から木の板を打ち付けて、雨や雪で濡れないようにする。
そこらへんは南蛮人も対策していますよ。」
バルビヌスは何故か南蛮人を代弁するかのように反論した。彼としては最低限の資材でこうも急ピッチで住居を整備しているアルトリウシアと、それを可能にしているナガィヤにそれなりに関心を寄せていたのだろう。
多少ムキになったようなバルビヌスにマルクスは抑えるように両手を
「それはわかった。
ともかく兵力の抽出には問題ないんだな?
それでも貴官は首を振った、その理由を説明してくれないか?」
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