第1244話 交渉のテーブルに着く資格

統一歴九十九年五月十一日、晩 ‐ ライムント街道第三中継基地スタティオ・テルティア・ライムンティイ宿駅マンシオー/アルビオンニウム



 アッピウスと百人隊長ケントゥリオたちの刺す様な鋭い視線がクレーエに集中する。


 ……不味まずったか?


 自分の力を見せつけ、余計な下心を抱かせないようにする……それは弱肉強食の社会で人間関係を穏便に保つためには必要なことだ。だからこそクレーエはレーマ軍に侮られないように魔法を使って見せたし、また魔導具マジック・アイテムを奪おうなどと思わせないように持ち主である自分以外には使えないと印象付けるため、あえて挑発的な態度でレーマ軍がクレーエの魔法の杖マジック・ワンドを試すように仕向けた。自分たちには使えない魔法を使え、しかも魔導具もクレーエ本人にしか使えないと分かれば、レーマ軍もクレーエに一目も二目も置かざるをえなくなるだろうからだ。

 だが、それを目論見通り成し遂げた結果、レーマ軍人たちがクレーエに向けている視線と態度はクレーエが予想し、望んだものとはいささか異なっている。


 ひょっとして、力を見せすぎちまったか……


「‥‥‥‥」


 クレーエは思考を止め、アッピウスと五人の百人隊長ケントゥリオの観察に集中した。失敗したのなら修正なり挽回なりしなければならない。いや、そもそもここから生きて帰ることを考えねばならないのかもしれない。エイーをレーマ軍に投降させる交渉の糸口を掴むのは今や二の次だ。


「おい」


 アッピウスたちはクレーエの表情が変わったことにもちろん気づいていた。


魔法の杖ソイツをこっちへ寄こせ」


 アッピウスの命令を受け、倒れた百人隊長の様子を見ていた百人隊長が、倒れた百人隊長が掴んだままになっていた杖を奪い取り、後ずさるようにスッと立ち上がる。それを見てクレーエは眉を寄せた。


「それを返していただきましょうか。

 試すのはもう十分でしょう?

 それは私にしか使えません」


「ダメだ!

 次は神官フラメンにでも試させる。

 百人隊長ケントゥリオがダメでも神官フラメンなら使えるはずだ。

 まさか盗賊ごときが神官フラメンよりも魔力に優れるなどということはあるまい」


神官フラメンでも同じことですよ。

 そのワンドが使えないのは魔力が足らないからではありません。

 精霊エレメンタルの特別な加護を与えられてないからです」


「貴様が精霊エレメンタルの特別な加護だと!?」


「私は聖貴族コンセクラトゥス伝手つてで、とある精霊エレメンタルと契約を結べたのです。

 言ったでしょう、その杖は私のために特別に作られたものだと?」


 アッピウスはギリッと奥歯を噛みしめた。


「我々に使えなくとも、貴様に使えるのなら奪う価値はあるさ。

 それを失えば、貴様も魔法は仕えなくなるのだろう?」


 繰り返されるクレーエの警告にアッピウスが怒気を孕んだ声で応えると、それまで表情を消していたクレーエは顔を曇らせた。

 

「それがこれから交渉をしようという相手に対する貴族ノビリタスの態度か?」


「交渉相手と認めるかどうかは我々が決めることだ」


「認めさせるために魔法を使って見せましたし、その杖を試させもしたのですがね」


「勘違いするな。

 貴様は魔導具マジック・アイテムの力を見せただけだ。

 貴様の力を見せたわけではない。

 たかが盗賊ごときが、分不相応な魔導具マジック・アイテムで身の程を忘れるな!」


 まるで捨て台詞のように吐き捨て、アッピウスはクレーエとの会話を打ち切った。

 チッ……クレーエが忌々し気に舌打ちするとアッピウスは百人隊長たちに命令を下しはじめる。


「おい、早くそれを持ってこい!!

 お前たちはクレーエそいつを捕まえて連れていけ!

 ハーフエルフの居場所を吐かせるんだ!!」


 命令を受け、アッピウスの右側に立っていた一人と倒れている一人を除く百人隊長たちが一斉に動き始めた。一人は杖をアッピウスに届けるために、残りの三人はクレーエを取り押さえるために……だがその四人が目的を達することは出来なかった。


『大きいヒト!?』


『手筈通りだ、やってくれ相棒!』


 ヒュッ!!……クレーエと倒れている百人隊長を除く室内にいた全員の足元から突然何かが跳ね上がり、一瞬で身体に絡みついたかと思ったらほぼ完全に拘束してしまった。


「んっ!?」

「な、何だ!?」

「う、うぐっ!……クソッ!?」


 彼らを拘束したのは魔法のいばら……地属性の拘束魔法『荊の桎梏』ソーン・バインドだった。

 魔法が成功したのを見届けるとクレーエはホウッと胸を撫でおろすように大きな溜息をつき、そして杖をアッピウスに届けようとしている百人隊長へ歩み寄った。そして手に持った杖を掴み奪い返そうとする……が、百人隊長は杖をしっかりと握りしめて放そうとしない。


「……返していただきましょうか?」


 クレーエが杖を掴むために屈めていた上体を起こし、百人隊長に顔を近づけて言うと、百人隊長はクレーエとアッピウスの顔を交互に見比べたのち、何かを諦めたようにようやく杖を手放した。


「おい貴様、これは一体なんだ!?」


 まるで神に祈りでも捧げるように取り返した杖を額に当てるクレーエにアッピウスが忌々し気に尋ねる。クレーエはすぐには答えず、しばらく無言のまま杖を額に当てて深呼吸を繰り返していたが、れたアッピウスが「おい!答えろ!!」と叫ぶとクレーエはようやく杖を持った手を降ろし、アッピウスに向き直る。


「魔法ですよ。

 『荊の桎梏』ソーン・バインドっていうね。」


「貴様、上級貴族パトリキにこんな真似して、只で済むと思うなよ!?

 貴様が望んだ交渉も全部無効だ!!……!?」


 喚き始めたアッピウスにクレーエが無言のまま近づき始めると、アッピウスは一度言葉を飲んだ。そのアッピウスにクレーエは羽織っていた外套を跳ね上げ、腰に下げていた短剣を見せる。


「交渉相手として認めないと言ったのはアンタだ。

 認めてもらえねぇんじゃしょうがねぇ、こっちも話し合いは諦めるしかねぇなぁ?」


 アッピウスも属州領主ドミヌス・プロウィンキアエの家に生まれた男……軍団レギオーを率いる軍団長レガトゥス・レギオニスである。軍の指揮や作戦はもちろん、それなりの武芸も身に着けている。だが今の身動きの取れない状況ではたとえ相手がズブの素人であったとしても身の守り様がない。

 不本意な状況に追い詰められたことに気づいたアッピウスはギリッと歯ぎしりし、眼前に迫ったクレーエを睨みつけた。そのアッピウスにクレーエは身体を折って視線を下げ、アッピウスの顔に臭いどころか体温さえ伝わってきそうなほど顔を近づける。


「それとも、今からでも交渉相手として認めてもらえるって言うんですかね?」

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