第366話 ロック・ゴーレム

統一歴九十九年五月三日、夜 - 倉庫群/シュバルツゼーブルグ



「先生ったらこんなところに何をしに?」


 リュウイチから貰った魔導具マジック・アイテムを身に着けたルクレティアはヴァナディーズにだいぶ遅れ、ヴァナディーズが向かったであろう倉庫群ホレアへたどり着いていた。だが、ルクレティアがここへたどり着くかなり前にヴァナディーズは倉庫群ホレアの建物の影に隠れてしまっており、ヴァナディーズがどの倉庫ホレウムに入って行ったかは分からない。


 ルクレティアは尾行などという行為に慣れていなかった。そりゃ鬼ごっこやかくれんぼといった遊びは幼いころに散々やった憶えはあるが、かといってこういう追跡ゲームのような事はやった覚えが無い。ヴァナディーズが建物の影に隠れて視界から消えてしまった時点で完全に見失ってしまうのも当然であろう。


「困ったわね…まさか一つひとつ全部当たるわけにもいかないし…」


 ルクレティアは途方に暮れてしまった。

 ここに並んでいる倉庫ホレアは建物の数だけでも十棟以上あるが、その一棟一棟が複数の倉庫ホレウムを一つにまとめたような形をしている。だいたい五つの倉庫ホレウムを連結させて一つの棟を形成しており、しかもその中は二階建て構造になっていて、多数の部屋に仕切られていたりする。おまけに各倉庫ホレウムの外壁は火災が発生した場合の延焼被害を食い止めるため、厚さが三ぺス(約一メートル弱)ほどもあり、中で多少声を出したところで外まで漏れ聞こえることはない。この中に隠れている人を探せと言われても、中々見つけることは出来ないだろう


 もしかしたら、倉庫群ホレアを通り過ぎて向こう側の林へ行ったのかもしれないし、更に先の土塁の方まで行ってしまったのかもしれない…そんなことを考えながらルクレティアは倉庫ホレアの間の通路の真ん中を、左右に首を振ってヴァナディーズの姿を探しながら歩く。

 最初は好奇心と冒険へのワクワクが勝っていたルクレティアだったが、人気のない倉庫群ホレアを歩いているとさすがに心細くなってくる。心細くなるにつれ、チラチラと肩に乗っている《地の精霊アース・エレメンタル》へ視線をやる頻度も高くなってきた。《地の精霊アース・エレメンタル》は寡黙かもくであまりしゃべろうとしないのでイマイチ存在感が薄く、居るのはわかっているのについ目で存在を確認したくなる。


 ここを一周して見つけられなかったら帰ろう…ルクレティアがそう思い始めたころ、ルクレティアは一つの倉庫ホレウムの扉が半開きになっているのを見つけた。


「あそこ…かしら?」


 心細さからか口に出して誰にともなく問いかける。返事は当然無い。

 ともかく、ルクレティアは半開きになった扉の方へ駆け寄った。リュウイチから貰った魔導具マジック・アイテム『羽毛の足飾り』フェザー・アンクレットの効果で足は地面からわずかに浮いているため、尾行には素人のルクレティアが不用意に走っても足音一つしなかった。


「ま、待ちなさいよ!

 アナタたちの事なんて言わない!言うわけないでしょ!?

 言えば私もただでは済まないのよ!?」


 入口近くまで近づくと、半開きになった扉の向こうから声が聞こえてきた。声からしてヴァナディーズのようで、英語で誰かと話しているみたいだが、相手の声の方は聞き取れない。


「言ってないわよ!

 何でそうなるの!?」


 話の内容は聞き取れないが何やら興奮しているようだ。逢引あいびきとかなら邪魔しちゃ悪いとは思うが、そういう雰囲気では全くない。ともかく、こういう人気のない場所で、しかも夜中に言い争うとなると、たとえ親しい相手とであっても何か間違いが起るかもしれない。

 ひとまず声をかけて場所を移してもらった方がいいだろう。そんな気がする。


「い、行った方がいい…ですよね?

 なんか、変な雰囲気だし?」


 ルクレティアは肩に乗った《地の精霊アース・エレメンタル》に話しかける。


『守るのか?』


 いつも口数が少なく、返事をしてくれないことも珍しくない《地の精霊アース・エレメンタル》からの返事にルクレティアは少し驚いた。


 守る?ヴァナディーズ先生の事よね?


「え!?…ええ。ヴァナディーズ先生に何かあっては困ります。」


『少し待て、相手は既に殺気立っている。

 戦いになる。が要る。』


 ゴゴッゴッ…ゴロゴロゴロゴゴゴゴゴゴ…


 《地の精霊アース・エレメンタル》がそう言うと石畳の路面が急に盛り上がり、起き上がり、そして人の形になった。もっとも、シルエットが人の形っぽいだけで、石畳に使われていた石のブロックが人の形っぽく集まっているだけである。人形にしてもかなり不格好だが、大きさはコボルトの戦士さえ凌ぐほど大きい。まさに見上げる高さだ。

 ルクレティアが『地の指輪』リング・オブ・アースを使ってもこれほどのゴーレムは召喚できない。しかも今回、ゴーレムが召喚されたにもかかわらず指輪に魔力を全く吸われなかった。つまり、ルクレティアが召喚したものではない。


「ゴ、ゴーレム!?」


『ロック・ゴーレム。

 ワシが召喚した。』


 ルクレティアが装備している『地の指輪』リング・オブ・アースに宿る《地の精霊アース・エレメンタル》はリュウイチが直接召喚し、指輪に宿らせたものである。指輪の装備者であるルクレティアは呪文を詠唱し魔力を供給することで《地の精霊アース・エレメンタル》の力を使うことが出来たが、《地の精霊アース・エレメンタル》自体はこの時装備者に代わって魔法の制御をおこなっているに過ぎない。では《地の精霊アース・エレメンタル》自身はというとリュウイチから直接魔力の供給を受けていて、別にルクレティアからの魔力供給が無くても自由に自分の意思で強力な魔法を行使することができるのだった。実は《地の精霊アース・エレメンタル》自身はルクレティアのを全く受けていなかったのである。《地の精霊アース・エレメンタル》は主人であるリュウイチの命に従い、ルクレティアの面倒を見ているだけだったのだ。

 今回のゴーレム召喚はまさにそれで、《地の精霊アース・エレメンタル》が自分でゴーレムを召喚しているのでルクレティアの魔力は一切使われていない。本当はもっと大きいゴーレムも召喚できるのだが、倉庫ホレアの入口が狭いためそこを通れるギリギリのサイズに抑えていた。


「い、いけません《地の精霊アース・エレメンタル》様!

 ゴーレムなんて目立ちすぎます!」


倉庫ホレウムの中は暗い。人の目には人の形の影にしか見えぬ。

 それより行くぞ。間に合わなくなる。

 ゴーレムが中に入るから、御主はあの女子おなごに声をかけるがよい。』


「わ、わかりました。」


 何とか目立つ行動は避けたいルクレティアとしてはゴーレムを元に戻させたかったが、「間に合わなくなる」と言われては致し方ない。精霊エレメンタルがそう言うのであれば、ヴァナディーズに死の危険性が高まっている可能性が高いからだ。さすがにヴァナディーズに死なれるわけにはいかない。


 ズンッ、ズンッ、ズンズンッ


 ロックゴーレムがヨタヨタとよろけるように歩き、倉庫ホレウムの入口に取りつくと、半開きになった扉を大きく開いた。

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