第387話 有難迷惑な差し入れ
統一歴九十九年五月五日、黎明 - ブルグトアドルフ/アルビオンニウム
ブルグトアドルフの町に
盗賊たちが町に戻ってくることは無かったが、乗馬が暴走したせいで町から離れて孤立してしまった
そうした気配を察するたびにセルウィウス・カウデクス配下の
増援部隊の到着がここまで遅れたのは逃亡する盗賊を追って森の中へ散ってしまった
またブルグトアドルフへはルクレティア配下の神官たちや多少の怪我人の手当てのできそうな使用人たちも派遣されることになり、短いとは言え道中の安全を確保する必要から、全員でまとまって移動することとなったのも理由の一つである。
ブルグトアドルフへの救援にはルクレティア自身も赴くことを強く希望していたが、セプティミウスの強硬な反対によって断念させられている。ルクレティアの姿を晒したくないというのも理由ではあったが、最大の理由は《
《
そのような力が何らかの理由で暴走すれば、もはや誰にも制止できない。ならば、不測の事態が起きる可能性は可能な限り摘まねばならないのだ。
「ならばせめて!せめて送れるだけの人数を送らせてください!」
ルクレティアはブルグトアドルフへ行くのを諦める代わりに、そう願い出た。セプティミウスもそこまでは断れなかった。その結果、ルクレティアの護衛に付けられていたリュウイチの奴隷たち、リウィウス、ヨウィアヌス、カルスの三人も派遣されることになる。
もっともリウィウスは「さすがに全員が
「ちぇっ、
「え、何がさ?」
ヨウィアヌスがボヤキ、カルスが応える。
「自分だけ
「ええ~、こんなの大したことないさ。」
「お前は若くて体力あっからそう余裕なんだよ。」
「そんなことねぇよ。
だいたい、どうせ
「バッカお前ぇ、
アッチの方が絶対楽だぜ?」
「そっかなぁ?」
「そうだよ、コッチはこれから怪我人の世話でどうせ朝まで働きっぱなしだ。
みろよ、もう東の空が青くなってるぜ?
結局、徹夜になっちまったじゃねぇえか。」
「あんまそういう不平言わねぇ方が良いぜヨウィアヌス。
俺らぁそれでも道中ずっと馬車に乗ってられるんだ。
他の
聞かれたら不味いよ。」
カルスが前方を歩く
「お、そうだな…」
増援部隊がブルグトアドルフへたどり着いた時、状況は控えめに言っても修羅場だった。広場に面した街道上には盗賊たちが燃やした荷馬車と
移動させることのできる負傷者は町のキリスト教会の礼拝堂へ集められ、動かせない重傷者はおおむね全員死亡しており、死体は広場の端に集められているがその数は既に六十を超えていた。
礼拝堂に集められ怪我の手当てを受けている負傷者は七十人にも達している。だが、傷の手当てと言っても出来ることは傷口を洗って包帯を巻くぐらいだ。セルウィウスやマールクスの部隊が持っていたポーションは既に放出して使い切っており、ただ怪我人が呻き苦しむのを傍で見守り慰めることしかできていない。
教会の厨房では大鍋でお湯を沸かし、新しい包帯を用意すべくボロ布を茹でて
そこへ登場した増援部隊、特に増援部隊に伴われてきた六人の下級神官や神官見習いたちは住民たちにとってはまさに救世主のような存在であった。
「
増援部隊がセルウィウスに挨拶して手短な打ち合わせをして散って行った後、ヨウィアヌスとカルスはセルウィウスに声をかける。セルウィウスはようやく現れた増援にホッとして気を緩めた瞬間だったため、振り返って二人の姿を見て少し驚いた。
「うおっ!?…なんだ、お前たちも来てたのか?」
「へぇ、
「それは助かる。今は一人でも多く人手が欲しい。
怪我人たちはあの
既に
だがヨウィアヌスはヘラヘラ笑ってセルウィウスを遮る。
「それなんですが旦那。」
「何だいったい?」
言葉を遮られたセルウィウスはあからさまに顔をしかめた。ヨウィアヌスが彼の部下なら叱り飛ばしているところだが、あいにくとヨウィアヌスは今は彼の部下どころか
「アッシら
「何をだ?」
「必要とあればポーションを使いなさいと…」
「ポーション?
そりゃあるならありがたいが…」
彼の部隊の手持ちのポーションは既に使い切っている。増援部隊が持ってきてくれたであろうポーションは、今も礼拝堂で呻き続けている負傷者たちの苦痛を和らげるのに役立つだろう。
だが、ヨウィアヌスたちがわざわざそれを言う理由がセルウィウスにはわからなかった。
「アッシらが持ってるポーションってのはコレでさぁ」
ヨウィアヌスは腰に付けた革のポーチを開けると、中からガラスの小瓶をセルウィウスにだけ見えるように取り出してチラっと見せた。半分混濁しかけていたセルウィウスの意識がパッと覚醒する。
「おっ、お前ソレ!!」
「シィーーーッ!!」
セルウィウスが大声を上げそうになってヨウィアヌスは慌てて口に手を当てて静かにするようジェスチャーする。
セルウィウス、ヨウィアヌス、カルスの三人は慌てて周囲を見回し、誰も注目を集めていないことを確認しつつ、セルウィウスは脇に控えていた
簡易な人払いをしたセルウィウスはヨウィアヌスに顔を近づけ、声を押し殺して話始める。
「どういうことだ!
それはあの御方のポーションだろう!?
何でお前らが持ってる!?」
あの御方とはもちろんリュウイチの事である。ヨウィアヌスも調子を合わせて押し殺した声でセルウィウスに答える。
「
アッシらぁ、今回の旅で万が一のことがあっちゃならねぇって、ポーションをたくさん預かって来てんでさぁ。」
「使えるわけ無いだろ!?
無茶苦茶効くって話だぞ!
瀕死のカール様を一瞬で治したって噂で聞いたぞ。」
「その話はアッシも聞いてまさ。
コレ一本どころか、一口飲んだだけで折れてた骨も一瞬で元通りって。」
「そんなもの使ったら一発で怪しまれるじゃないか!
駄目だ駄目だ駄目だ!そんなのは駄目だ!」
「
ヨウィアヌスと頭を突き合わせていたセルウィウスは一旦身体を起こし、ヨウィアヌスを見下ろしながらハァーっとため息をついてから再び腰をかがめて顔を近づける。
「効き目の問題だけじゃない!
ソイツの価値はお前だってわかってるだろ!?」
「だから旦那に相談してんじゃないですか!?
アッシらだって困ってんですよ!
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