第1103話 検分の要否
統一歴九十九年五月十一日、午後 ‐
マルクスはエルネスティーネの抗議に耳を疑い、引きつり笑いを浮かべた。
何を言ってるんだ!?
奴隷市ではこことは比べ物にならないくらい大勢の前で裸を晒すんだぞ!?
だが相手は
「
しかしマルクスがエルネスティーネに反論する前にルキウスが先に口を挟んだ。ルキウスも、女奴隷の裸を見せろと要求したつもりは無かったのだ。
高貴な人物の世話は高貴な者の務め……その原則に立つ限り、奴隷と言えども怪しい出自の人間では困る。少なくとも貴族の
今、レーマ帝国で奴隷となっている者はそもそも親が奴隷だった者か、あるいは何らかの罪によって奴隷に堕とされたものだ。そして前者はともかく、後者は奴隷に堕とされる際にそれまでの身分や名前を捨てるのが一般的であり、特に複数回売り買いされた奴隷は出自を確認するための公式記録などが紛失してしまうのが通例である。そして売る際は少しでも高く売りつけるために、奴隷の出自を偽るのは当たり前にすることだった。どこそこの蛮族の王族だったなどという売り文句は、奴隷売買の際に当たり前のように聞かされる話であり、ほぼ百パーセント嘘である。
それを踏まえるとマルクスが献上しようとしている
「私が検分したいと言ったのは
肉体の
なんと!? ……ルキウスの方を振り返ったマルクスは己の勘違いに思わず目を丸くした。考えてみればヒトの女の身体など、ホブゴブリンのルキウスが見たがるわけもない。
『えーっと、マルクスさん』
「何でしょうかリュウイチ様?」
今度はリュウイチが玉座から呼びかけ、マルクスはすかさずリュウイチに向き直った。
リュウイチは念話によって、ルキウスが言っていた「検分」が奴隷を裸して確認することを意味していないのは理解していた。ルキウスは最初から奴隷の、奴隷になる前の身分を気にしていたのだ。が、エルネスティーネとマルクスの会話から、どうやらマルクスが奴隷をこの場で裸にするつもりだということに気が付き、それを制止し始めたルキウスへの援護射撃に乗り出す。
『私も、奴隷を裸にして確認したいとは思いません。
それはしなくて結構です』
「それは!?
ですが、帝国の法律では……」
驚いたマルクスが抗議しようとするのをリュウイチはまだこちらの話は終わってないとばかりに片手を翳して制止すると話を続ける。マルクスは唖然とした表情のままリュウイチの話を聞いた。
『裸にして確認させるのは、もしも奴隷の身体に問題があった場合、そのせいで満足に働けないとしたら、その奴隷を買った人に損をさせるからですよね?
この世界では怪我や病気を簡単には治せないようですし?』
「その通りですリュウイチ様」
『私は魔法が使えますし、
「!!
存じております、リュウイチ様。
ですがっ……ですが
マルクスが驚くのも無理はない。リュウイチの魔法、リュウイチの持つ強力なポーションは大協約が規制する《レアル》の
だがリュウイチは本気だった。静かにマルクスにうなずいて話を進める。
『私にとっては治癒魔法も
奴隷に怪我や病気があればすぐに治せるし、それで私が損をするということもありません』
リュウイチが本気だと気づいたマルクスは目を剥き、無言のまま息を大きく吸いこんだ。
いや、そういえば
マルクスは右手で自分の胸のあたりをギュッと握りしめると気持ちをひとまず落ち着けた。
「お、お待ちくださいリュウイチ様。
リュウイチ様の治癒魔法はともかく、
それを、それをたかが
あって良い話ではない。それは身分制度を全否定するようなものだ。身分の高い者が得られぬ恩恵を身分の最下等の者が受けるなど、それでは何のための身分の上下なのか分からないではないか。
「いいえ、
リュウイチ様が御自分の持ち物に何を与えようが、それは
エルネスティーネが横から
「
リュウイチ様のものではございません!!」
だがエルネスティーネも今度は引き下がらなかった。
「
ならば我々がそこに口出しをすることなどできませんでしょう?」
今度はマルクスが口をへの字に曲げる番だった。
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