第771話 現地の懸念
統一歴九十九年五月九日、午後 ‐
実際、この場にいる
フローリアの現実離れした言い分にマメルクスは頭痛を堪えるような苦笑いを浮かべつつ、自らの内側に沸き起こりつつある
「
大きすぎる力を使うのを戒めるのは確かに大切ですが、かといって力の振るうことを避け続けていては、いつまでたっても力を正しく
だがフローリアはルードの方に顔を向けたまま目だけをキッとマメルクスに向ける。
「練習はムセイオンか私のダンジョンでやればいいのです。
実戦を経験しなければならないということはありません、陛下。」
その声にルードに話しかける時のような優しさ柔らかさは無い。レーマ皇帝であるマメルクスに対してこのような態度を取れる女性は世界でも彼女だけであろう。
「そういえばミルフ殿は
ならば盗賊ごときの相手で失敗などすることもないのではありませんか?」
「そうです
確かに返り討ちにしてやるとは言いましたが、別に殺すつもりで言ったわけではありません。」
マメルクスが参戦したことで第三者の目があることを思い出したのであろう、フローリアの口調や態度は幾分か平静さを取り戻していたのだが、それはあくまでも
「そんなの当たり前です!!」
母の姿勢が軟化したわけではないことに気づいたルードはたちまち閉口する。しかしフローリアの勢いは止まらない。いや、マメルクスの存在を気にして多少の抑制は働かせてはいたが、勢いを殺しきれずsそのままルードへ説教を続けてしまう。
「でもあなたは
普通の人間は弱いのよ!?
貴方が思ってるよりずっと簡単に死んじゃうんですからね!?」
ここへ来てマメルクスはどうやら話が噛み合っていないことに気がついた。フローリアはルードが危険な目に遭ってしまう事を恐れているのではない。不慣れな俗世間で予想外な状況で力を使ってしまい、うっかり相手を殺してしまうことを、それによってルードを始め彼らゲイマーの血を引く聖貴族たちが世間から危険視されてしまうことを恐れていたのだ。
くそっ、ややっこしいな……
「
さきほどまでと違うマメルクスの声に気づいたフローリアたちの視線が集まる。
「では、ミルフ殿に護衛を付けるのはいかがでしょう?」
「護衛ですって?」
「ミルフ殿、先ほどの転移魔法で誰かを連れて行くことはできますか?」
「え……
一緒に転移するということでしたら、一人とか二人ぐらいでしたら……」
訊き返すフローリアを無視してマメルクスがルードに問いかけると、ルードは戸惑うように一瞬、フローリアや同席しているロックス・ネックビアードの顔を見てから答えた。明らかに意味が分からないと言った様子である。
「
ミルフ殿にはその者を伴ってアルトリウシアまで行っていただく……それでいかがでしょうか?」
「護衛って……」
フローリアはハッ、ハッと断続的に失笑を漏らした。真面目な話なのか冗談なのか判断ができず、笑うべきか抑えるべきか迷っているのだろう。
「ルーディに護衛なんて、失礼ですけど、ルーディは
そのルーディを守れるほどの強者が帝国に!?」
ルードはフローリアを除けば
レーマ帝国にはゲイマーの子として生まれ、ムセイオンで育てられ、成長してフローリアの元から巣立っていった聖貴族が何人かいる。その彼らにしてもルードを守るには力不足なことは否めないだろう。マメルクスにルードを守るに足る実力者を用意することなどできるはずがないのだ。
にもかかわらず護衛を用意すると言う……それは、今までルードを守ってきたのは自分だというフローリアの自負心を刺激するものだった。
いかにも腹立ちを抑えているという雰囲気のフローリアに対し、マメルクスは苦笑いを禁じ得ない。
「
「私が勘違いですって?
一体何をどう勘違いしているというのですか、陛下?」
マメルクスは冷静になるよう求めるために
「余に用意できる護衛はもちろん只の人間です。」
それを聞いた途端、それ見たことかとまるで下らない冗談のネタばらしでもされたように口をへの字にして身体を引いた。
「ですが、盗賊などの相手をするには只の人間で十分でしょう?
ルード殿にその手を
そうでしょ?とマメルクスが右の口角を吊り上げると、フローリアは視線はマメルクスへ注いだまま
ルードはひょっとして行けるのか?と目に期待を浮かべながらひっきりなしにマメルクスとフローリアを交互に見ている。彼自身、ムセイオンの外へ出たいという欲求があるのかもしれない。マメルクスの知る限りではルードは他のムセイオンで暮らす聖貴族たちと同様、基本的にムセイオンの中だけで暮らし、たまに何らかの公式行事でフローリアに付き従って外出する以外はフローリアのダンジョンにしか出かけられないはずだった。
「ホントにそれで十分でしょうか?」
「と、いいますと?」
フローリアへの説得に自信を持っていたマメルクスは
「この手紙によれば現地では戦が起きているそうではありませんか。
ほら、
マメルクスは姿勢はそのままにジッとフローリアを両目で正面に見据えながら、香茶を啜る。その表情に目立つような変化はない。
「現地で戦が起きているのであれば只の人間が一人二人、護衛に付いたところでルーディの安全が守られるとは、残念ながら思えませんわ。」
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