第1273話 起き抜け
統一歴九十九年五月十一日、夜 ‐
「さあ着きましたよ
呼び声にティフは目を醒ました。しかしそこは見たことも無い場所、辺りは暗く、凍てつくような冷たい風が吹きすさんでいる。
あれ、ここは……
寝ぼけ眼でティフは周囲を見回す。下級貴族のものと
全員が外套に包まっている上に、中には軍装を解いている者も少なくないというのに全員が軍人だと気づけたのは、その特徴的な足音ゆえである。石畳を歩くのにいちいちガリガリと硬質な音を響かせるのは、靴底に鋲の打たれた
レーマ軍!?
ティフは驚き、ハッと自分の足元を見る。そして自分が馬に乗っていること、そしてその馬の
コイツは確か……
外套だけはボロのくせに被っている
「
聞き覚えのある不吉な声のする方を見ると、建物の入り口から信じられないような巨漢が歩いて来るところだった。
「……グ、グルグリウス……」
建物の入り口の両脇に並べられた篝火の逆光になっているが、暗視魔法の効果が残っているティフの目にはグルグリウスが笑みを浮かべているのが見て取れた。
「どうかなさったのですか
どこかとぼけた様な、わざとらしく間延びしたグルグリウスの質問に、ティフが乗っている馬の轡をとっているホブゴブリンが答えた。
「どうもこうも、ただ居眠りをなすっていただけでさぁ。
御心配にゃおよびやせん」
ね、寝ていた!?
俺が!?
そんな馬鹿なとティフはホブゴブリンを見下ろすが、ティフが抗議する前にグルグリウスが嘆くように言う。
「おお、それは……たしかによほどお疲れだったようでしたからな」
「ち、違う!」
クスクスと笑うグルグリウスにティフはようやく違和感に気づいた。
まさかコイツが!?
「お前!
俺に何かしたな!?」
ティフが大声を出すとそれに驚いた馬が小さく悲鳴を上げて
「はて、
「しらばっくれるな!
俺に何か魔法をかけただろう!?」
グルグリウスはティフの追及に困った様な笑みを浮かべ両手を広げてみせた。
「まさか!」
「ッ!……とぼけるのか?」
「大声で魔法とか言われても困りますな。
ここはムセイオンではないのですぞ?」
ティフはギリッと奥歯を噛みしめ、自分も周囲を見回した。道行くレーマ兵たちが遠巻きにこちらを見ている。
ここはムセイオンではない……つまりここでは魔法は一般的ではないということだ。せいぜい、限られた数の神官たちがお粗末きわまる治癒魔法を辛うじて使える程度。それなのに魔法で眠らせたとか騒げば、頭がおかしい奴と思われるのがオチであろう。
「こ、ここの奴らは俺のことを知ってるんじゃないのか!?」
グルグリウスには反発しつつも、ティフはグルグリウスに合わせて声を低くした。
既に三百人からの盗賊たちを率いて大暴れしてしまっている
だが、幸いにもレーマ軍はまだ『勇者団』を本格的に手配してはいない。それはシュバルツゼーブルグの街の様子でも明らかだ。ティフ達は結局、悪徳商人に騙されて馬泥棒として追われる羽目にはなったものの、ムセイオンから脱走した聖貴族や盗賊団を率いてレーマ軍と戦った悪党としては手配されていなかった。そのような話題はシュバルツゼーブルグの街中でも、またシュバルツゼーブルグからここまで来る間の道すがらでも一切聞かれなかった。
ということはつまり、レーマ軍はまだティフ達のことを公開してないのだ。一般市民に周知し、捕まえさせようとか通報などで情報を収集しようともしていない。なら、まだ潜伏を続けられることを前提に行動すべきである。
ティフはもうレーマ軍には自分たちのことは知られていると思っていたが、ここへ来るまでの
ティフは砦の中にいるレーマ兵にはてっきり自分たちのことを知られていると思っていたが、大声で魔法の話をすることを
「この辺には
グルグリウスの説明をティフは正確に理解できたわけではなかったが、周囲にはティフ達のことを知っている兵しか居ないはずだが、他の兵士が立ち入ってこないわけではないと理解した。自分の
そのティフに、グルグリウスはどこか
「さ、馬を降りていただきましょうか。
貴方様がお会いすべき方は、この中でお待ちです」
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