第251話 マルクス上陸

統一歴九十九年四月二十一日、夕 - セーヘイム/アルトリウシア



 逃亡したハン支援軍アウクシリア・ハン追跡航海から昨日ようやく帰ってきたサムエルは、航海中にアルトリウシアで何が起こっていたか実父であるヘルマンニから説明を受けた。そして今朝、南蛮のアリスイ氏族から受け取った手紙やら贈り物やらを馬車に乗せ、ヘルマンニと共にティトゥス要塞カストルム・ティティへ出仕し、エルネスティーネに会って航海の報告とアリスイ氏から預かって来た手紙や贈り物を届けた。

 その席でサウマンディアからトゥーレスタッドにサウマンディア軍団レギオー・サウマンディア軍団幕僚トリブヌス・ミリトゥムマルクス・ウァレリウス・カストゥスが来ているはずだから迎えに行くよう指示を受ける。本当は昨日には到着するはずだったのが、潮に恵まれずトゥーレスタッドまでしかたどり着けたなかったのだそうだ。


 セーヘイムに戻ったサムエルは『スノッリ』号へ乗り込む。サムエルの乗船である『ナグルファル』号は主要メンバーがエッケ島への補給物資輸送を兼ねた偵察任務に行ってしまっていて動かせなかったし、『スノッリ』号はマルクスの送迎の準備を昨日から整えて待っていたからだった。『スノッリ』号の船長プリンケプス乗員ナウタエはちゃんと揃っているので、『ナグルファル』号の船長プリンケプスであるサムエルは『スノッリ』ですべきことは何もない。

 じゃあ、何でサムエルが『スノッリ』号でマルクスを迎えに行くのか?

 相手は貴族ノビリタス軍団幕僚トリブヌス・ミリトゥムという地位にあるサウマンディアの公使である以上、迎える側もそれなりの地位にある人物を送り出さねばならないからだった。ならばこういうのはヘルマンニの方が相応しいのだが、ヘルマンニはどういう心境からかどうも息子への代替わりを急いでいるようで、艦隊司令官プラエフェクトゥス・クラッシスの仕事をサムエルに振るようになっていた。この間の追跡艦隊の指揮を任せたのもそうだったし、『アルビオーネの真珠』もサムエルに完全に預けてしまっている。聞くところによると、ヘルマンニは代替わりについてエルネスティーネにも具体的な相談しているらしい。

 そうした関係者の中で一番何も聞かされていないのはどうやらサムエル自身のようだった。昨日、話を聞けるかと思っていたが、留守中の出来事を聞いただけで終わってしまった。どうもなし崩し的に艦隊司令プラエフェクトゥス・クラッシスの仕事を任されそうな気がしてならない。サムエルとしては子供のころからそのつもりだったし、艦隊司令プラエフェクトゥス・クラッシスという責任を忌避する気持ちは全然ないのだからちゃんと話して欲しいとは思う。正式に代替わりする前から仕事を任せているくらいだから能力を疑ってるわけではないはずだが、何を遠慮しているのかヘルマンニはどうもこの話をしたがらなかった。


 釈然としないままトゥーレスタッドへたどり着いたサムエルは、そこに停泊していたサウマンディアのスループ艦を見つけた。待っていたマルクスと挨拶を交わし、マルクス自身と荷物を『スノッリ』号へ移すと同時に、預かっていたサウマンディアへの手紙と追加の伝書鳩をスループ艦に載せた頃には既に日は傾きかけていた。


 サムエルとマルクスを乗せた『スノッリ』号がセーヘイムへ戻ったのは、家々で夕食の準備がほぼ整おうとしている時間帯だった。赤に近いオレンジ色に染まったセーヘイムの船着き場では早くも篝火かがりびが焚かれていて、帰りが遅れているサムエルたちを出迎える準備が整えられていた。

 『スノッリ』号から桟橋の上にもやいを投げ、接舷作業が始まるとおかにはわらわらと人が集まりだした。乗員の出迎えの者もいることはいるが、ただの野次馬がほとんどだ。その中から一人のブッカが桟橋まで来て『スノッリ』号に向かって声を上げて呼びかける。


「サムエル!」


「ヨンネ!ここだ!!」


 船首楼せんしゅろうの上で客人であるマルクスにセーヘイムの街並みやらを色々説明していたサムエルは声の主を見て手を振ってこたえた。桟橋にいる隻腕の従兄弟は従者の持つ松明たいまつの明かりに照らされてはいるが、すでに薄暗くなっていて桟橋から見上げる船首楼せんしゅろうは逆光になって誰が誰だかよく分からないのだ。


「サムエル!御客人は!?」


「いるぞ!」


 ヨンネの問いかけにサムエルが答えると、マルクスは船べりに歩み寄って手を振った。


「私がマルクス・ウァレリウス・カストゥスだ!」


「ウァレリウス・カストゥス卿!

 私はヘルマンニ卿にお仕えするレーヴィの子、ヨンネヨンネ・レーヴィソンと申します!

 ようこそアルトリウシアへ!」


「ありがとう!何か御用かな!?」


「ウァレリウス・カストゥス卿、実は侯爵夫人マルキオニッサ子爵閣下ウィケコメスもどちらもマニウス要塞カストルム・マニへ行かれてしまいました。

 お急ぎでしたら馬車を御用意しますが、到着するのは第二夜警時セクンダ・ウィギリア(午後九時過ぎ)になりましょう。

 宿をご用意いたしましたので、お急ぎでなければそちらへご案内いたしたく存じますが、いかがいたしましょうか!?」


 二人は驚いた。今日はマルクスをティトゥス要塞カストルム・ティティへ案内し、そこでエルネスティーネやルキウスなどアルトリウシアの貴族と一緒に晩餐を摂る予定と聞かされており、サムエルは船上でマルクスにもそのように説明していたからだ。


「ホントかヨンネ、何があった!?」


「何があったかは分からんが、急に予定が変更になったらしい。

 二時間ほど前にティトゥスから早馬が来てそう言われた。

 もし御客人がセーヘイムで御宿泊になられるなら、明日馬車でマニウス要塞カストルム・マニへご案内するように仰せつかってる。」


 サムエルの問いにヨンネが答えると、サムエルとマルクスは顔を見合わせた。

 海を越えて来る以上は二~三日の日程のずれなど珍しいことではない。本当なら昨日到着の予定が一日遅れたからといってエルネスティーネやルキウスが気分を害したということも考えにくい。ただ、伝書鳩を使って今日は確実に到着すると伝えてあったのに、そしてそれを受けてサムエルも迎えに来てくれたのに、肝心のホストが他所へ移動してしまうというのもおかしな話だった。

 マルクスは手摺てすりに体重を預けて身を乗り出すようにして尋ねた。


「ヨンネ殿とやら、明日は日曜日だろう!?

 侯爵夫人マルキオニッサはキリスト者のはずだが、お会いになられるのか?」


「申し訳ありませんが『マニウス要塞カストルム・マニへご案内しろ』としかうかがっておりません!

 ただ、聞いた話ですが侯爵家の御家来衆も皆そろってマニウス要塞カストルム・マニへ向かわれたそうです。あと、アルビオンニア軍団レギオー・アルビオンニアの先遣隊が明日あたりマニウスへ到着するとの噂です。」


アルビオンニア軍団レギオー・アルビオンニアが!?」


「ええ、何でも昨日、先遣隊がグナエウス砦ブルグス・グナエイに到着したと先触れが来たそうで!」


 ヨンネの答えを聞いてサムエルが補足した。


「ウァレリウス・カストゥス卿、ハン支援軍アウクシリア・ハン叛乱事件で受けた被害からの復興支援のために、ズィルパーミナブルグからアルビオンニア軍団レギオー・アルビオンニアが大工などを伴って総勢千五百ほど、ここアルトリウシアへ来ることになっております。

 その先遣隊はそろそろ到着する頃ですので、おそらくそれでしょう。

 御存知とは思いますが、今現在アルビオンニア軍団レギオー・アルビオンニアを率いているのは侯爵夫人マルキオニッサの実弟アロイス・キュッテル閣下です。」


「なるほど、閣下御自身が来られていて、それを出迎えに行ったという事かな?」


「多分・・・そうではないかと・・・」


 マルクスはサムエルの説明で腑に落ちたようだった。


もマニウスにおられるのでしたな?」


「はい。」


 マルクスとサムエルの話は桟橋にいるヨンネまでは届いていなかった。ヨンネはマルクスに向かって返事を促した。


「宿はセーヘイムの迎賓館ホスピティオを御用意してございます!

 もちろん、御夕食ケーナも、その後の酒宴コミッサーティオも万端抜かりはございません。

 お急ぎでなければ、是非こちらで御宿泊ください!!」


「わかりました、お世話になりましょう!」

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