第943話 蟠るもの

統一歴九十九年五月十日、未明 ‐ ブルグトアドルフ近郊/アルビオンニウム



「で、でも罠かもしれませんよ!?

 グルグリウスあいつに俺たちを追い込ませながら、俺たちを助けるとか言って誘い込んで捕まえるつもりなのかも!」


 《森の精霊ドライアド》は敵だ。ナイスとエイーを結界に閉じ込め、追いまわした。エイーはナイスの犠牲のおかげで助かったが、代わりにナイスは捕まってレーマ軍に引き渡された。その張本人の《森の精霊》が同じ手を使わないとは限らない。

 だがエイーの懸念をペイトウィンはハンッと鼻で笑った。


「その心配はないだろ?

 考えてみろ。今、俺たちを騙す理由がどこにある?

 あのグルグリウスって奴は俺たちよりずっと強い。このまま放っておいても捕まるだろう。正直、朝まで逃げ切る自信はないね。」


「そんな!」


 『勇者団』ブレーブスで一番の魔法使いからそんな弱気な発言が出るとは思わなかった。逃げに徹するなら、朝まで逃げ切るくらいはできるだろう……そう期待していた。だが実際にそれは難しくなっている。ペイトウィンは予想だにしないダメージを負っており、戦うどころか逃げるのにエイーに肩を貸してもらっているような状態。回復魔法は効いているはずだが、副作用に苦しんでいるところをみるとペイトウィンが再び戦えるようになるまでもうしばらく時間を要するだろう。その間、使える戦力は非戦闘職のエイーと盗賊たちだけ……あのグルグリウスに立ち向かうにはあまりにも心許こころもとない。


「わざわざ罠を仕掛ける必要もないのに助けてやるって言って来たってことは、多分本気なのさ。

 ホントに助けてくれるっていうなら助けてもらおうじゃないか。

 仮に助けるっていうのが嘘でこれが罠だったとしても、少なくとも《森の精霊ドライアド》とグルグリウスで連携が取れてるようには見えない。なら、そこに付け入る隙がある筈。」


 まだ、自身の胸元を握りしめて動悸に耐えているペイトウィンは苦痛に顔を歪めながらそう言った。ペイトウィンは予想外のダメージのせいで気が弱くなっているのではないかと疑ったエイーだったが、前を見ながら歩み続けるペイトウィンが諦めているようには思えない。むしろあえて罠に飛び込み、罠を内側から食い破ろうとする意思すら感じられる。

 エイーはペイトウィンの顔から進むべき前方へ視線を移した。


「ひとまず今は、《森の精霊ドライアド》の誘いに、乗ってやれ!

 俺も多分、もう少ししたら、戦えるように、なりそうだ。」


 ペイトウィンの説明に不承不承ふしょうぶしょうながらも納得したエイーは短く「ハイ」とだけ答えた。それ以来、エイーは《森の精霊ドライアド》とクレーエの誘導に従って行動を続けている。だが半病人状態のペイトウィンに肩を貸しながら不慣れな山地を歩くエイーたちの歩みは遅々として進まず、鈍重なマッド・ゴーレムたちにすら追いつかれようとしている。クレーエの指揮のもと盗賊たちがマッド・ゴーレムめがけて牽制攻撃を試みているが、うまく行っている様子はない。ゴーレムたちの包囲網は徐々に狭まりつつあり、エイーとペイトウィンが進むことのできる方向も少しずつ限定されはじめていた。


「くそっ、盗賊どもあいつらやっぱり、役に立たないなぁ。

 敵を惹きつけることすらできないのか!?」


 行き場のないわだかまりをぶつけるようにエイーが吐き捨てる。

 エイーはゲーマーの血を引く聖貴族ではあったが、種族としてはヒトであり長らく医療に携わってきたこともあって『勇者団』の中では珍しく一般人NPCに対する差別意識は少ない。むしろ他のメンバーが一般人をNPCと見下すことに多少の不快を感じるくらいであり、そのせいもあってか盗賊たちからはファドと共に「話せる人」として認識されている。健全な感覚の持ち主と言えるだろう。

 しかし、そのを持っているからこそ盗賊たちに過度な期待をしてしまっている部分も少なからずあった。無理もない。彼がこれまでに接したことのある一般人はムセイオンに出入りできる人物……すなわち上流階級か、その付き人たちだけだったからである。そうした上流階級の人たちから比べ、アルビオンニアに渡ってから初めて接することになった盗賊という人種はどうしようもなく粗野で無教養で礼儀知らずだった。そんな荒くれ者がせめて己の本領を発揮すべき場面でほとんど役に立っていないという事実は、エイーを不必要に苛立たせてもいたのである。


「NPCなんか戦力になるもんか。

 期待するだけ無駄だぞエイー。」


 エイーを慰めるように言ったペイトウィンだったが、その口調は嘲笑ちょうしょうしているようでもあった。本職の軍人ならともかく、盗賊なんてあらゆる英雄譚の中で冒頭にちょっと登場しては主人公にいいようにやられるでしかない。そんな盗賊に多少なりとも期待をかけるなど、ペイトウィンからすればまったく馬鹿げたことでしかないのだ。


「そうですけど……」


「ひとまず、馬と荷物を先に逃がせてくれただけだいぶマシになったさ。

 俺からしたら期待以上の働きだ。

 あとは道案内だけしてくれりゃ十分だ。」


 どこか悟りきったような言い様だ。ペイトウィンが盗賊に何も期待していないというのは本当だろう。彼は常々そう言っていたし、アルビオンニウムの神殿を攻略するために盗賊団を手駒に使おうとティフが作戦を立てた時も「無駄じゃないか」と真正面から疑問を呈していたほどだ。だからこそ、エイーと違って現状での盗賊たちの働きにも失望などしていない。馬と荷物を先に逃がせてくれただけでだいぶマシというペイトウィンの評価は嫌味でも何でもなく、彼の本心であり、『勇者団』メンバーによる盗賊団に対する評価としてはかなり高い方と言えた。

 確かに最初から期待してなきゃ失望することも絶望することも無いだろう。何も期待してなかったんだら、少しでも役に立ってくれたなら評価はそれ以前より高くしかなりようがない。


 けど、それじゃあ……


 エイーは心の中に何かモヤモヤしたものが渦巻くのを禁じ得なかった。普段から聖貴族以外の一般人をNPCと呼んでさげすむ『勇者団』メンバーの感覚からすれば当然なのだろうが、エイーからすればNPCとて同じ人間である。確かにこの世界ヴァーチャリアでは貴重な魔力保有者はではあるが、だからといって一般人を蔑んで良い理由になるとは思えない。だいたい、エイーの知る限り聖貴族と一般人で身体の基本的構造に違いがあるわけではなかった。ハーフエルフとヒトを比べても解剖学的な違いは今のところ発見されていない。つまりであるはずなのだ。

 では同じ人間同士の関係の中で、一方がもう一方に「何も期待しない」というのはどうなのだろうか?


 それって、なんじゃないか?


 『勇者団』メンバーが一般人NPCに対してのはいつものことである。ほとんどのメンバーはそのことに疑問を抱くことすらしていない。だがエイーは『勇者団』に身を置く中で常に違和感を抱き続けてきていた。そして、それはここアルビオンニアへ来てからより強くなってきている。


 盗賊団……人の道を外れた犯罪者どもだ。だが、『勇者団』が自分たちの都合で一方的に巻き込み、都合よく利用しようとしておいて「何も期待してない」って、それはあまりにも失礼だし、あまりにも無責任なんじゃないか……


こんどは脚だアルス・ネーヒストス・ディ・バイナ

 脚を狙って撃てアウフ・ディ・バイナ・ツィーレン・ウント・シーズン!!

 いいかイス・ダス・オーケー!?

 フォイアー!!」


 ドイツ語なのでエイーたちには意味がわからなかったが、ともかくクレーエの号令が響き、続いてパパパッと散発的な銃声が森の中にとどろいた。その直後、右側のマッド・ゴーレムの一体がよろめいたが、それだけだ。すぐに立ち直り、なおも動き続けている。


 アイツ等だって無力ながらも頑張ってるじゃないか……

 役に立ってないのは……ん~、確かにそうだけど!!


 役に立っていない盗賊団に対する不満、そして役に立っていないながらも一生懸命頑張っている盗賊団に「期待してない」と言ってはばからないペイトウィンに対する不満……その相反する不満が同時にエイーの中にわだかまっていく。

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