第629話 帰ってこなかった伯爵公子
統一歴九十九年五月七日、夕 - サウマンディウム港/サウマンディウム
アルビオンニウムから帰ってきた船に『
「何故だ、何故そんなことに……」
手紙には捕まえた聖騎士がジョージ・メークミー・サンドウィッチであること、そしてメークミーの尋問から判明したいくつかの事実、そしてヴァナディーズが暗殺される危険性を考慮しアルトリウシア経由で帰還することが書かれていた。つまり、せっかく手に入れた脱走
聖貴族の権威、そして力はひとえに降臨者から引き継いだ血に由来している。だからこそ、聖貴族の力を欲する者たちは、より血の濃い聖貴族と政略結婚を重ねることで一族の権威や力を高めようとする。その傾向は聖貴族ではない
聖貴族が自分より血の濃い聖貴族と出会ったら、ましてそれが降臨者本人であったなら、プブリウスたちのようなごく普通の
アルトリウシアにリュウイチ様が居られる事を知れば、『勇者団』たちはサウマンディアに来なくなるのではないか!?
それはプブリウスにとって今一番避けたい事態であった。なのに
ヴァナディーズ暗殺の懸念だと!?
そんなものどうでもよいではないか!
ムセイオンの学士だか何だか知らないが、ただの
それよりも
さすがに人前でそれを口に出すほどプブリウスも愚かではなかったが、怒りに身を震わせているのは周囲の者たちには丸わかりであった。
「伯爵閣下、カエソー閣下は
予定を変更なすったのは危険を避けようとする
しかしプロクルスの一言はむしろプブリウスの神経を逆撫でしたようである。プブリウスは目元をピクピクと一瞬痙攣させ、顔は相変わらず手紙を覗き込むように俯かせたまま目だけでジロリとプロクルスを睨みつけた。
「深慮遠謀だと?
避けるような危機があったとでも言うのか!?」
男親というものは長男に対して過剰な期待を抱いてしまう傾向がある。無意識のうちに自分の分身のように考え、そうであるからこそ自分ならしないような失敗をしでかすと異常なほど怒りが沸き起こる。期待が大きい分だけ失望も大きく、それを自分が期待しすぎているのだと自覚できないのだ。そして自分の内に非があることを自覚できないから自分の怒りは正当なものだと思い込み、それに対する弁護や擁護を自分への否定、批判であるかのように捉えてしまう。いや、愛すべき我が子に対する“教育”を否定され邪魔されているように感じてしまうのだ。
今のプブリウスはまさにそういう心境であった。何も知らない相手に親子の事に口を挟まれた……そんな怒りが、理不尽にもプロクルスへ向けられる。実際にそれは親子の事などではなく領主と現場指揮官の事なのだが、プブリウスはそのことに気付いていない。
「はい、伯爵閣下。ワシらの船は魔法での攻撃を受けやした。」
その一言にプブリウスは手紙から顔をあげた。
「魔法での攻撃だと?
例の女学士が暗殺されかけたというのか!?」
問いながらプブリウスは手に持っていた手紙を隣にいた
「女学士様が狙われたのか、それとも捕虜がワシらの船に乗ってると思って奪い返そうとしたのかはわかりやせん。
ですが、ワシらは確かに魔法攻撃を目の当たりにしやした。」
プブリウスの剣幕にやや顔を
身を低くするプロクルスを見下ろしたままフーッと大きく鼻で息をし、プブリウスはしばし沈黙したのちにチラリとプロクルスの船を見上げた。
「その割には貴様の船は奇麗なものではないか。
被害は受けなかったのか?魔法攻撃をうけたのであろう!?
どのような魔法攻撃をうけたというのだ?」
彼らは積み荷作業の邪魔にならないよう少し離れたところにいたが、船着場に接岸したプロクルスの船全体を見るには却ってちょうどいいくらい距離だった。そこから見る限り、プロクルスの船にはとても攻撃を受けて傷ついたような痕跡は見られない。
プロクルスも一瞬プブリウスの視線を追って自分の船を振り返ったが、すぐに向き直って説明を続けた。
「はい、魔法攻撃は確かにされました。
危うく雷撃を食らうところでしたが、
「雷撃?」
「弾かれた!?」
プブリウスとプブリウスの背後で受け取った手紙を読んでいたティベリウスが驚き、相次いで声をあげる。この時プブリウスの表情から怒りは既に消えており、プロクルスは気が楽になると同時に
「はい、『海峡の乙女』アルビオーネ様の加護でございやす。」
「アルビオーネだと!?」
「見たのか!?」
プブリウスとティベリウスは思わず足を踏み出し、プロクルスに詰め寄った。
プロクルスを始め今回の作戦に従事している主要な艦船の船長にはリュウイチの降臨のことも含め、事情は既に知らせてある。アルビオンニアへ派遣した各
プロクルスは一旦周囲を見回し、顔を覗き込んで来る領主と家臣に対し、友達にとっておきの秘密を打ち明ける子供の様な顔をして身振り手振りを交えながら話し始める。
「はい、ワシらの船が湾口を通り過ぎようとしたとき、行く手の空の上に急に風が巻き始めましてな。その小さな渦にババッ、ババッと小さな雷光が
「それが雷魔法だったのか!?」
口を挟むティベリウスに慌てなさんなとニンマリしながらジェスチャーをし、プロクルスは話を続ける。
「ワシらもそんなもん見るのは初めてだ。何が起こったか、何が起ころうとしているのか誰もわかりやせん。
じゃが、海から渦巻く水の柱がズォォォォッと立ち昇りましてな、そのてっぺんから空中で渦巻く雷の塊に向かって水の槍が繰り出され、ズバッ!!」
驚いたような表所を作り、両手をパッと広げて爆発を表現したプロクルスが二人を見ると、プブリウスもティベリウスもすっかり話に引き込まれた子供のような顔で聞き入ってる。
「凄い爆発音がして空中の雷は水の槍で吹き飛ばされてしまいまやした。
同時に、水の柱もズァァァァァッ……と海に戻っていきましてな。
船には雷を吹き飛ばした後の水の槍が、霧雨になって降り注ぐばかり……
ワシは『こりゃ魔法の攻撃に違ぇねぇ。ここに居ちゃ危険だ』って思いやしてな。まだ湾から出きっちゃいなかったが、急いで全部の帆を張って海峡へ逃げ出したんでさぁ。」
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