第645話 邪魔者

統一歴九十九年五月七日、夜 - グナエウス峠山中/アルトリウシア



 炭焼き職人どもか……


 ダイアウルフの鼻と耳を頼りに辿り着いたところにいたのは五人の炭焼き職人たちだった。日が暮れているというのに焚火たきびの灯りを頼りに、焼いている炭の山の上に馬鹿デカい天幕を張る作業を続けている。


「隊長、どうしますか?」


「シッ!」


 小声で尋ねてくる部下を黙らると、ドナートはジッと職人たちの様子を伺い続ける。「どうしますか?」……という質問の意味するところは明白だ。彼らを始末するかどうかという質問である。


 彼らの存在はハッキリ言って邪魔だった。ドナートたちはこれからグナエウス街道を行きかう荷馬車を襲わねばならない。しかも、脱走して野生化したダイアウルフの仕業しわざに見せかけねばならないのだ。

 そのためには、グナエウス街道のある程度広い範囲に部下たちを分散させ、荷馬車の交通状況を観察し、襲撃するのに都合の良さそうな孤立した荷馬車を探しだし、襲撃ポイントに集結してダイアウルフをけしかけねばならない。合図そのものは犬笛を使うので誰かに聞かれてしまう心配は無いが、分散した偵察ポイントから襲撃ポイントへ集結し、そして襲撃後は一気に離脱しなければならない。この山中を自由に高速で動き回れねばならないのだ。しかもその間、ダイアウルフはともかくドナートたちは誰にも姿を見られてはならない。

 だというのに、そのど真ん中にこうして人に居座られてはたまらない。絶対にここから動かないでいてくれるならまだ何とかなるかもしれないが、その保証は全くない。むしろ彼らは必ず動くだろう。何故なら、ここから最寄りの水源までは結構な距離があり、しかもその水源はドナートたちも利用する予定だったからだ。


 つまり、彼らがこのままここに居たのでは作戦に深刻な支障があるのだ。消えてもらうほかない……が、相手は五人もいる。見たところヒトが二人、ホブゴブリンが二人、そしてコボルトが一人だ。

 ドナートたちが本気を出せば倒せない相手ではないが、それはつまり銃や爆弾を使うということだ。さすがに銃や爆弾を使うわけにはいかない。そんなものを使えば「ここにハン支援軍アウクシリア・ハンがいますよ」と宣言するようなものだからだ。銃や爆弾無しでとなると……ちょっと難しい。


 ドナートたちゴブリン兵はハッキリ言って弱い。ゴブリンの体格は成人男性でも十二~十三歳のヒトの子供くらいしかないのだ。そんなドナートたちが戦えるのは銃を持ち、ダイアウルフに騎乗しているからに他ならない。

 ダイアウルフは強力だ。全力で体当たりをすれば、コボルトだって突き飛ばすことができる。が、それも成功すればの話だ。


 自分に向かって突っ込んで来る相手をそのまま何もせずにボーっと待ってくれる敵はまずいない。避けるか、追い払おうとするだろう。中にはカウンター攻撃を狙って来る者も当然のようにいる。また、仲間が攻撃を受けようとすれば、横槍を入れて攻撃の邪魔をする者だって当たり前のように存在する。集団戦では個々の戦闘能力よりも連携がうまくとれている方が勝ちやすいのだ。

 その点、ダイアウルフは集団戦は得意中の得意である。獲物を取り囲み、牽制を繰り返して確実に弱らせ、追い詰めて仕留める。それを本能でやってのける。が、そうだからこそ、こういう状況ではあまり勝算が高いとは言えなかった。


 ダイアウルフは高度に連携の取れた集団戦が得意だが、その集団戦を本能でやるからこそ、スタンドプレイは絶対にしない。仲間の誰かを犠牲にして勝利を強引にもぎ取るような戦い方も絶対にしない。このため、今回のように互いの戦力が拮抗していたりするとほぼ確実に膠着状態に陥る。むしろ、膠着状態を作って相手を消耗させて弱ったところを仕留めるのがダイアウルフの戦い方だ。


 それじゃあ困るんだよなぁ・・・・・・


 野生のダイアウルフが餌を得るために獲物を狩るのが目的なら、そのやり方でも全然かまわない。あの五人の炭焼き職人の内、もっとも不幸な一人を仕留めさえすれば事足りるからだ。だが、今のドナートたちの置かれた状況は違う。あの五人全員を確実に仕留めなければならないのだ。

 だが、ダイアウルフ五頭では全員を確実に仕留めるには頭数が決定的に足らなかった。相手が五人、ダイアウルフが五頭では確実に隙ができる。五人のうち不幸な一人を仕留めるくらいは確実に出来るが、その間に四人には逃げられてしまう可能性が高い。

 その四人が逃げるだけならいいが、万が一にもドナートたちが隠れている方へ逃げてきたらどうする?それでドナートたちの存在がバレてしまったら?


 そうなったら作戦は失敗だ。

 その逃げる四人は白兵戦ではドナートたちより確実に強い。四人を始末するどころか、逆に殺されかねない。確実に仕留めようと思ったら銃を使うしかないが、今ここで銃を使えば最寄りの中継基地スタティオに駐屯しているレーマ兵に間違いなく聞かれてしまう。夜中の山中で銃を使うような猟師なんか居るわけもないし、この時期にこんな場所まで南蛮軍が進出してくるわけもないのだから、レーマ軍は真っ先にドナートたちハン支援軍アウクシリア・ハンの存在を疑うだろう。


 殺すヤルとしたら全員でかかるしかない。

 が、それでも確実にやるとなると、あのコボルトが問題だな……


 コボルトは強い。ゴブリンが小柄なツキノワグマだとしたら、ホブゴブリンはヒグマ、そしてコボルトはホッキョクグマといった関係だ。いや、その戦闘力の比で言えば差はもっと大きいと言っていいだろう。

 ゴブリンではホブゴブリンにはまず勝てない。ゴブリンが剣を持ち、ホブゴブリンが丸腰なら勝てるが、棍棒とか何らかの武器を持たれるとゴブリン側は完全武装でも辛くなる。ホブゴブリンとコボルトの関係もそんな感じだ。ゴブリンでは剣を持ったとしてもコボルトに勝てる見込みはまず無いと言っていい。銃を使ってようやく勝てるかどうかだ。


 そう、「銃を使えば勝てる」ではない。「銃を使ってようやく」だ。


 コボルトはただでさえガタイが大きく、筋肉量が多く、全身を体毛で覆われ、しかもゴブリンやホブゴブリンにはほとんどない皮下脂肪を厚く蓄えている。このため、刃物や銃器による攻撃への耐性が強いのだ。それが何らかの防具を身に着けでもしたら、銃があっても簡単には殺せなくなってしまう。 

 ドナートたちが使うレーマ軍の短小銃マスケートゥムでも、散弾ではコボルトはまず殺せない。コボルトを一撃で殺そうと思ったら一丸弾を急所に打ち込む必要がある。実際、ハン支援軍アウクシリア・ハンが叛乱を起こした先月十日、ドナートは部下たちと共に海軍基地城下町カナバエ・カストリ・ナヴァリアでリクハルド軍を相手に有利に戦いを展開して見せたが、それでもコボルトである伝六デンロクを殺すことが出来なかった。数度にわたり散弾を浴びせ、付近に投擲爆弾グラナートゥムを投げつけたにも拘わらずである。


 そうだ。あのコボルトがいる限り、手は出せん。

 銃が使えん以上、こいつらを確実に始末するのは無理だ。

 あのコボルト一人きりなら、ダイアウルフたちで何とかなるだろう。

 あるいは、あのコボルト抜きの四人なら・・・・・・


 ドナートは息を殺したまま藪越しに炭焼き職人たちを睨みながら、口元を抑えていた自分の手の指を悔しそうに噛んだ。


 くそう、コイツ等多分このまま四~五日はここに居座るぞ……

 炭焼き職人って、たしか交代でずっと火を見てるんだよな?

 てことは寝ているところを襲うのも無理なのか?

 どうする、コイツ等を始末出来ない以上、場所を変えるか?

 いっそ、峠の向こう側で・・・・・・


 峠の向こう側はもうシュバルツゼーブルグだ。


 ‥‥駄目だ、遠すぎる。


 ドナートは一人頭を振って溜息をついた。

 今回の作戦はあくまでもアルトリウシアの連中に脅威を感じさせねばならないのだ。そしてハン支援軍アウクシリア・ハンに対処を依頼せざるを得ないようにするのが目的だ。アルトリウシアから離れすぎると、アルトリウシアではなくライムント地方のいずれかの軍が対応するだろうし、間違ってもハン支援軍アウクシリア・ハンにダイアウルフの回収を命じるような展開にはならないだろう。


 くそぅ、やっぱり駄目だ。

 コイツ等を、コイツ等を何とかしなくちゃ、街道を襲うどころじゃないぞ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る