第670話 奴隷引き渡しの拒否
統一歴九十九年五月八日、午前 -
「
イェルナクの耳にプブリウス・ウァレリウス・サウマンディウス伯爵の声は冷ややかに響いた。
「買い取って何とする?
エッケ島へでも連れて行くのか?」
「?……それは……はい……」
「あの者共をエッケ島へ連れて行って何とする?」
「連れて行って……それは奴隷ですから……もちろん使役しますとも?」
イェルナクはプブリウスが何を訊こうとしているのか分からなかった。何を当たり前のことを訊いているのか……そう思いながら
「何をさせるのだ?
エッケ島に、何十人もの奴隷を使うような仕事があるのか?」
「!」
プブリウスが何を気にしてこんな質問をしているのか?……イェルナクはここへ来てようやくその答えに思い至った。
そうか、伯爵はあ奴らが実質無罪放免となるのではないかと気にしておられるのだ!
盗賊たちを何故奴隷に堕とすかと言えば罰するためだ。本来なら処刑されて当然の重罪人たちを奴隷として使役し、せめて多少なりとも役に立てよう……それが刑罰としての奴隷の目的であり存在意義である。
だがエッケ島には何もない。先月、
そんなところへ奴隷を連れて行っても刑罰になり得るような重労働など無い。実質的に奴隷たちを遊ばせておくだけになってしまい、事実上の無罪放免に等しい結果になりかねない。伯爵はそう思っておられるのだ!!
そう思い至ったイェルナクはパッと顔を起こし、プブリウスを見上げた。
「ございます!
仕事などいくらでも!!」
「!?」
突然顔を上げたイェルナクの挙動に驚いたプブリウスは反射的に上体を
「仕事があるだと?」
「はいっ、ございます!」
やはりだ!
伯爵は彼らが罰せられることを、極刑に等しい過酷な労働を科せられることをお望みなのだ!
イェルナクはそう言いながら上体を起こし、正座したように両膝を突いて座ったまま身振り手振りを交えて説明を始めた。
「エッケ島は海賊共が根城していた頃の名残こそございますが、長らく放棄されていたので何もありません。
船着場と漁師小屋がわずかにあるばかり!
我が誇り高き
森を切り開き、道を敷き、兵舎を建て、
また、我らが旗艦『バランベル』号の修理も行わねばなりません。
ですが、我ら
奴隷たちはそうした、ゴブリン兵では難しい重労働を科すのです!!
働く場所はエッケ島ですからどこかへ逃げようにも逃れることなど出来ません!
必ずや、重罪人に相応しい境遇を御用意するとお約束いたしますとも!
是非!我が
自信たっぷりに言うと、イェルナクはそのまま胸の前で両手を組んで
ヨシ!これで伯爵は納得してくださるはず!
心の中で成功を確信し、両拳を握りしめてガッツポーズをするイェルナクだったが、その耳に届いたのは不満を露わにしたプブリウスの溜息であった。
「ふぅー-------っ」
「!?」
思わぬ反応にイェルナクの身体がピクリと震える。
ぬ、何か間違ったことを言ったか!?
拱手し頭を伏せたままイェルナクが戸惑っていると、プブリウスが如何にも不満そうな、不快感を滲ませた声で問いかけて来る。
「貴官は何か勘違いをしておらんか?」
「か、勘違いと申されますと‥‥‥?」
「エッケ島を誰の領地だと思っておる?」
「!?……そ、それは……アルトリウシア子爵の……」
「そうだ。」
プブリウスは背もたれに預けていた上体を起こし、自分の膝の上に肘を突いてイェルナクを覗き込むように身を乗り出した。
「貴官らは、いつ子爵閣下からエッケ島をそのように工事して良いとお許しを得たのだ?」
エッケ島はアルトリウシア子爵領に属する島である。当然、ルキウス・アヴァロニウス・アルトリウシウス子爵の管轄だ。もし、開発するのであれば、ましてや軍事拠点化するのであれば、ルキウスの同意が必要となる。しかし、プブリウスの知る限り、ルキウスがそのような許可を出してはいない筈だった。いや、そもそも出すはずがない。
イェルナクは自分が勇み足をしてしまった事に気付き、
「そ、それは……まだでございます。
ですが、エッケ島はそもそも長らく放置されていた無人島ですし……」
「無人島なら他人の領地を好き勝手してよいとでもいうつもりか?
そんなわけが無かろうが?!」
顔を伏せたままとはいえあからさまに動揺しはじめたイェルナクの様子に、ようやく気付いたかと呆れたプブリウスは上体を起こし、再び背もたれに身体を預ける。
「そもそも貴官ら
戦でもないのに与えられた拠点から勝手に出るだけでも問題なのだぞ?」
「そ、それは……おっしゃる通りです。
お許しください!このイェルナク、気が
子爵閣下には必ずやお許しを戴き、その上で工事を行う所存です。」
「子爵が許すとは思えんがな……」
必死に言い
「し、しかし、それでもまだ『バランベル』号の修理がございます!
奴隷たちの仕事はいくらでも……!」
「素人に出来る事などたかが知れておろう。
あのような者共の手に負えるようなら、今頃セーヘイムの船大工共が修理を始めておるのではないか?」
プブリウスはそう言いながら
その様子を気にする風でもなく、プブリウスは言葉を続ける。
「だいたいだな……貴官ら
その叛乱軍に、奴隷に堕としたとはいえ叛逆者だった者を与えるなど、叛乱軍に増援をくれてやるようなものではないか。
そんなこと、認められるはずがあるまいが?」
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