第1240話 謎の騎手
統一歴九十九年五月十一日、晩 ‐
馬に乗ったままのその男は黒っぽいボロに身を包んでいるが、どうやらそれは偽装のようだ。ボロから覗く両腕の袖、ズボンはそれぞれ黒を基調としてはいるがボロには見えず、両手の革の手袋、両足に履いた焦げ茶色のブーツは多少の傷みこそあるものの頑丈そうに見える。顔は
「
それまで男の応対をしていたであろう士官が
「
下馬し、名を名乗れ!!」
無反応な男に腹を立てた士官が叫ぶが、アッピウスはすぐに黙らせた。
「よい!」
「し、しかし閣下!?」
抗議する士官を片手をあげて黙らせると、アッピウスは一歩前に出る。
「私が
私に会いたいというのは貴様か!?」
士官の声も十分大きかったが、アッピウスの声はそれ以上に野太く大きく、夜の空にやけに響いた。驚いた馬は先ほどよりも大きく仰け反るが、馬上の男はそれを難なく
「
この時、アッピウスの前で初めて男は声を発した。
ラテン語……だがアルビオンニア
顔をわずかに
「サウマンディアの部隊の責任者にお会いしたいと申したが、まさか
「
相手を値踏みしながらアッピウスが言うと、男は笑うように声を躍らせながら答えた。
「まさか!
閣下に使いできるのは願っても無い
是非、閣下でお願いします」
アッピウスは口元を歪めて口角を釣り上げた。
ふむ……
ただのメッセンジャーならとっくに下馬し、狼狽えながら口上でも告げていた事だろう。だがこうして兵に囲まれながらも尚も堂々とし、いつでも逃げ出せるように馬に乗ったまま。おまけに相手がアッピウスだと知って驚きはしても動じることは無く、余裕を保ったまま冗談を冗談として理解し受け流している。つまりこの男はただ伝言を伝えるだけの人間ではなく、この男自身がアッピウス相手に交渉をするつもりであるということだ。
「さて、
名乗りもせぬ貴様がホントに
そう、この男はまだ自らの名さえ名乗っていない。それどころか、
しかし、男はそれを分かってないのか、あるいは分かったうえで今後の交渉に自信を持っているのか、アッピウスの揺さぶりにさして慌てる様子もなく、むしろ待ってましたと言わんばかりに声を張った。
「私と私の主人の名をここで告げるのは
しかし、私の主人が
ですが、この場にいるすべての者が、それを見て良い者たちだけなのかは私には判断しかねます」
これにはアッピウスも顔を
芝居がかった物言いをしおって……
「どういうことだ!?」
「この場にいる
見回すと当直の兵士のみならず、野次馬根性に駆られた兵士たちの姿がそこかしこから覗いていた。ムムッと唸ったアッピウスの怒号が宿駅中に鳴り響く。
「当直以外の
これより後、見聞きした物は口外無用である!!」
アッピウスの怒号に兵士たちは雷にでも撃たれたように身体を震わせ、蜘蛛の子を散らすように一斉に姿を消していく。静寂が訪れるまで十秒もかからなかったのは流石の統率力であろう。
馬上の男は感心半分、呆れ半分にハハッと小さく笑った。
「これで満足か!?」
「残った方々には、見られてもかまいませんな?」
「当然だ!!」
男とアッピウスの短いやり取りを聞いて、この場を退去し損ねていたフルーギーは自信なさげに脇からアッピウスに尋ねた。
「か、閣下……小官も退去いたしましょうか?」
フルーギーのことなどすっかり忘れていたために退去せず残っていたフルーギーの存在に内心驚いたアッピウスだったが、これからの捜索でフルーギーの警察消防隊の協力を得なければならないことを思い出したアッピウスは怒鳴りそうになるのを辛うじて堪える。
「よい!
その代わりここで見聞きすることは口外無用だ」
「ハッ!」
アッピウスがすぐわきに控えている部下らしき男と小声で話をするのを見ていた男はわずかばかり不快そうにしていたが、すぐに気を取り直して改めて確認する。
「では、よろしいでしょうな?」
「くどいぞ!
よーし相棒、いっちょ手筈通りに頼むぜ?
『任せろ、大きいヒト!』
男はボロの内側から短い樹の棒を取り出し、自分の額の辺りに当てるとすぐに何もない地面をその棒で
「「「「お、おおおおぉぉぉぉ~~~!?」」」」
アッピウスを始めレーマ軍の軍人たちが一斉にどよめく。すると立ち上がった泥人形は足をそろえて直立し、背筋を伸ばすと右腕をまっすぐ前方斜め上にむかって伸ばした。レーマ式敬礼である。
自分たちで見せろと言った癖に呆気にとられてしまったレーマ軍に対し、男は愉快そうに尋ねた。
「マッド・ゴーレムを御覧に入れましたが、これで証拠として十分ですかな?」
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