第472話 現地の様子を知る手段

統一歴九十九年五月五日、夕 - マニウス要塞陣営本部プラエトーリウム・カストリ・マニ/アルトリウシア



歩兵隊コホルスって…お、おっきいんだろ!?

 百人隊ケントゥリアよりずっと…そんな大魔法使うって…

 やっぱり、アレかい!?

 三百人の盗賊ってのと戦ったってことなのかい?」


 オロオロと落ち着かない様子でリュキスカがリュウイチとアルトリウスの双方を交互に見比べながら問いかけた。

 リュウイチがルクレティアに護衛の意味も込めて付けた《地の精霊アース・エレメンタル》が大魔法を使った。それはルクレティアの身に危険が及んだという事に他ならない。しかも一個大隊コホルスを壊滅するほどの威力があるかもしれない魔法だという…その話と、昼間に要塞司令部プリンキピアで聞いた三百人の盗賊が出没しているという話を結びつけてしまうのはごく自然なことだろう。

 リュウイチとアルトリウスは共に上体を起こし、リュキスカを宥める。


『お、落ち着いてリュキスカ』


「そうです、まだそうと決まったわけではありません。」


「でも、でもだってさぁ…」


 二人に宥められ、リュキスカは不安ながらも浮かしかけていた寝椅子クビレに腰を落ち着かせる。


 ああ、あ、あああ~~~~~~っ


 母の焦燥を感じ不安になったのだろう、リュキスカが抱いていた赤ん坊が泣き出してしまった。


「ああ、フェリキシムス!?

 ゴメンよ…ああ大丈夫、大丈夫だからねぇ」


 リュキスカがそういいながら慌てて赤ん坊をあやし始め、話は一時中断となった。リュウイチとアルトリウスはほぼ同時に目の前の円卓メンサに置かれた茶碗ポクルムを手に取り、香茶を啜る。


「先ほどは、軽率な発言でした。どうかお許しください。」


 赤ん坊の泣き声がある程度落ち着いてきたところで、アルトリウスはまだかすかに湯気を立てている茶碗を両手で包み込むように持ち、太腿の上で小さく回すように揺らしながら話を再開した。


「攻撃魔法だとすれば…と言ったのは早計だったかもしれません。

 戦闘があったと断定されたわけでもないのに言うべきではなかった。」


『いや、アルトリウスさんのお立場からは、そういう助言になるのは当然です。

 お気になさらないでください。』


「でも、でもさぁ…

 そうでないなら何でそんな大魔法を使ったって言うんだい?

 三百人もの盗賊が暴れてて、中継基地スタティオを襲ったってのは本当なんだろう?

 じゃあ、そいつらが関係してんじゃないのかい?」


 リュキスカは座ったままではあったが、器用に身体全体をゆるく跳ねさせるようにしながら腕に抱いた赤ん坊をやさしく揺すり、あやしながら顔を起こしてアルトリウスに尋ねた。その顔はまだどこか不安げである。


「詳細が分からないので何とも…

 ですが、予定では今頃はもうとっくにアルビオンニウムに到着しているはずです。そこにはサウマンディア軍団レギオー・サウマンディアの軍勢が先月から駐留していて、それらと合流できていれば総勢五百人程度…それこそ大隊コホルスくらいの戦力になっています。

 たかが盗賊が三百程度集まったからと言って、五百人もの軍勢にちょっかいをかけてくるわけはありません。」


 リュキスカを安心させたいのだろう、アルトリウスは無理に笑顔を作っておどけた様子で言うと、リュウイチもそれに調子を合わせる。


『さっきの会議の時も言われたけど、戦闘があった後なら多分、《地の精霊》だけじゃなくてルクレティアも魔法を使うはずだよ。治癒魔法とか…でも、今回もルクレティアは魔法を使った様子が無い。

 だから、多分戦闘は起ってないか、起こったとしても一方的なものでこっちはノーダメージなんだと思うよ。』


 二人から相次いでそのように宥められ、リュキスカはまだ納得まではしてないようで不安を残した表情ではあったが、「なら、いいんだけどさ」と言って大人しくなった。

 ちょうど、赤ん坊が両手を母親に向かって伸ばして何か「あうあう」と言い出したので、リュキスカがチラっと赤ん坊に顔を向けて抱き起すように抱え上げると、赤ん坊は嬉しそうに奇声をあげて母親の首に抱きつき、リュキスカはその頭を優しく撫でてやる。


「しかし、戦の可能性は無いとしてもそれほどの大魔法が使われたことに変わりはありません。

 私としては、ルクレティア様がアルビオンニウムでサウマンディア軍団と合流しているであろうこのタイミングで、何故そのような大魔法が使われたのか気になります。」


 リュキスカが落ち着いたことに安堵したのか、アルトリウスは今度はリュウイチの方を身体ごとまっすぐ向いて話はじめた。


『ああ、はい…それは私も、同感です。』


「何かあれば早馬を出すでしょうが、それが着くのはおそらく明後日以降でしょう。

 サウマンディウム経由でサウマンディアの伝書鳩が飛んで来る方が早いかもしれません。」


『ああ…その…途中の中継基地が潰されているって話ですね?』


「その通りです。」


 アルトリウスは力強くそう言って首肯した。

 駅伝競走のように街道上を馬を乗り継いで文書を送る早馬はバックアップ態勢が整っていなければ機能しない。馬の脚は確かに速いが、消耗も激しいからだ。速く走れば早くバテるし、人や荷物を積んで走る馬は野生馬よりもずっと多くの飼料を必要とする。遠くへ早く文書を送るためには、短い距離を高速で走らせては馬を交換するか、途中で休憩させたり栄養豊富な餌を膨大に与えねばならない。

 だがそれを行うための施設である中継基地が盗賊に襲われて潰されているとあっては、早馬は本来の能力を発揮できないだろう。軍の施設である中継基地を襲うような凶悪な“敵”が跋扈ばっこしているとなれば、早馬を走らせるのも翌朝を待ってと言う事になる可能性が高い。本来、アルビオンニウムからマニウス要塞カストルム・マニまで、騎手が耐えられれば早馬はほぼ一日で駆けて来られるはずだが、このような状況ではまず無理だ。最低でも二日は見る必要があった。


 アルトリウスとしてはそうした状況を改めて再確認することで、リュウイチを落ち着かせるつもりでいた。現地の情報が入ってくるまで二日かかります。だからそれまではどうか辛抱してください…そういう腹積もりでいた。しかし、リュウイチの受け取り方は違った。


 アルトリウスたちは最善を尽くしている。それは疑いようがない。しかし、彼らには様々な能力の限界や制約があって、現地の情報を知ることが出来ない。だけど現地の情報を知りたい。つまり、リュウイチはアルトリウスたちがと考えたのだった。


 アルトリウスたちは大協約とかいう法律のせいで「《レアル》の恩寵おんちょう」…つまりリュウイチにゲイマーガメルとしての力を使うように依頼することができない。「現地の情報を調べてください」とか「ルクレティアと連絡を取ってください」という風に直接頼むことが出来ない。だから「分かりませんか?」とリュウイチに遠回しに伺いをたてている。

 だとすれば、リュウイチとしては遠慮して使わないようにしていた魔法やスキルを使うしかないのではないか?


 リュウイチはオズオズと不安げに…だが同時に顔に半分だけ笑顔を浮かべてアルトリウスの顔を覗き込みながら言った。


『じゃ、じゃあ…何か使い魔を使って現地と連絡を取るかしてみますか?』

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