第8話 神殿で待つもの
統一歴九十九年四月十日、朝 - ケレース神殿中庭/アルビオンニウム
幅六ピルム(約十一メートル)、奥行きは十八ピルム(約三十三メートル)ほどもあろうか。
一般的な
通常、中庭の真ん中に
中庭の外側は列柱が屋根を支えており、ポルチコのようになっている。
中庭はポルチコの部分より内側が一段低くなっていて、雨水は一旦中庭の低い段の床に落ち、そこから水盤へ流れ込むようになっている。このような構造であるため、モザイク画で飾られた水盤周辺の床は昨夜の雨でまだ濡れたままになっている。
漆黒の鎧に身を包み、異形の大剣を自らの正面に杖のように突き立て、その柄の上に両手を重ねている。両肩から垂下がるマントも風に揺れること無く静止し、まるで時間が停まっているかのようだ。
彼の右肩の付近の何もない空間に炎が燃えており、そのかすかな明滅が時が停まったわけではない事を示している。
天窓から見える空には何一つ浮かんではいない。
雲の一つくらい流れていてもよさそうなものだが、今朝方全天を覆っていた雲は全て遠くへ追いやられたきりまだ戻ってきていなかった。
龍一は特にどうしようというような考えがあってこうしているわけではない。
先刻は《
正直言って失敗だった。
ゴブリンの顔は確かに人間とは違う。
とは言ってもゲームやファンタジー系の作品に登場するようなゴブリンではなく、何と言うか猿人に近い・・・ネアンデルタール人とかアウストラロピテクスとかの想像図で見たような・・・顔立ちだった。
ゲームにしてはリアルすぎる感覚、ゴブリンだと言われはしたが想像していたのよりずっと人間に近い顔立ちや立ち居振る舞い。
やはりここはゲーム世界じゃないと判断した龍一は、ゴブリン兵と対峙した時にひとまず何とかコミュニケーションをとれないだろうかと考えてみた。
考えてる間に向こうから何か話しかけてきたが、話す言葉はさっぱりわからなかった。
いくつか、英語っぽい単語があったように思う。「ウエポン」とか聞こえた気がしたし・・・でも、何か違ったような気もする。
そもそも英語を学校で習ったとはいえ、社会人になって
せいぜい、ネットゲーム内のチャットでお決まりのセリフをタイプする程度だ。
しかもやるゲームと言えばFPSなので短文か定型文しか打てない。
例えば「
多少文章らしい文章を打ったとしてもせいぜい「
基本的に戦闘に寄与するためのセリフばかりで、戦闘を回避するためのセリフなんて一つも知らない。
なんたって、華麗なトドメの一撃を成功させた時に褒めてくれた戦友にゲームチャットで「
日本語入力対応のゲームチャットが普及するにつれ、英語でのチャット頻度も減ってしまったから、英語力はむしろ下がる一方である。
なお、日本語入力対応のゲームチャット機能を実装したFPSでは、ログインしたら真っ先に挨拶と共に「俺、この戦いから生きて帰ったら結婚するんだ」と入力するスタイルを貫いて十年近くになるが、四十過ぎて未だ独身だ。
同じネットゲームでもMMORPGでもやってれば、もう少し使う英語のバリエーションも増えたかもしれないが、龍一自身はMMORPGの経験は・・・無いわけではないがほんの二、三年ほど(それも「
まあ、早い話が
さてどうしたもんかと考えあぐねている間にいきなり攻撃された。
最初の一撃はパッシブスキルで自動的に対処できたらしい。
二撃目以降は《火の精霊》に守ってもらいつつ、何とか相手を殺さずに無力化する方法を探り、メニューの中から《
それを試したら効いてくれたが、それは
命を奪うのは何とか避けたが、それは不幸中の幸いだったとしか言いようがない。自分のとった無思慮な行動が無用な戦闘を招いた事実は反省せざるを得なかった。
その後、殺戮だ戦闘だと
《火の精霊》が言うには戦闘能力的には全く問題ないらしい。
さっきの戦闘の様子からしても実際そうなのだろう。事実、龍一は
だが、問題なのは勝つか負けるかじゃない。
さっきの戦闘中、ゴブリン兵たちはひどく
彼らの恐怖に歪んだ目を見た瞬間から、龍一の戦意は完全に消え失せている。
龍一もゲーマーだった。
いい歳してFPSにハマり、ネット上の友人とTV会議アプリで毎日のように馬鹿話しながら敵を殺し、また殺されて楽しんでいた。
だが、リアルの死を楽しむような趣味は持ち合わせていない。
何とか無駄な戦闘は回避したい。かと言って痛い目には合いたくない。
《火の精霊》が言うには
だが苦痛は身体的なモノはもちろん精神的なモノでも嫌だ。
恐怖に、苦痛に、絶望に歪んだ顔を見て、その涙に濡れた瞳を直視して平気でいられるわけじゃない。
こちらがダメージを負う心配が無いなら
そのためにどうすればいいのか?
ゴブリンの軍勢とやらがやってきて、倒れている仲間の姿を見て
そう考え、龍一は神殿に戻って様子を見つつ、どう対応したらいいか考えていた。
考えなんか結局まとまらなかったが・・・
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