第282話 ピロートーク
統一歴九十九年四月二十三日、夜 - マニウス要塞陣営本部/アルトリウシア
「する?」
『うん』
素っ気無い会話で始まったリュキスカのお勤めはこれまでと特に何も変わることなく普通に終わった。強いて言えば、リュウイチが今までで一番優しかったかもしれない。もっとも、まだ四回目だから「いつもと違ってどう」とかいうような言い方をするのはアレかもしれないが、ともかく呆気ないくらいに何ともなかった。後になってみると緊張していた自分がバカみたいに思えたほどだ。というか、途中からどうでも良くなっていた。
性的快楽は性愛の女神ウェヌスの
そんな価値観のあるレーマ帝国なのだから、男たちはみんなセックスが上手くて性豪ぞろいかというとそんなことはない。男なんてどの時代、どの国でも身勝手なものだ。ウェヌスの恩寵云々も、おそらくは男が自らの性欲を満たす行為を正当化するための方便でしかないのだろう。大概の男は自分が気持ちよくなることしか頭になく、パートナーである女を気持ちよくさせようという気持ちを持ち合わせている男は少ない。そして、その中でも実際に女を気持ちよくさせてくれる男は更に少ない。ほとんどの男は女も気持ちよくなっていると思い込んでいるだけで、実際はそうではないというケースがほとんどなのだ。
娼婦の仕事は苦痛との闘いなのである。これは世界共通の事実だ。
レーマ帝国の女…いや
夜の街で育ち、そのまま娼婦になったリュキスカには世の中の一般的な、いわゆる
その点、リュウイチは
おっぱじめる前にリュキスカの身体の色んな所を触ったりキスしたりして、リュキスカの身体がリュウイチを受け入れる準備が整うのを待ってくれる。それだけでも女にとってどれだけありがたい事か。
まあ、それだけなら女をよがらせて愉しむ類の男や娼館通いの長い男の中にも居るが、リュウイチの場合は女が痛がるところを触らないように気を付けている節があった。見当違いなトコロを触ってくることも少なくないが、痛いところを気持ちがいいのだろうと勘違いしてしつこく触られるよりはよっぽど良い。
「はぁ…はぁ…はぁ…うーーん」
終わった後、そのままドサッと重たい肉布団が圧し掛かってくるのを無意識のうちに覚悟して身構えていたリュキスカだったが、リュウイチは身体を横に避けて寝転がる。
「ハァ…ハァ…ハァ…あ!?ああ、ちょっと、そんなのイイって!」
一度離れたリュウイチがベッド脇に置かれていた
『へ?…まあ、イヤならいいけど…』
「いや、イヤじゃないけどさ…なんか悪いじゃないさ。」
『悪いって何が?
昨日までそんなん言わなかったじゃない?』
確かに初めてリュウイチと寝た時は途中でリュキスカが失神してしまった事もあって、後始末をリュウイチに任せることになってしまった。翌朝気が付いたらもうキレイにされてしまっていたのだ。その後は失神することは無かったが、やっぱり気づいたらリュウイチに後始末されていた。リュキスカも気づいて悪いなぁとは思いつつ、やってもらっていた。
拭き方も優しかった。「拭く」というとゴシゴシ擦るような印象があるが、男の力でそれをされると痛いのだ。だけどリュウイチは布を当てて水気を吸い取らせるような感じで、ゴシゴシ擦るような拭き方はしなかった。悪いなと思いつつ抵抗もせずに拭かせてしまっていたのはそういう理由もある。
これで金払いが良いのだから娼婦にとってこれほどありがたい客は無い。
「いや…アタイ娼婦で、
リュキスカが「
『…「リュウイチ様」か…』
リュウイチはリュキスカの立場も分かるし、自分自身の立場も理解している。ただ、それはあくまでも頭で理解しているというだけで、納得し受け入れているかというとそういうわけではなかった。
そんな中でリュキスカと出会った。リュキスカの明け透けな態度は腫物に触れるように扱われてきたリュウイチにとってどこか新鮮で心地よかった。勝手な言い分かもしれないが、彼女のリュウイチに対する接し方にリュウイチは幾度となく心を癒されてきた。
なのにそのリュキスカが態度を変えようとしている…そして、それをさせているのは他でもない、リュウイチ自身の降臨者と言う身分だった。
「な、何だい?」
リュキスカは何となくリュウイチのその態度が気になり、肘をついて上体を起こしリュウイチの顔を覗き込む。
『ん…んん……いや、いいや。』
リュウイチは一瞬リュキスカの顔を見たがそのまま寝返りを打ってリュキスカに背を向けた。
「何だい?…その、何かあるなら言っとくれよぉ…」
『…ん…いや、大丈夫だよ。』
リュキスカは娼婦と言う職業柄、年齢の割に多くの男性と接してはいる。だが、特に恋愛経験とか人間的な付き合いが多かったかと言うとそんなことはない。ただ、それでもリュキスカは目の前の男が拗ねていて、自分が何か間違いを犯したという事には気づいた。
そのまま這って近づき、リュウイチの背中に身体を摺り寄せる。
「ねぇ、言っとくれよ。気になるじゃないか…」
『・・・・・・』
リュキスカは一生懸命思い出す。リュウイチの機嫌が悪くなったきっかけは何だったか?
今日、ベッドに入ってから
アソコを掃除させたから?…いや、今までもしてくれてた。違ったのはその後だ…遠慮したから?いや、遠慮した時点ではまだ今まで通りだった。遠慮した後だ。
「ひょっとして、『リュウイチ様』っていう呼び方が気に入らなかったかい?」
リュキスカからリュウイチの表情は見えないが、リュウイチがフゥーッと大きく息を吐いた。
「ごめんよ。その…アタイも慣れてなくてさ…バカだしさ…
き、今日もさ…アタイも
ルクレティア様から魔力の抑え方っての?…教わってる時もさ…やっぱり『リュウイチア様』なんて呼ばれてさ…その…何てぇか…落ち着かなくてさ…やめとくれって言ったんだよね。
もしそうならさ…アタイも、その気持ち…わかるからさ…兄さんが嫌なら今迄みたいに『兄さん』って呼ぶからさ…ね?」
背を向けていたリュウイチがリュキスカの方へ倒れるように仰向けになり、その視線がリュキスカの方へ向けられる。蝋燭の灯りに照らされたその表情は、特に機嫌が良さそうには見えないが、悪そうにも見えない。
『君を巻き込んでしまったのは、本当に悪かったと思ってる。』
「い、いいんだよ、そんなこと!」
どうやら機嫌を直してくれたらしいことに、リュキスカは安堵の笑みを浮かべた。そのままオズオズとリュウイチに身体を摺り寄せる。
「そ、そりゃさ…兄さんが降臨者様だったなんてさ、びっくりしたし…アタイもどうしていいかわかんなくってさ…ちょっと、混乱しちゃったけどさ。
兄さん、アタイとアタイのフェリキシムスの病気治してくれたしさ、今はこうしておいしい物食べさして貰って、いい服も貰ってさ、御給金だって貰ってるしさ。感謝はしてるんだ。
ホントだよ?
ホントにさ…アンタの役に立ちたいって…アタイ、ホントに思ってんだよ。」
リュウイチがリュキスカが身体を押し付けていた腕を急に浮かせ、リュキスカから離す。一瞬、また何か気に入らないことを言ったかと焦ったリュキスカだったが、リュウイチの腕はそのまま大きく回され、リュキスカの背後に回るとリュキスカの身体を優しく、そして力強く抱き寄せる。
『そういや、さっき、「ルクレティア様」って言った?』
「え?・・・うん」
『前は「スパルタカシア様」って呼んでたよね?』
「ああ…それ?…うん」
『?』
「えっとね…ルクレティア様、アタイの事『リュウイチア』って呼ぶようになったのね?それで、イヤだって…いや、嫌じゃなくて…イヤっていうか、落ち着かない?…そう落ち着かないから止めてってお願いしたんだ。
たぶん、兄さんがアタイに『リュウイチ様』て呼ばれるのが嫌だったのと同じ理由だと思うんだけど…
その後、ちょっとケンカ…じゃないけど…ちょっと、言い合いみたいになっちゃってさ…もう仲直りしたんだけど…その時、お互いに
『うっ!?…うん…』
「だけど兄さん…」
『うん?』
「さっきみたいなのはちゃんと言っとくれよ?
さっきは分かったけど、アタイ、バカだから言ってくんないと分かんないよ。」
『あ、うん…ごめん』
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます