第1313話 状況確認
統一歴九十九年五月十一日、夜 ‐
ホブゴブリンたちが一斉にうめき声をあげる。二人の
アルトリウシアはただでさえエッケ島に立て籠った叛乱軍、
リュウイチについてはまだ良い。幸い温厚かつ善良な性格で侯爵家、子爵家の両領主に対して非常に協力的で今までも
しかし、だからと言って安心できるわけではない。悪意はなくとも彼の持っている力が《暗黒騎士》のものである点はまったく揺るがせようのない事実なのだ。そしてリュウイチは彼らの見たところ、善意に基づいてその力を使うことに
それが只の人間が持つ性質であれば、それは称賛されるべき美徳であろう。だが強大過ぎる力は如何に善意に基づこうとも不用意に使えば必ず弊害を生じさせるののなのだ。象はただ普通に当たり前のセックスするだけでも、足元の蟻たちは地獄のような大量虐殺に見舞われるのである。象の足元の蟻にすぎない彼らにとって、たとえ純粋な善意であろうとも象に不用意に力を振るわれてはかなわない。実際、リュウイチがアルトリウシアの復旧復興に役立つようにと融資した膨大な銀貨は、アルビオンニア属州のみならず帝国南部全域に無視できないインフレを引き起こしつつあった。
そのリュウイチが居るアルトリウシアに、《
「事態は我々が想定しているより深刻かもしれん。
だからこそ
『
アルビオンニア属州はレーマ帝国の属州としてはかなり狭い方である。しかし、これから本格的な冬にはいることを考えると、捜索活動は難しくならざるを得ないだろう。アルトリウシアは世界的に見ても有数の豪雪地帯だし、ライムント地方以東の地域は積雪こそ少ないが冷え込みが厳しく、日中でも気温が氷点を下回る日々が続くのだ。毎年少なからぬ凍死者を地元住民の中から出すような地域では雪が無くとも都市間の交通も滞りがちにならざるを得ず、まして各地の備蓄食料をアルトリウシア救済のために供出してしまっている状況では、下手に部隊を動かしただけでその土地で飢餓を生じさせてしまいかねない。
そうなると本格的な捜索は春まで休止せざるを得なくなるだろう。カエソーはティフに如何にも簡単に捕まえられるようなことを言ったが、実際はそれほど簡単なことではないのだった。
「今からでも追いかけますか?」
セルウィウス・カウデクスが神妙な顔つきで尋ねる。アルトリウシア軍団の百人隊長としては、やはり逸る気持ちがあるのだろう。今からでもティフを取り押さえれば、『勇者団』のアルトリウシア侵入を抑制できるかもしれない。だがカエソーは首を振った。
「いや、そうすれば
今はまだ、
西に行ったとしても、アルトリウシアへ入る手前でダイアウルフを探しているであろう仲間と合流し、そのままブルグトアドルフかアルビオンニウムへ行ってくれる可能性はまだ残されているのだ」
もしカエソーの言った通りになればむしろ万々歳だ。『勇者団』がアルビオンニウムにいるであろう
もしも今からグルグリウスを差し向けて無理やりティフを捕まえれば、カエソーは間違いなくティフに憎まれることになるだろう。そんなことになれば、ムセイオンの聖貴族を……特にハーフエルフをサウマンディアで懐柔し、サウマンディアの女をあてがって
「ですがそれでは
せめてそれを防ぐための手立てを……」
「それを考えたいからこの場を設けたのだ」
セルウィウスが追いすがると、セルウィウスが言いたいことを全て言い終わる前にカエソーは口を挟んで黙らせた。
「貴様の懸念は私も承知しているつもりだ。
彼ら
それで彼らが《
我らサウマンディアだってただでは済まんのだからな」
事態を対岸の火事としてとらえているわけではない……カエソーがそう主張するとセルウィウスは押し黙った。セルウィウスとカエソーのやり取りを心配そうに見ていたもう一人のホブゴブリン百人隊長が、
「で、ではどうしましょうか?
このまま放置すれば、最悪の場合明日には
ティフは仲間が既にダイアウルフを探していると言っていた……ティフは実際に西へ向かったのだから、『勇者団』メンバーがグナエウス砦より西側へ行っているのは間違いない。だがアルトリウシアまで行ってしまっているかどうかは断定できない。『勇者団』がダイアウルフを探しているという状況が文字通り山の中を探していることを意味しているのかもしれないし、それともダイアウルフ捜索の計画が始まっているというだけで現実には下準備を始めたばかりという状況かもしれない。もしも前者ならティフがアルトリウシアまで行く可能性は無いだろうが、後者だった場合はこのままアルトリウシアまで直行してしまう危険性は充分に考えられた。
アルトリウシアから
この二十二マイルと言う距離は奇しくも騎馬の活動半径でもあった。馬も生き物なので速く走ればそれだけ早く疲れる。一日に移動できる距離には限界があり、人を乗せた騎馬ならば一日の活動半径は二十二マイル進んで二十二マイル帰って来る……だいたい二十二マイルぐらいが限度だったのだ。
ティフたちが今日、どこからどういうルートでグナエウス砦まで来たのかは分からない。だが、仮にシュバルツゼーブルグあたりから来たのだとしたら、ティフの乗馬は朝までにアルトリウシアへたどり着けるだけの体力は残されていると見ていいだろう。百人隊長の予想は、最悪を想定するという意味においては適切なものであった。
カエソーは自らの顎をさすりながら唸り、しばらく考えてから左隣のグルグリウスを見た。
「グルグリウス殿、今一度私に雇われてはくださいませんか?」
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