第781話 召喚の理由
統一歴九十九年五月十日、昼 ‐
子爵家令嬢グナエウシア・アヴァロニア・アルトリウシア・マイヨルは
大グナエウシアと共に円卓を囲んだのは彼女自身を含めて全部で五人、驚くべきことに
この、大グナエウシアとマメルクスを除いた正体不明の三人はいずれも若く、信じがたいほど顔立ちが整い、そして見たこともないような手の込んだ衣服で身を包んでいた。そのくせ大グナエウシアより明らかに身のこなしがスマートであり、複雑な構造の衣服も違和感なく着こなしている。明らかにこういう場に
ハーフエルフの紳士は当然として、他の二人も
いったい誰なんだろう?
気になって仕方がないが三人とも未だに身分を明かしていない。それどころかマメルクスも紹介しようとしない。正式に招待状をもらって招かれたのだから、この場は公式な場であるはずだ。
上級貴族の家に生まれ、貴族令嬢として育てられたとは言っても大グナエウシアはまだ十四歳の子供である。貴族同士の社交についてそれなりに学んではいるが、実際に社交デビューして半年かそこらでは経験が足らな過ぎた。せっかく皇帝から招かれて同席しているというのに、見知らぬ誰かが同席しているというだけで何をどうしていいか分からなくなってしまう。
「さてと……」
誰も話し始めないままぎこちなく時間が過ぎてしまっていたが、おもむろにマメルクスが口を開いた。
「和やかにお茶でも楽しみながらと思っていたのだが、どうやらそういう雰囲気でもなくなってしまったようだな。」
態勢だけは円卓を囲む全員に向けて話をしている体ではあったが、マメルクスの視線はずっと大グナエウシアに注がれている。
「先に、子爵令嬢の質問に答えてしまおう。
その方が却って話が早そうだ。」
その一言に全員がマメルクスに視線を向ける。
できることなら大グナエウシアにも降臨のことを知られないまま、アルトリウシアをはじめアルビオンニア属州の話を聞こうと思っていた。それで現地の様子をフローリア・ロリコンベイト・ミルフやルード・ミルフ二世に知ってもらおう。そういうつもりでいた。ところが大グナエウシアは既に降臨のことを知っており、どうも現地のことが心配で気が気でない様だ。
大グナエウシアとしても確かに降臨のことは心配だったのだが、実際はマメルクスが予想しているほど気に病んでいるわけでもなく、むしろ誰だかわからない貴族と同席して皇帝とお茶を飲むという状況に過度に固くなってしまっていたというのが正確な所だったのだが、それは却ってマメルクスに思い切らせる結果となった。
マメルクスは右手を顔にやった。人差し指だけを伸ばして鼻筋に沿わせ、曲げた中指で鼻の下をこするように当て、薬指と小指で口元を覆う。
「
本来ならこれはまだ伏せるべき事柄なのだが、其方には答えよう。」
大グナエウシアは思わず身を乗り出し、ゴクリと固唾を飲んだ。マメルクスは顔に当てていた右手を下ろし、大グナエウシアに向き合うようにその目をじっと見つめ一言……「事実だ」と短く告げた。
やや回りくどい前置きが続いた後であまりにも端的すぎる答えに、大グナエウシアは却ってその意味を掴みかねる。目をしばたたかせながら前のめりにしていた身を引き、マメルクスの答えを理解しようと目を泳がせる。
事実だ……陛下はそうおっしゃった。ということはアルビオンニアで降臨が起きたっていうことで……じゃあ、どうなるの?
まって、降臨したのは《
戦ったら絶対に勝てない……人が絶対に勝てない不滅の
まさか戦ったのかしら?だとしたら生きてる?殺された!?
いえ、
大グナエウシアはどちらかというと楽天的な方だ。貴族の家に生まれたが跡取り息子である兄がいて、母は自身が病弱だったためかさほど厳しく当たられた記憶もなく、育ての親とも言える侍女のタネは厳しくはあったがやさしく接してくれたのでノビノビと育つことができた。コボルトの血を引き大柄なせいか、父方の家来であるホブゴブリンの貴族や使用人たちが、大グナエウシアに対して少し距離を開けて接していたことも理由にはあっただろう。おかげで大グナエウシアは悲観的に物事を考えてしまう癖はほとんどなく、貴族特有の陰湿な部分もほとんどない。
だというのに今日の大グナエウシアは自分でも驚くくらいに嫌な考えが後から後から際限なく浮かんできては頭の中をグルグルと回り続ける。こんなことは彼女にとっても初めてのことだった。
「あの……大丈夫?」
「ヒッ!?」
いつの間にか酷い表情をしていたようだ。大グナエウシアは思わぬ方向から突然声を掛けられ、思わず跳ねるように驚き、変な声をあげてしまう。
「ご、ごめんなさい……その……」
声をかけてきたのは左隣の、正体不明の貴族のうちの一人だった。大グナエウシアと同じ赤い色の服を着たヒトの少女は大グナエウシアの思わぬ反応に驚き、仰け反る様にこちらを見ている。気づけば全員が大グナエウシアの方を凝視していた。
「あ、あぁ……ごめんなさい、私の方こそ……」
大グナエウシアは短く詫びると慌てて居住まいを直す。
「申し訳ございません陛下、皆様……
その……思いもかけず故郷で降臨が起きたと伺い、故郷の家族や、領民たちがどうなったのかと、急に心配になりまして……」
取り
「いや、気にせずともよい。」
「さぞかしご心配でしょう。無理もありませんわ。」
「そうよ、自分の家で《
「あ、あ、ありがとう、ございます」
ハーフエルフらしき少年以外の全員から声をかけてもらい、大グナエウシアは卓上に置かれた
「家族のことはひとまず安心するがよい。」
大グナエウシアがひとまず落ち着きを取り戻したのを見計らい、マメルクスは説明を続ける。
「降臨があった場合、最寄りの貴族がその
「アルトリウシアに!?」
落ち着いたばかりだった大グナエウシアだったが、マメルクスの顔を見つめ返しながら、手に持ったナプキンをギュッと握りしめる。
マメルクスは
「うむ、そしてその報告を送ってよこしたのはアルビオンニア侯爵夫人と、アルトリウシア子爵だ。
それに続いて、サウマンディア伯爵からも報告が届いておる。
それらによると、降臨なされたのは《
温厚な御仁らしく、大人しくこちらの要請にしたがっていただけておられるようだ。もちろん、降臨による被害は生じておらん。」
そこまで言うと口元へ運んだ茶碗から香茶を一口啜り、飲み込む。
あえて戦闘があったことは伏せる。
マメルクスはそのまま茶碗を卓上へ戻しながら話を続ける。
「ともあれ、昨日その第一報が届いたばかりでな、まだ詳しいことは何も分かっておらん。」
言いながら茶碗を置くと、肘掛けに頬杖を突くように身体を右に傾ける。そのまま右手に顎を乗せ、顎を支えた右手の人差し指や中指で口元をわずかに隠した。
「何も分かっておらんが、かといってことは一大事だ。
さっそく、調査のために人を
それで、アルトリウシアがどのようなところなのか、其方から話を聞こうと思ったのだ。」
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