第780話 大グナエウシアの決意
統一歴九十九年五月十日、昼 ‐
グナエウシア・アヴァロニア・アルトリウシア・マイヨルは自分が発した質問を耳にした者たちの反応を見ていなかった。礼法に従い、
質問を受けた
「
望む答えの代わりに質問を返された大グナエウシアは再び目をしばたたかせながら幾度か泳がせ、そして何か思い切ったように答える。
「はい……当家の者たちが、街でそのような噂を聞いてまいりました。」
もう街で噂になっているのか……
「はぁ~~~……」
マメルクスはため息を堪えきれなかった。思わず右手を額に当て、盛大に息を吐く。
厳密には大グナエウシアの言ったことは正確ではない。子爵家の使用人が降臨の噂を聞きつけてきたのは事実だが、別に街中で聞いたわけではなく情報収集のために訪れた
しかし、大グナエウシアにしても馬鹿正直に「初めて
もっとも、大グナエウシアは貴族の家からその情報を得ただけで実際に市中に噂が流れているかどうかは知らなかったものの、レーマ市民の間には既に降臨の噂が流布され始めていたのだから、結果だけを見れば正しい報告をしたことにはなるだろう。
「どうやら、間に合わなかったようですね、陛下?」
大グナエウシアがこれまで見たこともない恐ろしく荘厳な衣装を身にまとった若い
誰だろう?
今話をしたのは多分、法衣っぽい白い衣装をまとった女性……見た感じはとても若い感じだったけど……話し方からするとすごく偉そう。
マメルクスを取り巻く貴人たちの姿を思い出しながら大グナエウシアは逡巡する。
彼女の着ていた服は見たことが無かった。角度によっては銀色に光っているようにも見える白い布に、金糸や銀糸で複雑な文様が刺繍された服を着ていた。あれだけ豪華な服を着れるのだから間違いなく上級貴族以上だろう。でも、
「ええ、そのようです
分かってはいましたが、よもや既に市中にまで噂が流れているとは……」
大グナエウシアが考えを巡らせていると、視界に映るマメルクスの脚が動き、頭上から落胆を隠せないような声が聞こえた。
では……やはり!!
降臨があったという噂は真実だったと確信した大グナエウシアに声がかけられる。
「立つがよい、アヴァロニア・アルトリウシアよ。
続きは向こうで話そうぞ?」
「は、はい……」
「香茶を用意した。茶菓子もな。
恐れ入ります……そう答えながら大グナエウシアは先を行くマメルクスの後をついて歩いた。
明確な答はもらえていないが降臨があったことは間違いなさそうだ。では一体どうして答えを聞かせてくれなかったのだろうか?話を聞かせろというのはどういうことだろうか?
大グナエウシアは去年の二月にアルトリウシアを発って以来一年以上も帰っていないのだから、最近アルビオンニアで起きた降臨のことを訊かれても答えられるわけがない。それとも、アルビオンニアの
そういえばサウマンディウムでメルクリウスが目撃されたとかいう噂があった。伯爵が対応しているとかいう話だけど、アルトリウシアも関わったんだろうか?
「!!!」
大グナエウシアはふとあることに思いつき、思わず歩みを止めてしまう。
まさか降臨はこの間噂になっていたメルクリウスが関わっている!?
それで降臨が起きたから……降臨を防げなかったから、誰かがそのことで
でもメルクリウスはサウマンディウムで見つかったんだから伯爵のお仕事でしょう!?アルトリウシアは関係ないはず……
それとも、
急に大グナエウシアの頭の中がグラグラし始めた。吐き気がするというわけではなかったが、それでも思わず顔に手を当て口元を抑える。
どうしよう?
降臨なんて絶対に防がなきゃいけないことが起きてしまったんだもの、誰かが責めを負わされても不思議じゃないわ。
まさか
せっかくご先祖様が頑張り続けて、やっと
大グナエウシアの頭の中にとめどなく悪い想像が沸き起こり、駆け巡っていく。ひょっとして今日の自分の受け答え一つでアルトリウシア子爵家の命運が決まっていしまうかもしれない……その想像は大グナエウシアの肩には重たすぎた。
「?
あら、どうかなさいましたか子爵令嬢?」
背後の気配が薄れて大グナエウシアが付いて来ていないことに気づいた謎の貴族令嬢が振り返って声をかけると、全員が一斉に立ち止まり、大グナエウシアを振り返った。見ればハーフコボルトの少女は一人、顔を抑えて小さく身体を振るわせている。もし、彼女が全身を体毛で覆われていない普通のヒトかホブゴブリンだったら、今の彼女を見た者たちは彼女の顔色が真っ青になっていることに気づけただろう。
「アヴァロニア・アルトリウシア、どうかしたのか?」
皇帝の声に気づき、顔をあげた大グナエウシアの目には怯えの色が浮かび、焦点がどこか定まり切っていないかのように震えていた。さすがに全員が異変息づき、互いに顔を見あうなどして様子を確かめようとする。
「あ……はい、申し訳ございません陛下……
その、ちょっと立ち
「……そうか……体調がすぐれぬようであれば別室で……」
「いえっ!大丈夫です陛下」
大グナエウシアを気遣い、予定を変更して彼女を休ませようとしたマメルクスの言葉を大グナエウシアは咄嗟に遮った。
「本当に、大丈夫です……ちょっと、急に立ち上がったので、それで……
普段だったら大グナエウシアは言葉に甘えて別室で休ませてもらったことだろう。だが今はそういうわけにはいかない。この子爵家の命運がかかっているかもしれないこの場で弱音を吐いて逃げだせば、故郷の家族たちがどうなってしまうかわかったものではない……そう思うと、気分が多少悪いとかどうとか言ってる場合ではなかった。眩暈ごときに負けてはいられないのである。
私が、家を守らなくっちゃ!!
大グナエウシアの何か決意を固めたような瞳にマメルクスは少し戸惑った。
「そうか……だが無理はせずともよいぞ?」
「いえ、大丈夫です陛下。
御心配をおかけしてしまい、申し訳ございません。」
さすがに睨みつけるような強い視線を向けてそう言われては、あえて休めと言うわけにもいかない。いくら相手が少女だとは言え、一応は
「そうか、ちょうどすぐそこに椅子がある。
これから行こうとしていたところだ。
そこで休みながら話をしよう。」
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