第291話 アロイス、イェルナクの会見
統一歴九十九年四月二十五日、午前 - セーヘイム迎賓館/アルトリウシア
マルクスがセーヘイムを発つのを見送った
そこは港から
「ようこそおいでくださいました、アロイス・キュッテル閣下!」
アロイスが
「随分とお待たせしてしまったようだ。非礼をお許し願いたいイェルナク殿。」
「なんのなんの、こちらこそ閣下の御都合も考えずに会見を申し入れたのです。多少待たされるくらいは致し方ありませんとも。むしろ、こうしてわざわざおいで下さっただけでもありがたいくらいですとも。」
昨日は無礼だとあれだけ憤慨していたにもかかわらず、いざアロイスを目の当たりにしたイェルナクのこの愛想の良さはどうだ。まだアロイスが
「そう言ってもらえると助かる。さて、お互い多忙の身のはず、早速で申し訳ないが本題に入らせていただいてよろしいだろうか?」
「もちろんでございますとも、さあこのような所で立ち話もなんです。応接室へ参りましょう。」
二人は連れ立って
「さて、現状認識を共有したいとのことだったが、先の手紙にも書いたように小官はアヴァロニウス・アルトリウシウス閣下より説明を受けている。それは
これ以上何を話すことがあるのかな?」
互いに
「もちろんありますとも。私といたしましては閣下の現状認識と我々の認識との間に差異が無いかを確認したいのです。」
「さて、それは
「いえいえ!そのようなことはございません。
ですが、小さな誤解はどこにでも潜むものです。誤解の芽を摘むのは責任ある者の務めでございましょう。確認を怠るのは無用な災厄を招くだけですからな。」
「なるほど、もっともなご意見だ。」
「ご理解いただきありがとうございます。」
アロイスが眉毛をヒョイっと持ち上げてわずかに首をかしげるようにしながら同意を示すと、イェルナクは
「まず、貴軍はたしか、メルクリウス団とやらの陰謀によりアルトリウシアからの脱出を余儀なくされたのだったな?
そして、アルトリウシアで起こった戦闘も、そのメルクリウス団によるもので、貴軍のはメルクリウス団に精神魔法で操られた不穏分子からの攻撃に対する防衛行動であったと…」
「その通りでございます。」
「そして、貴軍は一部の住民を“保護”し、あるいは捕虜を取って『バランベル』号で脱出し、現在はエッケ島に退避しているのだったな?」
「いかにも…ご理解いただけて幸いに存じます。」
イェルナクは満足したというように満面の笑みを浮かべて頷いた。
「貴軍はヘルマンニ卿の船舶を通じてこれまでどおりの補給を受けながらエッケ島に駐屯し、“保護”している領民や捕らえた容疑者を引き渡すと聞いている。」
イェルナクの顔に張り付いた笑顔はそのままだが、物腰が急に固くなり、
「まずは名簿を…です。実際の返還はその後になるでしょう。」
「返還する方針は、ムズク閣下も決断なされたのだな?」
「もちろんでございます。
今はその準備作業を行っているものとご理解ください。」
「いつ、返されるのかな?」
「それはまだ…我々もエッケ島で生活するための環境を整えねばなりませぬゆえ、人手が割けず手間取っております。鋭意進行中ですが、今しばらくはかかるかと存じます。」
「ふむ、分かった。小官の理解に誤った部分は無いようだ。」
イェルナクは緊張を解くように背筋を伸ばすと、アロイスの言葉を歓迎するように両手を広げて見せた。
「それはようございました。
両者の間に誤解がないことを確認できた…今回の会見の一つの成果と心得ます。」
「では、もうよろしいかな?」
このようなつまらない些事に付き合わされて内心辟易していたアロイスは胸を張り姿勢を正しながらため息を隠すように言った。だが、茶番劇の本番はこれからだった。イェルナクにとっての本題は、これからだったのである。
「申し訳ありません
「何かな?」
無表情になってしまうほどではないが、しかしアロイスの顔から愛想笑いは消えていた。いや、辛うじてわずかに笑みは残しているが、呆れている様子を隠しきれていない。アロイスは
「実際のところ、閣下や
我々に対する誤解は解けていると、考えてよろしいのですかな?」
アロイスはわずかに
「ふむ、侯爵夫人は
それを聞くとイェルナクは眉を寄せ、顔の下半分は愛想笑いを残したまま上半分で悲しそうな表情を作る。
「おお、それは誤解です。私の役目はその誤解を解くことです。
もしや閣下もそのようにお考えなのですか?」
心外だ、困っている…そう言いたげな声色のイェルナクであったが、もちろんエルネスティーネやルキウスが自分たちの主張を鵜呑みにしてくれていると本気で期待していたわけではない。だからこそ、レーマにアーディンたちを送り出しているのだ。
「さてな、それは調査が進めがハッキリしよう。」
「調査はどのように行われているのでしょうか?」
「私は関わっていないので詳細は言えないな。」
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