第156話 そんなものまで聖遺物!?
統一歴九十九年四月十六日、午後 - マニウス要塞陣営本部/アルトリウシア
白い雲と青空がおおむね半々ぐらいの心地よい小春日和。
天窓から心地よい日差しが差し込む
対戦相手はヴァナディーズで、その横ではルクレティアが二人の対戦を眺めている。
アルトリウスに付き添われたカエソーとアントニウスが帰郷の挨拶を終えて退出した後、リュウイチは暇を持て余していた。
奴隷たちにミスリルの武具を与えても良いという話を聞いていたので早速渡そうかとも思ったのだが、一応警備隊長であるクィントゥスの立ち合いのもとで渡してほしいとも言われていた上に、クィントゥスは何やら急用で出かけたと言うので奴隷に武具を渡す事も出来なくなってしまった。
これまでリュウイチは一人でいる時はマジックやスキルやアイテムのメニューを確認していたのだが、何せ膨大すぎていい加減飽きてきていた。
どういうわけかスキルも魔法もアイテムも、似たようなのが重複して多数存在してたりして理解が追いつかない。
たとえば治癒魔法を見ると説明書きに「ダメージを小回復する」とある魔法が「ヒール」「レッサーヒール」「ケアー」とあり、「中回復する」と書かれた魔法が「ミドルヒール」「ヒール」「ケアーグ」、「大回復する」が「ハイヒール」「グレーターヒール」「ケアーガ」とあったりする。それぞれ名前と消費マジックポイントと回復ポイントが微妙に違うほかは、どんな差があるのかイマイチよく分からない。
ここで例に挙げた魔法名も過去にプレイしたRPGゲームで馴染みのある魔法に似ている代表的なものだけで、実際のメニュー画面にはこれらの他にも何やら凝った名前だが同じ効果っぽい魔法がずらっと並んでいる。
正直言って何でこんなにたくさん種類があるのか分からない。
現に先述した治癒魔法にも小回復魔法と中回復魔法の両方に「ヒール」という名前の魔法がある。名前は一緒だが消費マジックポイントと回復量は確かに違う。
リュウイチはもう全部憶えるのは諦めていた。
少なくとも説明文や表示データを見るだけではそれぞれの微妙な違いはよくわからない。もう実際に試してみるしか無いのだがそれもできない。
飛行魔法や暗視魔法といった支援魔法や付与魔法は試せるし実際にいくつか試してみたが、攻撃魔法は使えばどこかに被害が及ぶかもしれないし、音や光で周囲の人の注目を集めるかもしれない。
回復魔法もわざわざ検証のために人を傷つけるわけにはいかない。
どうしようかなぁ・・・と思いながらボケーっと空を見ていたら、どうやら午前の勉強を追えたらしいルクレティアとヴァナディーズが休憩のために部屋から出てきたので何か暇をつぶせないかと話しかけてみたのだった。
ルクレティアはもちろんリュウイチの相手は自分の使命だと堅く決意を固めているので喜んで応じてきた。しかし、出来る事があるわけでもない。
まず、スポーツは一切できない。
そもそもルクエティアは足首まであるストラと呼ばれるワンピースのドレス姿だし、リュウイチの《
スポーツをするような場所もない。
必然的に、出来る事と言えばテーブルゲームぐらいなものになってしまう。
そこで、
「チェスぐらいなら多少は心得がございますが?」
『チェスあるの?』
「はい、これまでの多くの降臨者様たちによって伝来しており、
レーマ帝国でも盛んです。」
リュウイチは正直言うとチェスにはまったく馴染みが無かった。
子供のころから馴染んだのは将棋とオセロであり、チェスは他人がやってるのを遠目で見たことがある程度でルールも知らない。囲碁も似たようなもので、何となく知ってはいるがルールをすべて知ってるわけではなかったし、むしろ五目並べをやっていたような口だ。
まあ、これを機に憶えるのもいいか・・・と思ったリュウイチはそれにしようと答えた。
『チェス盤はあるの?』
「いえ、すぐに探してまいります。」
退出しようとするルクレティアをリュウイチは止めた。たしか、アイテムストレージの中にチェス盤があったような気がしたからだ。
『待って、確かあったから・・・』
ストレージで見つけたチェス盤を出し、近くにあった円卓に置いてさっそくルールを教えてもらうところから始めた。
そしてヴァナディーズを相手にルクレティアに横からアドバイスを貰いながら(実質、ヴァナディーズ対ルクレティア)一局指し。今度はヴァナディーズに横に立ってもらって助言してもらいながらルクレティアと一局指し、そしてその後助言なしで順番に指し始めた。
まあ、リュウイチは今日ルールを覚えたばかりなのだから勝てないのはしょうがない。いくら考えたところで所詮は初心者である。それはリュウイチ自身も自覚している。
・・・でも、一時は結構押してたんだけどなぁ・・・
実際、ルクレティアとヴァナディーズの指し手が一時は素人目にも明らかなほど鈍っていた。そのせいでリュウイチも「ひょっとして眠れる才能が目覚めた!?」など子供のような錯覚を覚えてしまったかもしれない。
おかげで負けて当然の勝負なのに妙にムキになってしまっていた。
手加減されてたのかなぁ?
手加減されても無理ないけど・・・手加減には見えなかったんだけどなぁ・・・
そう考えるのも無理はない。実のところ、彼女たちは途中で自分たちが使っているチェスの駒が聖遺物であることに気づいてしまい、動揺していたのだ。
何をいまさらと思うかもしれない。
最初、そのチェスの駒は石で出来ていると思っていた。普通、チェスの駒は木で作られるが、たまに石で作られる物もあることはある。
あら、石の駒なんて珍しいわね・・・という程度には思ってはいても、それ以上深くは考えなかった。
しかし、チェスを指している時に雲の切れ目から日の光が直接チェス盤を照らした瞬間、盤上の駒の光の反射の仕方にふと違和感を覚えてしまった。
薄暗いところで見る分には、単にツヤが良いというだけでまったく気づかなかったが、使われている石に妙に透明感があり、明るいところで見ると奥行きが感じられるのだ。白い方にも、黒い方にも・・・。
こ、これはひょっとして宝石なのでは?
それに気づいてから二人の頭はゲームどころではなくなってしまった。
何だろう?
いや、ひょっとして
それともまさか
具体的にそれが何なのか鑑定する術は彼女たちには無かった。だが、それがただの石などではないという発見から即座に「そう言えばこれは聖遺物だった」と気づかされることになったのである。
おかげでしばらくの間、指し手が思いっきり鈍ってしまった。
もっとも、それも一時的なもので半時間もしない内に冷静さを取り戻し、一時は押されていた戦況もあっという間に押し返していた。
ようやく、駒の素材に意識しないで指せるようになってきたかなという頃になって、残念ながら彼女たちの楽しい時間は終わりを告げた。
奴隷のネロがやってきて、クィントゥスが目通りを願っていると告げたのだ。
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