第554話 ドライアド
統一歴九十九年五月七日、晩 - ブルグトアドルフの森/アルビオンニウム
「!?」
「誰だ!?」
気づけば森の中で方位を見失い、目指すべき森の出口がすっかりわからなくなってしまった『
『安心なさい。
お前たちを助けてあげる。』
「ひっ!?」
「ね、念話か!?」
妖しく微笑みながら話しかけてくるまだ年端もいかぬ美少女の口が動いていないことに気付き、二人は初めてそれが耳から聞こえて来る音声ではなく、頭の中に直接響いてくる念話であることを理解した。もちろん、二人とも大聖母フローリア・ロリコンベイト・ミルフと話をしたことがあり、念話で話しかけられる経験はあったので念話自体には驚かない。問題は話しかけてきた相手だ。
『森から出たいのでしょう?
案内してあげるわ、大人しくしてくれるなら…』
笑みを浮かべながら両手を差し出してゆっくり歩いてくる少女はあからさまに
「まさか、
ナイスは戸惑うエイーを
少女が
世界各地で神として
そんな高位の精霊が見ず知らずの俺らに話しかけて来る!?
しかも森から出られるように案内してやるだって?
そんなうまい話があるもんか!
何でもない時なら彼女の話を信じたかもしれない…が、今二人の置かれた状況は決して普通ではない。自らに仕える神官でもない人間にわざわざ姿を見せる神に等しい精霊…彼らにある心当たりは一つだけだった。
「違う!
お前があの《
矢が番えられていないとはいえ弓を構えたナイスの形相は鬼気迫るものがある。だが、少女はそれをあざ笑うかのように口角を吊り上げ、そのまま脚を止めることなく歩み寄り続ける。
『違うわ、私は精霊だけど《地の精霊》様ではないわ。
私はこの森の《
私の森から出してあげる。
だから武器を収めて、おとなしくなさい。』
「ドライアド!?」
「それ以上寄るな!!
俺たちを迷わせているのはお前だろう?!」
ナイスはアーチャーであると同時にレンジャーでもある。森林や山岳において自在に動き回ることのできる術を習得している。ましてゲーマーの血を引く聖貴族であることから精霊魔法にも当然それなりに通じており、レンジャーのスキルと精霊魔法を組み合わせた彼ならばいかなる山、いかなる森であろうとも自分の庭のように活動できるはずだった。それが今日は全く通じていない。普段は味方してくれている精霊が今日は積極的に妨害してきている…そうでなければナイスが森で迷子になどなるはずがない。
俺たちを迷わせているのはコイツ以外に考えられない。
ならば、この《森の精霊》は“敵”だ!!
『フフフ…理由があってのことよ。仕方なくこの森に結界を張ったの。
でも安心して、アナタたちを決して殺したり傷つけたりしないわ。本当よ?』
少女はどこか楽し気で歌うように語り掛ける。その表情からは敵意は全く感じられない。が…それでいてどうしようもなく不安感を掻き立てもする。
「ナ、ナイス…ああ言ってるよ?」
「騙されるなエイー!
俺たちを殺さないというのなら捕まえるつもりなんだ!
そうでなければ、精霊がわざわざ姿を現わすもんか!
俺たちを森から出すと言うのなら俺たちを迷わすのを今すぐ止めろ!
結界を解くか、俺たちを結界から出られるようにしろ!」
そう言いながらナイスは弓に魔力を流し込むと、弓全体がうっすらと虹色に輝き始める。ナイスはその弓の弦を引いた。彼の弓はミスリルで出来ている。弓本体も弦もミスリルで出来ているため何もしなければビクともしないが、こうやって魔力を流し込むことで弓として機能するのだ。
しかし、それを見て少女はクスクスと笑った。
『そんな武器はしまいなさい。
だいたい、矢も
「こうするのさっ!」
ナイスはそう言うと弦を引いていた右手を放した。その瞬間、矢も番えないまま引き絞られていた弓には右手で持っていた部分と左手の間に小さく青いイナヅマが走り、それが光の矢となって一気に飛び出す。弓から放たれた魔力の矢…マジック・アローは銃弾にも劣らぬ速さで少女に向かって飛んでいった。だがマジック・アローは少女を貫くことは無かった。
マジック・アローが少女の額を貫く瞬間、少女の姿は音もなく一瞬で消え、マジック・アローはその背後に立っていた木の幹に命中する。その瞬間、バッと閃光と共に小さな爆発が起こり、木の幹には拳が入るくらいの穴が開いた。
「消えた!?」
絶対の自信があった必殺の一矢を外され、ナイスは
「ナイス~!?」
夢か
いや、精霊の気配はまだしている。さっきのドライアドの気配だ。
ここは奴のフィールドだ…
ナイスはマジック・アローを放った後の弓を再び構えなおし、油断なく周囲の様子をうかがう。エイーもまた、どうしていいか分からず、心細さからナイスに歩み寄りながら周囲に視線を走らせる。
その二人の頭に再びさっきの少女の念話が響いた。
『フフフフフ…だからそんなものしまいなさいと言ったのに…
そんなものは無駄よ。それで私を傷つけることなんてできないわ。』
「うるさい!
そんなのは試さなきゃまだわからないさ!
そうだ、試しに喰らってみろよ!
傷つかないのが本当なら、喰らっても問題ないんだろう!?」
どこにいるかもわからない相手に向かい減らず口を叩くが、そのナイスにしたところで勝算があるようには思えなかった。完全に強がりである。
『大人しくしてくれたら、やさしくしてあげたのに…やっぱりアナタは悪い人なのね』
「人を
エイーは森の事も戦いの事もほぼほぼ素人だが、今が絶対的に不利な状況であることぐらいは理解していた。にもかかわらず減らず口で相手を挑発しつづけるナイスの行動は、まるで破滅へ向かってひた走っているようにしか思えない。
エイーはナイスの服の裾を摘まんで引っ張った。
「ナイス!まずいよ!
相手はヤバいくらい強いぞ!?
怒らせない方が良い!」
「どうしろって言うんだ?
まさか素直に案内されるままついて行けって言うのか?」
「少なくとも森からは出られるよ!?」
ナイスはエイーの泣き
エイーは不安のあまり判断力を失ったらしいが、《森の精霊》は俺らを惑わし森の中を迷わせている張本人だ。その目的が迷わせている俺たち自身にあるのは疑いようがない。なら、案内しようとしている先にあるのは、安全な出口である筈がない。
「へんっ、案内されて森から出た先に何が待ってるのかな?
待ち受けてるのは俺たちの“敵”なんじゃないのか!?」
ナイスはエイーよりも《森の精霊》に聞かせるようにわざと大きい声で叫んだ。
ザワ…ザワザワザワザワ…
それから間もなく森の中を風が吹き荒れ始め、樹々が急激にざわめき始める。
『せっかく優しくしてあげたのに残念だわ。
大人しく言う事を聞いてくれないなら、力づくで捕まえるしか無くなってしまったじゃないの。』
突然沸き起こった、まるで嵐のような騒々しさの中でも《森の精霊》の念話はハッキリと彼らの頭の中に響き渡る。そして、周囲の闇の彼方に先ほどの少女の姿を探し続けていた二人は、ザワザワと鳴り続ける音の正体に気付き、瞬時に顔を青ざめさせた。
「ナイス…木が、動いてる!
ヤバいよ!トレントの群れだ!!」
「逃げるぞエイー!!」
言うが早いかナイスはエイーの手を握ってトレントの群れとは反対方向へ向かって走り出した。
『フフフ…無駄よ。私の結界からは絶対に出られないわ。』
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