第761話 大聖母の訪問
統一歴九十九年五月九日、午後 ‐
通信伝達速度の限界から知りたい情報が届いていない……未発達な
彼女はかつて父や夫とともに冒険者として活躍していた頃、移動するにしろ通信するにしろ、距離の
『とにかく、現地の様子を知る必要があります。
陛下はどの程度御存じなのですか?』
「今日、現地からの第一報が届いたばかりですよ
この手紙に書かれていることのみが、余の知る全てです。」
マメルクスはそう言いながら、左の小脇に挟み込むように抱えていた二通の手紙を取り出してヒラヒラとかざして見せた。
『その手紙……
是非読みたいけれど、こちらに届くのにどれくらいかかるのでしょうか?』
マメルクスが右手で掲げる二本の丸められた羊皮紙を
「帝国の
マメルクスが
アルトリウシアから発せられたその手紙は二十七日でレーマまで到着している。レーマからルトリウシアまでの距離に比べてレーマからムセイオンのあるケントルムまでの距離は地図上では半分ほどもないのだから二週間程度で到着しそうなものだ。しかし、話はそこまで単純ではない。
サウマンディア属州は西のクンルナ山脈地帯を除けばほぼ平坦な地形であり、街道も整備されているため早馬を乗り継ぎながら最速で進めば
それに比べレーマからケントルムまではそうはいかない。同じ北レーマ大陸とはいえ大陸の北東に位置するレーマから見てケントルムはほぼ対角の最西端にあり、途中には山脈などの険しい地形もある。場合によっては陸路を早馬を飛ばすよりも海上を快速船で迂回した方が早いくらいだが、北から回るにしろ南から回るにしろ、どちらにしても潮流か風に逆らう形になるので速度を稼げない。
結果、地図上では半分の距離しか離れていないにもかかわらず、レーマからムセイオンまでは郵便を届けるのに一か月ちかい日数を要することになる。
『二十日は長いですね。』
フローリアは不満げだった。距離の問題はどうしようもないのだが、我慢できないらしい。
「今、ここで余が読み上げてもかまいませんぞ?」
『いえ、この目で読みたいわ。
いっそ私がそちらへ行った方がいいかしら?』
「
確かに現在ヴァーチャリア世界で最も速い快速船を使ったとして、レーマからムセイオンに向かうよりムセイオンからレーマに来る方が断然早い。途中の航路上で風や潮流に逆らわずに済むので、平均速度に一倍半近い差が出るからだ。レーマからムセイオンのあるケントルムまで快速船で三~四週間かかるのに対し、ケントルムからレーマへは二~三週間で到着する。
しかし、いくら急ぐからといって手紙を読んだ後、再びムセイオンに戻ってムセイオンの賢者らと対応を協議せねばならぬだろうに……往復の時間を考えれば素直に手紙が届くのを待つか、今読み上げた方がよっぽど早いのではないか!?
『どうでしょうか?
お認めくださるなら今すぐにそちらへ行きます。
私は陛下の御許しが無ければ、私のダンジョン以外のレーマ帝国領内には行けないのですからね。』
マメルクスは困惑を隠せなかった。
「それは、余の帝国はいつでも
ですが……」
だが到着するのが最短で二週間後とすると準備期間もわずか二週間ほどしかない。
いくらなんでも無茶すぎる……マメルクスが笑みを引きつらせてどうにか思いとどまらせようと言葉を探し始めると、フローリアはマメルクスが口にした社交辞令を意図してそのまま受け取った。
『まあ!うれしい事ですわ。
ではさっそくそちらへ伺わせていただきます。』
「はっ?!」
何を言っているのか分からない……困惑するマメルクス、そしてレーマ側の神官たちをよそに鏡の向こうからフローリアの姿が消えてしまった。いや、『魔法の鏡』自体はまだ向こう側と繋がっており、ムセイオンの
「
……な、なんだ、どうしたというのだ!?
向こうで何をしている?」
「わ、わかりません。」
鏡に向かって呼びかけるがフローリアは戻ってこない。神官たちもそろって
『ママ行くの!?』
『ママ!まさかホントにレーマへ!?』
『そうよ、あなたたちも来る?』
『いけません、大聖母様!』
『大丈夫よ、向こうが招待してくれたんだもの。
ゲート!』
鏡の向こう側に見えている壁が青白い光に照らし出されるのと同時に、レーマ側の『鏡の間』の中央、『魔法の鏡』とマメルクスのちょうど中間に突然白い光体が発生した。
「!?」
「うお!?」
「「「おおおっ!?」」」
部屋の真ん中に突然現れた強力な光源に神官たちがどよめき、その
「ママ!」
先ほど、鏡の向こうから聞こえた少女の弾むような声が何故か室内から聞こえる。
「?」
何が起こったのか分からず、マメルクスが恐る恐る自身の顔を覆っていた右手を退け、自分の前に立ちはだかって影を作ってくれた人物へ視線を向けるのと、
「!!……まさか!?」
マメルクスが目にした人物はつい先刻まで鏡に映っていた女性……大聖母フローリア・ロリコンベイト・ミルフその人だった。
「お招きいただきありがとうございます、皇帝陛下♪」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます