新たな聖女
第273話 ラクダ肉
統一歴九十九年四月二十二日、晩 - マニウス要塞陣営本部/アルトリウシア
通常、レーマ貴族が
「申し訳ありませんが、明日明後日は控えますので・・・」と恐縮しながら連日で
しかし、いざ始まってみると本日の主催者であるはずのエルネスティーネの姿はなかった。今回はレーマの伝統に
リュウイチと同じ食卓を囲む栄誉を得た男性たちはルキウス、アルトリウスの親子と
「本日の主菜であります。サウマンディアの
前菜はとっくに平らげ、宴もたけなわとなったころ、アルトリウスの家令で本日の
今日はマルクスが持ち込んだサウマンディアの食材を使った料理とエルネスティーネとルキウスが用意したアルビオンニアの食材を使った料理が交互に出される趣向になっている。
「我が主、ウァレリウス・サウマンディウス伯爵より降臨者リュウイチ様とアルビオンニアの皆様へと授かったヒトコブラクダでございます。あいにくとサウマンディアの食材ではなく、お隣のチューアからの取り寄せ品でございますが、是非ご賞味ください。」
マルクスが得意げに語るなか、全員の目の前でマルクスが連れてきた料理人がローストされた肉塊にザッザッとナイフで切れ目を入れていく。サウマンディウムを出る前に解体され、血を抜き下味をつけるためにたっぷりのハーブとスパイスと岩塩を加えた大量のワインに一昼夜浸け込み、それを巨大な鍋を使ってオリーブオイルでほぼ半日ほどかけて低温で茹であげたものだ。それをオリーブオイルに浸けたまま大鍋ごとアルトリウシアに運び込み、ここの厨房のオーブンを使って
一番おいしそうな部分を山盛りにした皿がマルシスの手によってリュウイチの前に出されると、一同から歓声が上がった。
「いやはや、ウァレリウス・サウマンディウス伯爵も思い切ったことをなさる。
チューア産とは言えヒトコブラクダなど良く手に入りましたな。」
「ウァレリウス・サウマンディウス伯爵は、いと尊き降臨者様の御威光に相応しきものをとお考えになり、私にこれを託されました。」
『珍しいものなのでしょうね?』
「アルビオンニアはもちろん、サウマンディアにもラクダはおりません。
サウマンディアの西に位置するチューアの、しかもずっと北の赤道にほど近い高原地帯に生息するものです。帝都レーマでもなかなか手に入りません。さあ、どうぞ、冷めないうちにさあ」
マルクスは手を付けようとしないリュウイチに盛んに進めた。リュウイチ本人からすると、自分だけ先に勝手に食べる始めるのは他の人に対して悪いという、きわめて日本人的な遠慮から手を付けないでいたにすぎなかったが、そうとは知らないマルクスはせっかく用意した料理がリュウイチの好みに合わなかったのではないかと内心焦っていた。そのうち、他の者たちの前にも切り分けられた肉が並べられ、ようやくリュウイチが手を着ける。
『ん…おいしい。』
その一言にマルクスはホッと胸を撫で下ろすと共に笑みを浮かべる。マルクスや他の者たちも次々とラクダ肉を口にし始める。
正直に言うと肉の味はあんまりしなかった。まずいわけでは決してないが、肉の味というよりハーブやワインの風味とスパイスや塩などの味が支配的で、他の肉に比べてどうというような、肉そのものの印象はリュウイチの中に残らなかった。
他の
「今日は招待してもらえて本当に良かった。
まさかラクダ肉の
「
実際、珍しい食材や高級な食材が供されれば、こうして招待してくれたホストや食材を提供してくれた
そしてそれは食材を提供した側にも言えることである。珍しい食材、高級な食材を提供するということは、それだけでも客人のことを持ち上げることにつながるからだ。
「降臨者リュウイチ様の御威光、そしてサウマンディアとアルビオンニアの友好を想えばこそでございます。」
マルクスは持ち込んだ目玉料理でリュウイチを満足させられたことで得意になっていた。
「既に一個
いやはや、もう脚を北に向けては眠れませんな。」
「代わりと言っては何ですが、ティトゥス街道の再整備の件はお願いしますぞ、
「もちろんですとも。」
マルクスはアルトリウシアへの二個
ティトゥス街道はアルビオンニウムからティトゥス要塞までアルビオン島北岸を通る
「我々もティトゥス街道の再開通、そして信号通信の復旧はアルビオンニアとサウマンディアの連携強化のためにも必要だと考えておりましたからな。」
中継基地を手旗信号、モールス信号で繋げば伝書鳩より早く、詳細に、大量の情報を伝達することができるようになる。それは今後もサウマンディアからの支援を要するアルビオンニア側にとっても、そしてアルトリウシアに滞在する降臨者の動向を詳細に掴み、より積極的に関係を築きたいサウマンディア側にとっても望ましいものだった。
ルキウスの歓迎の言葉を受けてマルクスは
「降臨者リュウイチ様と、アルビオンニアと、サウマンディアの友好のために…」
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