第573話 ウィッカーマン

統一歴九十九年五月七日、夜 - ブルグトアドルフ/アルビオンニウム



 ドシュッ…ドシュッ…


 街の南から誰も聞いたことのないような何とも言えない音が響いてくる。住民たちやアルビオンニア軍団レギオー・アルビオンニアの兵士らはすべて丘の上の第三中継基地スタティオ・テルティアと隣接する宿駅マンシオーへ移動済みであり、ブルグトアドルフの街に残っているのはルクレティアらの一行とサウマンディア軍団レギオー・サウマンディアアルトリウシア軍団レギオー・アルトリウシア軍団兵レギオナリウスだけである。軍団兵たちには既にこれから何が起こるか説明済みであり、のための準備すら整えていたが、それでもが実際に現われ、近づいてくるとなると否が応にも緊張感が高まって来る。


「き、来ました。」


 街の中央を縦断するライムント街道上にはを出迎えるために兵士たちが松明たいまつを持って等間隔で並んでいる。そして街の中央広場…礼拝堂の前にはルクレティア・スパルタカシア・リュウイチアと護衛隊長のセルウィウス・カウデクス、ルクレティアの従兄弟のスカエウァ・スパルタカシウス・プルケル、そしてルクレティアの側近たちが出迎えのために並んで待機していた。

 広場の入口、街道際から様子を見ていた兵士が駆け戻って報告すると、一同はゴクリと唾を飲み込む。街道上に並んだ兵士らは遠いし暗いのでよく見えないが、やはり全員が緊張の面持ちで顔も身体も強張らせていた。


 ドシュッ…ドシュッ…ドシュッドシュッ…


 その足音が徐々に大きくなり、そしては街道上を歩いて広場まで来ると、ついに姿を現わした、


「「「おおお~~~・・・」」」


 何人かが思わず声を漏らす。それは感嘆とも驚愕とも言えない声だった。いや、その声に意味など無かったのかもしれない。


 その姿はまさに巨人のようだった。全身が女か子供の腕ほども太さのある蔓草つるくさが複雑に絡まって高さ三ピルム(約五メートル半)ほどの人間を形作られており、それが時折サラサラと葉を揺らすような音を立てながら誰に操られるでもなく独りでに動いて歩いている。


「あ、あれが…《森の精霊ドリアス》…」


『いや、あれは我が眷属の使い魔、《籐人形ヴィミネイ》だ。

 蔓草で作られたゴーレムのようなものだ。』


 その異様な姿にルクレティアが声を漏らすと、ルクレティアの肩のあたりに浮かんでいた《地の精霊アース・エレメンタル》がルクレティアにだけ念話で教える。

 てっきり、あの蔓草の巨人がドライアドかと思ったが違うと否定され、ルクレティアは少し驚き尋ねた。


「で、では、《森の精霊》様は?」


『《籐人形》の肩のところにおろう?』


 言われてみれば巨人の肩のところにうっすら小さな緑色の光が見える。


「あれが…《地の精霊》様の眷属ですか…」


『ほうじゃ…』


 小さく感心したようにルクレティアが言うと、《地の精霊》は幾分誇らしげに答えた。

 リュウイチから聞いていた話によれば、《火の精霊ファイア・エレメンタル》や《風の精霊ウインド・エレメンタル》は妙に力を使いたがるものらしかった。とかく敵を求め、争乱や戦いを求めてリュウイチをけしかけてくるらしく、降臨後初めてのネロたちとの戦闘の際や、アルトリウシア湾での『バランベル』号と交叉した際も、《火の精霊》や《風の精霊》たちは結構激しくリュウイチを煽っていたのだそうだ。

 リュウイチから《地の精霊》を授けられた時、ルクレティアはそうした精霊エレメンタルたちの傾向を知らされていたので気にはしていたものの、《地の精霊》はそのように力を暴走させるような様子もなく、《地の精霊》は他の属性の精霊とは性格が違うんだと思っていたのだが…もしかしたら違うのかもしれない。多分、同じ精霊である以上、与えられた魔力を使いたいという欲求はあるのだ。ただ、《地の精霊》は他の属性の精霊よりも慎重なのか、それともリュウイチが特に念を入れて注意していたかのどちらかなのかもしれない。


 意外と、抑圧するものさえなければ力を振るいたいのかも…


 ルクレティアはそのように予想したが、その予想はほぼ事実と同じであった。

 頭の中でそのように考えながらも、街道から広場へ入ってまっすぐこちらへ近づいてくる蔓草の巨人を見ながら、ルクレティアはふと違和を覚えた。


「あれ…捕えた捕虜というのはどこに?」


 《地の精霊》が眷属にした《森の精霊》は森の中で『勇者団ブレーブス』の一人を捕えた。そして、それを《地の精霊》に献上すると言ってきたのだ。

 今日のところは都合が悪いので捕虜は要らないと《地の精霊》には言ってあったのだが、《森の精霊》の方はその意味を理解していなかったのか《地の精霊》の説明が足らなかったのか、ともかく捕まえてしまった。今日のところはそのまま解放してもらうのが都合がいいのだが、聞けば体力か魔力を消耗して意識がないらしい。意識が無くなるほど消耗するとすれば、消耗したのが体力であれ魔力であれ命に関わる重体である可能性が高くなる。相手は賊とは言えムセイオンの聖貴族コンセクラトゥムである以上、不用意に死なれては困る。

 そこで、仕方なく受け取ることにしたのだ。だというのに、肝心の捕虜の姿が見えない。


『ん?…じゃ。』


「あの中?…あっ!?」


 ルクレティアは《籐人形》を凝視し、そして気づいて驚きの声を上げた。

 《籐人形》の身体は蔓草が編み細工のように複雑に絡まって形作られている。そして、その網目から人間の手や足がわずかに飛び出してブラブラと揺れていた。《籐人形》の身体はどうやら空洞で、人間の形をした巨大なかごのようになっており、捕虜はその中に入れられているのだ。図体の大きさの割に足跡が軽いのも、おそらくは中身が空っぽなので実際に見た目よりもずっと軽いせいなのだろう。


 《籐人形》はやがてルクレティアの手前二ピルム(約三・七メートル)のところまで来ると立ち止まった。《籐人形》の肩のところに浮かんでいた緑色の光がゆっくりと《籐人形》の前に降りて来る。


『《地の精霊》様、仰せに従い、森で捕まえた悪い人間を献上に参じました。』


『余計な事をせんように抑えておくだけで良いと言ったはずだが、まあ良いじゃろう。御苦労じゃった。』


『苦労だなんてとんでもありません。

 《地の精霊》様にお慶び頂きたい一心で捕らえましてございますが、残念ながら片方は逃がしてしまいました。

 そちらも必ずや探しだして捕えて御覧に入れます。』


『いや、要らんと言った筈。

 あまり目立つことをするとワシが主様に叱られる。

 奴らの方が悪さを仕掛けてこん限り、余計なことは一切せんでよい。』


『ひょっとしてご迷惑でしたか!?』


『いや、危うく迷惑になりかけはしたが大丈夫じゃ。

 ここに来るまでの間、何者にも見られておらんじゃろうな?』


『この街に残っている人間以外、何者の目にも止まってはおりません』


『ならばよい。

 では我が主様の妻たるルクレティアに挨拶するがよい』


 二人の精霊は互いにだけ聞こえるように念話で会話していたため、ルクレティアを含め誰にも二人の会話は聞こえていなかった。しかし、念話というのは意思を伝えるための時間を必要としない。念話を発するのが人間の場合は言葉をベースにして念話で送るメッセージを形成するし、念話で受け取ったメッセージを言葉に置き換えることで内容を理解するため普通に会話するのと同じくらい時間を要してしまうのだが、言葉を用いない精霊同士での念話ではそうしたプロセスは省かれてしまうので、この会話も一瞬の出来事であった。ルクレティアは二人の精霊の間で会話があったことに気づいてもいない。


 《地の精霊》に挨拶するように言われた《森の精霊》は姿を変えた。《籐人形》の前に浮かんでいた緑色の光が大きく広がり、人の形に変化していく。そして気づけばそれは、うっすら緑色に光る半裸の美少女の姿になっていた。

 少女はルクレティアの方に向かい、涼やかに微笑むと軽くお辞儀をする。


『初めまして、ルクレティア様。

 《地の精霊》様が眷属けんぞく、《森の精霊》です。』

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