第574話 戻ってきたエイー・ルメオ

統一歴九十九年五月七日、夜 - シュバルツァー川ブルグトアドルフ上流/アルビオンニウム



「せっかく獲って来てきてもらったけど…」

「うん、悪いけどこれはチョット…」

「や、これはしょうがないです…」


 ナイス・ジェークとエイー・ルメオの二人が帰って来るか、ペトミー・フーマンが回復するまでの間に腹ごしらえでもしようと狩ってきて焼いたキツネの肉は想像を絶する臭さで食えたもんじゃなかった。ティフ・ブルーボールやスモル・ソイボーイらが食べるのを諦めると、キツネを狩ってきたスワッグは残念そうという風でもなく、当然だよな、自分でも食べたくないという感想をそのまま表情に浮かべる。

 かといって代わりの獲物を今から狩ろうにも既に夜中、今日はもう食事は手持ちの干し肉で我慢するしかなさそうだ。四人でガッカリして無言のまま焚火たきびの炎をボケーっと眺めていたところで、スワッグは北の方から人の気配が近づいてくることに気付いた。


「ん、どうした?」


 急に表情を変え、川の下流の方へ視線を走らせるスワッグの様子に気付いたスタフ・ヌーブが問いかける。


「…あっちから誰か来る。

 人間だ…三人か?」


 北の方を見たままスワッグが言うと、地面に腰を下ろしていたティフとスモルがさっと立ち上がった。


「三人!?」


 ティフが訊き返したがそれはスワッグの能力を疑ってのことではない。スワッグが三人近づいてくると言っている以上、そのこと自体に間違いは無いだろう。問題はその三人が近づいてくるという事実が示す意味だった。

 この周辺に人里は無い。ブルグトアドルフが一番近いが街からは住民が逃げ出しているし、数キロ離れている。第一、夜中にこんなところに来るわけがない。来るとしたらこの場所に自分たちが居る事を知っている者だけであり、『勇者団ブレーブス』のメンバー以外にそれを知っている者は存在しない筈だった。

 だとすると近づいてくる三人は仲間の誰かということになる。


「ひょっとして、ナイスたちか!?

 ナイス、エイーと、あとメークミー!?」


 スモルが色めき立っつように言った。ここへ近づいてくるとしたらこの場所を知っている人物…つまり『勇者団』のメンバーの誰かだろう。そして、今ちょうど行方不明になっている二人と、救出しようとして救出できなかった一人…合わせれば三人になる。作戦が計画通りに進めばここで落ち合うはずだった全員だ。

 しかし、それはいくらなんでも都合が良すぎるというものであろう。スワッグは少し残念そうに首を振った。


「…いや、三人ともNPCですね。」


「NPC~?」


 スモルの方はガッカリした表情を作って無言のままうなだれ、ティフは状況が読めずに思わず顔をしかめて訊き返す。


「はい、三人とも魔力が弱いです。

 でも、川に沿ってまっすぐこっちへ歩いてきます。

 一人は、何か重たいモノを背負ってるみたいだ。」


 スワッグは感知できる魔力量から『勇者団』のメンバーではないと判断し、なおかつ一人だけ何か重々しく、それでいて時折よろけるようなおぼつかない足取りの足音をさせている事から、一人が何か重たい荷物を背負っていると判断した。


「ブルグトアドルフから逃げて来た盗賊か?」

「レーマ軍じゃないだろうな?」


 スモルとスタフがティフの顔を見る。もちろん指示を求めてのことだった。


「いや、レーマ軍なら三人で行動ってことはないだろ。

 あいつら八人一組で行動するって、聞いたことあるぞ?」


「じゃあ、近づいてくるのって…」


 スワッグ以外の三人が互いの顔を見比べながら迷っていると、どうやら近づいてくるの三人が視界に入ったらしい。スワッグは急に緊張を解いた。


「あ、エイーだ!」


「「「何!?」」」


 ティフ、スモル、そしてスタフの三人は耳を疑い、一斉にスワッグの方を見る。


「エイーです!手を振ってる!!


 おーい!!」


 そう言うとスワッグは両手を広げて北に向かって手を振り始めた。三人は急いでスワッグの居る辺りへ駆け寄る。彼らが居た焚火の近くでは、焚火の炎の明かりが邪魔で暗視魔法を使っても迫って来る三人の様子など見えなかったからだ。


「あ、あれエイーか!?」

「ホントだ!あのワンドはエイー・ルメオのだ!」

「他の二人は?盗賊か!?」

「一人、誰かを背負ってるぞ!?」


 このような夜中ではいくら月明かりがあるとはいえ暗視魔法無しでは見えなかっただろう。近づいてくる三人は確かにレーマ軍の軍装ではなかったし、一人はこっちに手を振っている。その手に持っているやけに豪華な杖は月明かりを受けて輝き、そればかりは暗視魔法が無かったとしても確実にそれだとわかっただろう。間違いなくエイー・ルメオの杖だった。


「おおっ!エイー!エイーだ!!

 おーい、エイー!!エイー・ルメオォーっ!!」


 スモルは歩いてくる三人の中にエイーが確かに混ざっている事を確認すると、歓声を上げながら駆けだした。


「あ、おい、スモル!!」

「ソイボーイ様!!」


「ソイボーイ様ぁ!!」


 他の三人もスモルを追いかけて走り出す。向こうもこっちからスモルが駆け出したのがわかったのだろう、スモルを呼ぶエイーの声が聞こえた。


「はっはっはっはっ!エイー!

 心配したぞ!無事だったのかぁ!?」


 スモルは泣きださんばかりに喜び、エイーに向かって両手を広げたまま駆け寄る。まだ百メートル近く距離があったはずだが、重いフルプレートの鎧で身を固めている癖にあっという間にエイーの元までたどり着いた。


「はい、ソイボーイ様!今戻りました!!」


「おお、エイーだ!確かにエイー・ルメオだ!!

 ああ~~~良かった!ああ良かった!

 そっちは!?

 盗賊ども、誰を担いでいる?

 まさかナイスか!?

 ナイスがどうかしたのか!?」


 スモルは抱きつかんばかりにエイーを捕え、無事を確認するとすぐにエイーが連れていた盗賊たちに視線を向け、クレーエが背負っているレルヒェの顔を覗き込んだ。


「や、ソイボーイ様、コイツぁ…」


「なんだただの盗賊か、驚かせやがって!」


 突然、巨漢に襲われたクレーエは驚き狼狽うろたえたが、背負われているのがナイス・ジェークではないと気づくとスモルは途端に関心を失った。


「おおお!エイー!戻ったか!!」

「エイー、心配したぞ!?」


「ブルーボール様!今、戻りました!!

 スワッグ!スタフも!!」


 スモルの関心がレルヒェに向いている間にティフ達も追いつき、スモルに遅れてエイーを出迎える。


「そいつは!?ナイスじゃないのか?」


「ああ、違う。ただの盗賊だ。ナイスは?

 一緒だったんじゃないのか?」


 追いつきエイーを出迎えたティフがクレーエに背負われたレルヒェに注意を向けたが、スモルは素っ気なく否定しエイーにナイスのことを尋ねた。仲間との再会を喜んでいたエイーもスモルに訊かれてナイスの事を思い出し、急に表情を変える。


「ああ、そうだ!

 ナイスを!ナイスを助けてください!」


「何かあったのか!?」


 さっきまで笑っていた顔が急に泣きすがるような表情で「助けてください」などと言い出すものだから、ティフ達は驚き顔色を変えた。


「はい、あの森で《森の精霊ドライアド》に襲われました。

 それで、ナイスは俺を逃がすためにを俺に預けて、自分は敵を引き付けるために残って戦ってるんです!!」


 エイーは自分の手の指にはまった『魔力隠しの指輪』リング・オブ・コンスィール・マジックを見せながら切羽詰まった様子で言った。

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