第785話 茶会の後
統一歴九十九年五月十日、午後 ‐
でも最初に見た時はびっくりしたわ。ホブゴブリンだって聞いていたのに現れたのはどう見てもコボルトなんだもの。たまには驚かせてみたいと思いましてね。本当にホブゴブリンなの?母はコボルトですけど父はホブゴブリンなんです。ハーフコボルトなのね?コボルトをご覧になったことがおありなのですか
おそらく、愚にもつかぬ世間話で盛り上がったのは
ともかく、大グナエウシアが記憶している限りのことは全て話した。それでも誰も予想していなかったほど話は長引き、場が御開きになったのは景色が黄色味がかり始めた時間になってのことだった。もしも大グナエウシアが一人前の大人の貴族だったらそのまま
「お嬢様!」
表面上は
「お嬢様!お嬢様大丈夫ですか?!」
「ああタネ、大丈夫よ。
すごく緊張したけど、安心して……私、凄い人と話したのよ。
凄い方にお逢いしたの!」
「あああお嬢様、そうでしょうとも!そうでしょうとも!
タネは信じてましたよ。信じて待ってました!」
信じていたのなら何故目に涙を浮かべているのか?などと野暮な疑問を
「帰りましょう、タネ。
今日はもう疲れちゃったわ。」
「はい、それがようございます。
さあ参りましょう。参りましょう。」
抱擁を交わし終えた二人はそう言うと連れ立って歩きだした。
車回しから出ていく車列を見下ろせる二階の窓から大グナエウシアを乗せた御料車が走り出していく様子を眺め、マメルクスは傍らに控える部下に話しかけた。
「これからしばらくの間、子爵令嬢に人を付けろ。」
「警護にございますか?」
御料車が
「いや、警護は必要あるまい。
なにしおう、武門の
「となると、監視……にございますか?」
受け取った酒杯を満たすワインを口元へ運ぶと、貴腐ワインの甘ったるい香りが鼻孔をくすぐった。
そこで、春や夏、あるいは初秋にワインを飲むためにはそれ相応の工夫が必要になる。一つは
もう一つの方法は収穫したブドウをそのままワインにするのではなく、一旦干しブドウにして保存しておき、それを原料にして晩秋から初夏にかけて季節をずらしてワインを醸造する方法である。香辛料や香草に頼ることなくブドウ本来の味と香りが楽しめるため、こちらはこちらで人気があった。ただ、通常の方法で醸造するのに比べて数倍もの手間がかかるうえに、同じ量のブドウから作れるワインの量自体も少ないとあって高価にならざるを得ない。マメルクスが今、舌を湿らせているのはさらにカビを使って
「そうだ。
ただ、監視するのは子爵令嬢ではない……わかるな?」
マメルクスの目は酒杯を満たした黄金色に輝くワインへ注がれていたが、彼の意識はワインのことなどまるで関心が無いかのように他へ向けられていた。口の中を満たす強烈な甘みも、鼻を抜けていく芳醇な香りも、帝国で味わうことのできるすべてのワインの中で最高水準のものであったにもかかわらず、まるで価値の無いもののようにマメルクスの意識をとらえることができない。
「子爵令嬢に接触して来る者たち……に、ございますな?」
「そうだ。」
もう一口、ワインを口に含むとマメルクスはまだ半分以上残っている酒杯を侍従の捧げ持つ盆へ戻した。
「それから、降臨の噂を流した者が誰か確認したい。
おそらく
昨日、降臨の情報を秘匿するようマメルクスは
これはもう、議員の誰かが意図的に情報を漏らしたとしか思えない。何のために?……もちろんマメルクスの失策を誘うためだ。
百年ぶりの降臨と言う世界の危機さえ政争に利用する気か……あいつらめ!
マメルクスは苦々し気に視線を窓の外へ戻す。その視線の先。御料車の消えた「聖なる道」の向こう側には、
「心得ました。」
部下はそう言うとマメルクスの前を辞し、足音もなく部屋から出ていく。おそらく、しっぽを掴むのは難しいだろう。帝都レーマは彼らの領域だ。
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