第1077話 捕虜の扱い

統一歴九十九年五月十一日、午後 ‐ マニウス要塞司令部プリンキピア・カストリ・マニ/アルトリウシア



カエソー伯爵公子閣下!?」


 せっかく捕えた『勇者団』ブレーブスのハーフエルフが既に引き渡されている……その受け渡された相手として挙げられた名前に居並ぶ貴族ノビリタスたちの中からざわめきが沸き起こった。リュウイチを介してもたらされた《地の精霊アース・エレメンタル》からの報告にあったサウマンディア軍団レギオー・サウマンディアの高級将校、その正体は後にルクレティア一行からの早馬タベラーリウスを通じてカエソー・ウァレリウス・サウマンディウス伯爵公子であることが確認されていた。が、このことを知っていたのはアルトリウシア軍団レギオー・アルトリウシア司令部トリブニと限られた貴族だけであり、列席している貴族たちの中には知らされていない者も当然いた。

 ざわめく貴族たちの様子に初めてそう言えば言い忘れてたと気づいたかのように、ゴティクスは会議室内に視線を走らせながら声を張る。


ルクレティアスパルタカシア様の御一行にアルビオンニウムからずっと同行しておられたサウマンディア軍団レギオー・サウマンディアの高官はカエソー・ウァレリウス・サウマンディウス伯爵公子閣下であらせられました。

 このことは先日、現地からの早馬タベラーリウスによって確認されております。」


 騒いでいた貴族たちはゴティクスのその一言によって、戸惑いながらも静まりを見せた。ゴティクスにとって意外だったのは、ゴティクスの説明によって静かになった貴族の中にマルクス自身が含まれていたことである。


 何故、カエソー閣下がルクレティアスパルタカシア様と?

 マルクスと入れ違いでサウマンディウムへ御帰還なされたのではなかったのか!?


 唖然としているマルクスにゴティクスは改めて向き合い、説明を続けた。


カエソー伯爵公子閣下は捕虜を奪還される可能性を鑑み、ルクレティアスパルタカシア様と御一緒に陸路をアルトリウシアまで移動、そこから海路でサウマンディウムへ戻られることになされたそうです。」


「で、では閣下は今、グナエウス砦ブルグス・グナエイに!?」


 ゴティクスは黙って首肯し、今朝届いた手紙で分かる限りの一昨夜の様子を騙り始める。


「一昨日夜、シュバルツゼーブルグに御逗留ごとうりゅう中のルクレティアスパルタカシア様に一通の脅迫状が届けられました。

 内容は先ほども御説明いたしました通り、おそれ多くもルクレティアスパルタカシア様に対したてまつり、『勇者団』ブレーブスとの交渉の場を設けることを要求し、応じなければシュバルツゼーブルグの街を火の海にするというものだったようです。

 この時、脅迫状を届けたのは『勇者団』ブレーブスによって召喚されたインプであったそうなのですが、ルクレティアスパルタカシア様を守護奉る《地の精霊アース・エレメンタル》様がこのインプめに魔力を与えて眷属とし、グレーター・ガーゴイルなるモンスターへと進化させました。そしてそのグレーター・ガーゴイル……名をグルグリウスというのだそうです……これに対し脅迫状の送り主であるハーフエルフ様を捕えるよう命ぜられ、それはどうやら夜半過ぎに成功したらしく、念話によって《地の精霊アース・エレメンタル》様にハーフエルフを捕えたと報告があったのだそうです。」


「んっ、んんんんん~~~っ」


 マルクスは頭を抱えたくなるのを辛うじて堪えた。

 ほんの五日前の五月六日、マルクスはカエソーを残してアルビオンニウムからサウマンディウムへと発った。同じ船で捕虜もサウマンディウムへ送ってしまえればよかったが、まさか捕虜をイェルナクと同じ船に乗せて『勇者団』の存在をイェルナクに気づかれるようなことがあっては困るからそれはできなかった。

 イェルナクと捕虜は別の船に乗せねばならない。しかし、捕虜を先にサウマンディウムへ送ってイェルナクをアルビオンニウムに残せば、また『勇者団』が何かしかけてくれば今度こそ隠せないかもしれなかった。だからどうしてもイェルナクの方を先にサウマンディウムへ送らねばならなかった。

 そしてイェルナクが捕えた盗賊どもを引き連れてサウマンディウムへ帰るのであれば、そのイェルナクがプブリウスに余計な報告をする前に誰かが真実を報告しておかねばならなかった。そのため、マルクスはカエソーに先んじて船に乗ったのである。

 カエソーは翌日、捕虜とヴァナディーズを連れてサウマンディウムへ帰って来る手筈になっていた。少なくともマルクスが出発する時はそのようになっていたはずである。


 それなのに何故……アルビオンニア側に“借り”を作らないようにとあれだけ言っていたのに……


 捕虜を出してしまった以上、『勇者団』は確実に奪還を試みるだろう。それは目に見えていた。だからなるべく早く捕虜を船に乗せ、サウマンディウムへ移送すべきだったのだ。ルクレティアを護衛していたアルトリウシア軍団レギオー・アルトリウシア軍団兵レギオナリウスは行軍と戦闘で疲労がたまっており、どうせ一日はアルビオンニウムで休息させねばならないのだ。つまりルクレティアも一日ぐらいならサウマンディアこちら側から頼まなくてもアルビオンニウムに留まっただろうし、その間なら『勇者団』が捕虜奪還のために襲撃を試みたとしても《地の精霊アース・エレメンタル》の支援が期待できる。捕虜を守ってもらうことに対し、サウマンディアはアルビオンニアに対して借りを作る心配はしなくてよい。


 だが現実には違った。カエソーはどういうわけだか陸路でアルトリウシア経由でサウマンディウムに帰るルートを選んでしまったらしい。

 それならば確かにずっと《地の精霊》の支援を受け続けることが可能になるだろう。『勇者団』が襲撃を試みたとしても《地の精霊》の支援があるならば恐れることは何もない。だがそれではルクレティアに、アルトリウシアに、アルビオンニアに“借り”を作ってしまうことになる。


 いったい何を考えておられるのか……

 いや、“借り”だけの話ではない。


 捕虜を連れてルクレティアに同行すれば《地の精霊》に守ってもらえるのだから確かに安全は担保される。だが同時に『勇者団』の新たな捕虜をアルビオンニア側に取られてしまう可能性が飛躍的に高まるのだ。

 捕虜となった仲間が手の届くところにいるのだから『勇者団』は積極的に襲い掛かって来るだろう。襲ってきたら対処せねばならず、必然的に《地の精霊》の力を借りることになってしまう。《地の精霊》の力を借りればそれは必然的にアルビオンニア側に対する“借り”になってしまうし、『勇者団』の実力では強大な《地の精霊》にどうやら叶いそうにないのだから新たな捕虜を《地の精霊》の力で得ることになる。当然、その功績は《地の精霊》に……ひいてはルクレティアに……つまりはアルビオンニア側に渡るのだ。捕虜の身柄への権利もアルビオンニア側に残される。

 たしかに『勇者団』にメルクリウス団の容疑がかかっている以上、捜査権はサウマンディア側にあるのだから捕虜の身柄はどのみちサウマンディウムへ引き渡されることになるのだが、しかしそれは捜査中の話だ。『勇者団』を捕えたという功績そのものがアルビオンニア側に残されている以上、捜査が終わるなりひと段落つくなりすればアルビオンニア側へ引き渡さねばならなくなる可能性が生じる。


 まったく何を考えておられるのか……


 マルクスは何かを振り払うように首を振った。


「それで、ハーフエルフ様はカエソー伯爵公子閣下の監視下に置かれておられるのですね?」


「おそらくそうでしょう。」


「おそらく!?」


「グレーター・ガーゴイルにハーフエルフ様を捕えるように御依頼なされたのは他でもないカエソー伯爵公子閣下です。」


「命じたのは《地の精霊アース・エレメンタル》様ではなかったのですか!?」


カエソー伯爵公子閣下が御依頼し、《地の精霊アース・エレメンタル》様が命じられたようですな。

 詳細までは分りませんが……お読みになられますか?」


  ゴティクスは半ばあきれた様子で手紙を手に取り、マルクスの方へ差し出した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る