第1075話 グナエウス砦からの吉報

統一歴九十九年五月十一日、午後 ‐ マニウス要塞司令部プリンキピア・カストリ・マニ/アルトリウシア



 降臨者リュウイチの衝撃的な報告の影響か、会議に参加している貴族たちはどこか浮ついた様子で今一つ各議題に集中しきれていない様子だった。表面上は議事内容に集中し、私語をする者など皆無ではあるのだが、どこかうわの空で自分とは関係ない部分は聞き流している。指名から発言まで間があったり、発言する際もどこか間延びした調子で、自分には興味のないことを当たり障りのない言葉を選びながら発表しているような感じだった。


 あまり……良い状況とは言えんな……


 議事が進行していく様子を一人冷静に観察しながらルキウスは幾度かになる溜息を噛み殺す。

 この会議は明日の報告会の準備だ。リュウイチに報告する内容を確認し、どのような質問があるかを予測し、その解答例まで打ち合わせることになっている。だからこそ主要な家臣たちや高級将校らを全員招集し、担当ではない項目ではあっても疑問や質問などは忌憚なく発言させているのだ。それなのにいくら自分の担当ではない話だからと言って目の前で進行している議事を聞き流され、全く別の考え事をされていたのではたまらない。しかし、ルキウスやエルネスティーネの立場から議事に集中するよう参加者たちを引き締めることも出来なかった。

 彼らも皆一応は一人前の貴族ではあるのだし、ましてこの場にはサウマンディアからの客将も同席している。そのような場で下手な叱責を加えれば、その者に大恥をかかせてしまうことになるだろう。いくら自分より下位の身分だからと言って、いっぱしの貴族である者に恥などかかせては今後に支障が出かねない。


 まったく、どうしてくれるのだ?


 今、議題に上がっているのはアルトリウシアの復興作業の進捗状況だ。復興作業は順調で、特に問題は発生していない。復興作業の中でも家屋の建設作業は、リクハルドヘイムの大工がナガイャと呼んでいる簡素な木造平屋集合住宅を採用してからというもの、当初の予定よりも進行がだいぶ早まっているくらいであるため、第三者から何がしか指摘してもらわねばならないような点も無さそうではある。だが、この後はダイアウルフが出没しているグナエウス峠の情勢やルクレティアの帰還状況、そしてハン支援軍アウクシリア・ハンの対応などといった注意を要する敏感な議題が控えている。この弛緩した調子のままでは困るのだ。

 ルキウスは議事に耳を傾けつつも目の前の書類を確認しているアルトリウスに視線を向けた。


「……以上、私からの報告を終わります。」


 アルトリウシア子爵領の会計官ユールス・イサウリクス・フィリップスが領内の物価の情勢と配給制度を継続するための財政予測の発表を終えて着席する。

 彼の先ほどの報告によれば物価は相変わらず上昇を続けているが、食料については配給制を導入しているため領民の生活への影響は限定されている。ただ、高騰を続ける食料を領民に配給している関係から子爵家の財務状況はかなり悪化しており、商人たちは侯爵家や子爵家の大規模な財政出動は歓迎してくれてはいるものの、巷で囁かれている破産の噂はまだ払拭しきれておらず、信用取引に応じてもらいにくくなっている状況は今でも変わらない。今後はリュウイチから借りた銀貨に本格的に手を付けねばならないことが予想されていた。

 子爵家は債務超過に突入しつつある情勢であり、先週の会議では財務以外の貴族たちからも盛んな意見表明や質問があったものだが、今回は打って変わって静かなものである。先週の時点で予想されていた状況の推移から全く外れていないのだから新たな質問や提案、意見表明等がなくても仕方ないと言えば仕方ないのだが、ルキウスの目には参加者たちが議事に集中しきれていないからそうなっているように見えてならない。


 ふぅぅ~~~……


 ルキウスは疲れたように鼻を鳴らし、参加者たちの内の何人かの視線を集めた。不満を露わにするかのようなルキウスの態度を見かねたのか、隣のエルネスティーネが小言を言う。


ルキウス子爵閣下

 そのように姿勢を崩すと腰に悪うございますよ?」


 ルキウスは先ほど盛大な溜息をついた際、上体を背もたれに預け、椅子に身体を沈み込ませていた。


「おおっ!……これはどうもエルネスティーネ侯爵夫人

 どうもまだ完調というわけにはいかんようでね。」


 エルネスティーネがわざと参加者たちにも聞こえるように少し大きな声で言ったのかに気づいたルキウスは、苦笑いを浮かべながら姿勢を戻した。


「具合がよろしくないようでしたら、別室で御休みなさいますか?」


「いや、それには及びません。」


「ではせめて休憩を挟みますか?」


「いや結構。

 お気遣い感謝いたしますエルネスティーネ侯爵夫人

 ああ、次の議題だ、続けてくれ給え。」


 姿勢を戻したルキウスが苦笑いを半ば残したまま会議の続行を促すと、いつの間にかルキウスに注意を向けていた全員が姿勢を正し、次の議題の報告を担当するラーウス・ガローニウス・コルウスが起立した。


「ハッ、では私から……「待ってくれラーウスガローニウス・コルウス」!?」


 ラーウスが発表しようとした矢先にアルトリウスが遮り、報告を中断させる。特に何も聞かされていなかったラーウスは驚き、アルトリウスの方を見た。


「今朝、早馬タベラーリウスが届けてくれた報告を先に発表したい。

 ゴティクスカエソーニウス・カトゥス、頼む。」


「ハッ!」


 アルトリウスの指示を受けてゴティクスが立ち上がると、ラーウスはなんだかよくわからないというキョトンとした様子で大人しく着席した。


「これから御報告いたしますことは今朝までに届いた最新の情報です。

 一通は昨夜遅く、もう一通は今朝、早馬タベラーリウスによってもたらされました。」


 ゴティクスはラーウスがこの情報を聞かされていなかった理由を説明し、先ほど見せた混乱にラーウスの落ち度がないことを暗に示した。しかし、その情報を聞かされていなかったがために実際に小さな恥をかくことになったラーウス本人は内心で不満を募らせる。


 何だよ、それなら先に報告することがあるってだけでも教えてくれてたって良かったじゃないか……


「一作日、シュバルツゼーブルグに到着したルクレティアスパルタカシア様の下へ『勇者団』ブレーブスから脅迫状が届けられました。」


 その一言で参加者たちが一斉に顔をしかめる。


「脅迫状の内容はルクレティアスパルタカシア様に交渉のテーブルにつくよう求めるもので、無視すればシュバルツゼーブルグの街を火の海にするという警告するものだったようです。」


 これには侯爵家の家臣団たちに緊張が走った。エルネスティーネも普段はおっとりした印象を与える大きな半月型の目を大きく見開き、肘掛けをギュッと握りしめている。


「この脅迫状は『勇者団』ブレーブスが召喚したインプによって届けられたものだそうですが、おそれ多くもリュウイチ様がルクレティアスパルタカシア様に御付になられた《地の精霊アース・エレメンタル》様がこのインプを従魔とし、魔力を与えてグレーター・ガーゴイルなる魔物に進化させたうえで手紙の主を捉えるよう命ぜられました。」


「インプ!?」

「グレーター・ガーゴイルだと?」


 会議場にざわめきが沸き起こる。彼らも物語の中でしか知らないモンスターの名前が次々と出てきたのだから理解が追い付かないのであろう。

 ゴティクスはそのざわめきを力づくで押さえつけようとするかのように声を高めて続けた。


「そしてその夜遅く、そのグレーター・ガーゴイルから《地の精霊アース・エレメンタル》様に念話による報告がありました。

 『勇者団』ブレーブスのハーフエルフ、ペイトウィン・ホエールキング二世様を捉えたと……」


「「「「おおおっ!!」」」」


 一斉にどよめきが沸き起こる。これまでも『勇者団』を名乗る聖貴族たちの捕虜はあったが、これまでに獲得した捕虜はヒトばかりだった。だが今回初めてハーフエルフが捕えられた。しかも、ハーフエルフの中でもとりわけ膨大な聖遺物アイテムを保有することで世界的に名の知られたペイトウィンだというのだから大金星である。


「そして!」


 ゴティクスはそのどよめきを声量で上回るべく声色を強めた。 


「昨夜、ルクレティアスパルタカシア様はそのハーフエルフ様の身柄をグナエウス砦にて、くだんのグレーター・ガーゴイルから御受け取りになられたそうです。」

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