第1012話 片づけるのは…
統一歴九十九年五月十日、午前 ‐
だというのにそのゴルディアヌスの口から連帯責任などという言葉が飛び出し、自分の責任から逃げようとするアウィトゥスを叱りつける……それはロムルスにとってもオトにとっても非常に新鮮かつ驚くべきことだった。ゴルディアヌス自身、ロムルスとオトの漏らした感嘆の声に自らの成功を確信したのだろう。フフンと小気味よさげに小さく笑っている。
しかしその場にいたすべての人間がゴルディアヌスの今の態度と説教を高く評価していたわけではなかった。三人とは対照的にアウィトゥス一人だけが何かガッカリしたような、失望したような、気落ちしたような顔をしている。
「ち、違うだろ……」
悔しそうに
「えっ!?あっ……」
不快に
「何が違うんだ?
言ってみろよ、アウィトゥス。」
軍隊というところは統率を最も重視する。軍隊と、盗賊などのならず者集団の最大の違いは強さでも規模でも装備でもない。組織として完成しているか、統率が取れているかという点だ。そして統率とは、組織全体が一つの意思で統一されているかどうかだ。そして統率とは、組織の構成員が指導者に従いさえすれば統率が取れているというものではなく、指揮官が何らかの理由で不在になったとても代わりの者が即座に指揮を引き継ぎ、組織全体として統一された意思のもと機能し続けられることだ。
どれだけカリスマ性に優れた英雄が率いようとも、盗賊にはそれが無い。そして軍隊では、カリスマ性のある指導者が存在しなかったとしても、組織としての機能し続けることが出来る。だから軍隊は人的損害を出しながらでも戦い続けることが出来るのだ。
そして、そうした統率を成立させるために必要となるのが構成員の連帯感であり、それを兵士の一人一人に植え付けるのが「連帯責任」だった。レーマ軍の、一人の兵士が手柄をあげれば同じ
アウィトゥスは人に従わされるのが嫌いだった。自由に憧れていた。だから家を飛び出した。そして自由とともに、強さにも憧れていた。自由でいるためには、力が必要だと思ったからだ。だから、家を飛び出したアウィトゥスは
軍隊はアウィトゥスの思い描いていた世界とは全く違っていた。そこは期待していた自由とは全く逆の世界だった。理不尽な命令に服従させられる毎日だった。しかし入ってしまえば簡単には抜けられないのが軍隊だ。まして
そんな中、配属された十人隊で出会ったのがゴルディアヌスだった。
力強く、何者も恐れない。気に入らないことがあれば相手が上官だろうが誰だろうが関係なく立ち向かう。それは軍隊という理不尽な世界で見つけた、アウィトゥスが理想とする自由を象徴する姿だったのだ。だからアウィトゥスはゴルディアヌスに心酔し、まるで腰巾着のように付き従ったのだ。
だというのに……そのゴルディアヌスの口から「連帯責任」なんてものが飛び出した。「連帯責任」はいつだってアウィトゥスの軍隊生活を縛り続けた呪いの言葉だ。アウィトゥスにとって「連帯責任」は束縛の象徴のようなものなのである。それをゴルディアヌスが高らかに
「いや……その……」
しかしアウィトゥスは自分の中で何が起きているのか、何故自分がショックを受けているのかわからない。何か分からないが何かに裏切られたような絶望感に
「言えよ、何が違うんだよ。
お前に訊いてんだぜ、アウィトゥス?」
必死に言葉を探しても、アウィトゥスは結局何も思い浮かばなかった。ゴルディアヌスに胸倉をつかまれ、俯いていた頭を無理やり上向かされる。ゴルディアヌスの怒りの
「お、お・・・・」
「お?」
「俺たちはもう、
「「「!?」」」
アウィトゥスの何かが吹っ切れたかのような絶叫に、今度はゴルディアヌスたちの方が呆気にとられた。その隙にアウィトゥスは胸倉をつかむゴルディアヌスの腕を振りほどき、サッとゴルディアヌスから距離を開けて身構える。
「忘れたのかよ!?
俺たちは
もう
連帯責任なんかあるもんか!
後始末は……後始末は、不始末をしでかした奴がやればいいんだ!!」
一気にまくしたてるとアウィトゥスはキッとゴルディアヌスをまっすぐ
言っちまったぁ……
内心でアウィトゥスは後悔していた。自分で自分に驚いてもいた。ゴルディアヌスに怒られ、ぶん殴られることも覚悟した。が、そうはならなかった。ゴルディアヌスは何か愕然とした様子でアウィトゥスをただじっと見下ろしている。
「はぁ……はぁ……はぁ……ん?」
無言のまま時間が流れ、乱れた息が整ってきても尚も反応を示さないゴルディアヌスにアウィトゥスが戸惑いを覚え始めた頃、隣からパンッと突然手を叩く大きな音がし、全員がビクッと身体を震わせた。
「なるほど、お前の考えはよくわかった。」
見ると手を叩いた主はオトだった。
「じゃあアウィトゥスお前、自分の不始末ならちゃんと自分で後始末つけるんだな?」
「あ?……あぁ……」
何の感情も浮かんでいないオトの顔に不安を覚えながらも、アウィトゥスは自分が言いたいことを言ってしまった以上認めざるを得ない。
「ならアウィトゥス、お前も片づけろ!」
「!? ……何でだよ!!」
意味が分からず
「ゴルディアヌスは尿瓶を倒し、中身をぶちまけた。
ネロは一杯になっていた尿瓶を片づけなかった。」
「そうだ、
「いいや、関係あるね。」
言い終わる前にオトに否定され、アウィトゥスはムッと口を閉ざす。
「ゴルディアヌスは小便がいっぱいになっていたから尿瓶を倒し、溢しちまった。
尿瓶がいっぱいになってなければ、倒したり溢したりもしなかっただろう。」
「じゃあ片づけなかったネロが悪いんじゃないか!?」
オトは静かに首を振る。
「ゴルディアヌスが言ったようにそれはネロの仕事じゃない。
たまたま、ネロがやってくれていただけだ。」
「……じゃ、じゃあ、誰が悪いって言うんだよ?」
「みんなさ」
「みんな!?」
「「!?」」
これにはアウィトゥスのみならず全員が驚き、ロムルスもゴルディアヌスもオトを見る目を丸くした。
「そうだ。
こんなに
だからこうなる前に運び出さなきゃいけない。
なのに誰もそうなる前に運び出そうとしなかった。
しいて言うなら、ゴルディアヌスだけがそれをやろうとした。」
「じゃ、じゃあ、ゴルディアヌスさんが悪いじゃないか……」
「いいや、ゴルディアヌスはこの中で一番悪くない。
むしろ被害者だ。」
「……」
「一番悪いのは、尿瓶がもう一杯になりそうだというのに自分で運び出そうとせず、この中に尚も小便をした全員だ。」
「なっ!?」
「だからアウィトゥス。」
思わぬ論法にアウィトゥスが抗議しようとすると、オトは有無を言わさぬように便所の床を濡らしたままの小便を指さした。
「お前はお前の小便を片づけろ。」
「!!」
上手いこと考えやがったな……愕然として言葉を無くしたアウィトゥスとオトを見比べながら、一人ロムルスが感心したようにニヤリとほくそ笑む。しかし、アウィトゥスはまだ完全に敗北を受け入れたわけではないようだ。
「そ、そんなの無理に決まってるだろ!?
もう混ざっちまってるんだ!
どれが誰の分かなんてわかるもんか!!」
「だから!」
しつこいアウィトゥスにオトは語気を強めた。
「全員で片づけるんだ。
ここに小便をした全員でな。
もちろん俺もコレを片づけたら手伝う。
だからアウィトゥス、お前も片づけろ。」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます