第15話 出港準備(1)

統一歴九十九年四月十日、昼 - アルビオン港/アルビオンニウム



 サウマンディウムの対岸、アルビオン島中央部の陸地を人為的に丸くえぐり取ったような独特の地形は他では見ることのできないアルビオン港の最大の特徴である。

 その最奥部にはそれなりの規模の港湾施設が建設されていたが、川から流れ込んだ大量の砂や火山灰に半ば埋もれてしまい、今では砂浜のようになっている。


 かつてはアルビオン島の玄関口として栄えた貿易港だったが、火山災害でアルビオンニウムが放棄されてからは無人の廃墟となっていた。

 ただ、付近を航行する船舶が休憩や避難場所としては利用されているため、一部の船着き場は現在も使える状態を保っていたし、付近の砂浜には瓦礫を再利用して作られた漁師小屋のような建物もいくつか整備されている。


 現在、船着き場の桟橋には三隻の大型船が係留されていた。『ナグルファル』『グリームニル』『スノッリ』の三隻である。



 三隻ともロングシップ(所謂いわゆるヴァイキングのドラゴン船)形式ではあるが、内部に船室のようなものはないため同じ規模の他形式の帆船にくらべ搭載量は小さい。


 船首部と船尾部にだけ屋根のないやぐらのようなものが立っており、そこだけ二階建て構造になっている。

 このような櫓が設けられたのは船首や船尾の主甲板に搭載された大砲を屋根で覆うためであり、同時に他の形式の帆船と接舷移乗白兵戦せつげんいじょうはくへいせん(船同士をくっつけて相手の船に乗り込んで兵士同士が直接戦う事)をする際に甲板の高低差による不利を少しでも是正するためだった。

 それならばいっそ背が高く多くの大砲を積める戦列艦せんれつかんでも採用すれば良さそうなものだが、そうした大型船は理由があって採用できない。


 彼女らの母港であるアルトリウシア湾は、湾に流れ込む四本の河川からもたらされた大量の土砂が堆積した遠浅とおあさの海であり、喫水きっすいの深い船舶は入港できないのだ。ガレオン船はまず入港できず、より小規模なキャラック船なら大潮の時に辛うじて入港できる程度である。

 日常的にアルトリウシア湾を使うにはクナール船(ヴァイキングが使う貨物船)ぐらいの喫水深さが限界と言え、積載力を確保した上で浅いアルトリウシア湾を母港として活用するためには喫水の浅いロングシップが最良なのだった。


 そうは言っても、彼らのロングシップも櫓を設けた上に大砲まで積み込んだことで相当重量が増しており、喫水の深さはクナールと大差なくなりつつある。すでに普及しつつある銅板被服(船食い虫対策で船体を銅板で覆う事)も、これ以上の重量増加を嫌ってえて採用していない。

 重量増に対応しつつ喫水増大を防ぐためには船体規模を大きくするほかないが、それも既に限界に達しつつあった。


 三隻のうち二隻『グリームニル』と『スノッリ』は全長二十二ピルム(約四十一メートル)に及んでいたし、旗艦を務める『ナグルファル』に至っては全長二十六ピルム(約四十八メートル)にも達している。

 これだけの船体規模を持ちながら複層式でもない木造船で船体強度を確保するのは、現在の彼らの造船技術ではここら辺が限界であろうと考えられている。


 全長が長くなればどうしても船体を折り曲げようとする波の力を大きく受けようになる。船体全体を複層式にするなどして船体の厚さを増大させれば割と簡単に対処できるが、それだと喫水が深くなってしまいアルトリウシア湾を航行できなくなる。

 ならば船体内の構造材を増やすなどして強度を上げるしかないが、それはそれで船体重量の増大を招いてしまい、やっぱり喫水が深くなってしまう。

 船幅を広げて浮力を稼ぐのもやりすぎれば速度が犠牲になるし、アルビオンニアのいくつかの港の船着き場には船体が大きくなりすぎ入れなくなってしまう。

 それよりなにより、これ以上大きくなると船底の清掃が大変になりすぎる。


 船は定期的に陸に揚げて船底に張り付いた貝を掻き落とし、船体の下で火を焚いて煙でいぶして船食い虫を駆除しなければならない。

 いくらロングシップが船体規模のわりに軽量だったとしても、船体そのものが大きくなってしまえばどうしたって作業の負担は増えてしまう。


 かといって今のままでは戦列艦どころか旧式のガレオン船すら相手どるのは難しい。砲の搭載量が限られるのでまともに撃ちあえないからだ。

 ある程度は機動力の高さで補えるが、うまく接近して接舷移乗白兵戦に移ろうとすると今度は甲板の高低差がありすぎてどうしても不利になる。

 揚陸輸送船としてなら今のままで十分だが、彼女たちは戦船いくさぶねだった。たとえ相手が戦列艦だろうが、必要とあらば戦わねばならない。


 進化の袋小路に入ってしまっていた彼女たちだったが、浅すぎるアルトリウシア湾の航行という他の船では解決できない問題への当面の対応策として、未だに現役で生きながらえているのだった。



 そんな彼女たちの周りでは、アルトリウシア軍団レギオー・アルトリウシア軍団兵レギオナリウスたちが荷物の積み下ろし作業に没頭していた。出港直前になって船の搭乗割りが変更になった上、旗艦の『ナグルファル』に至っては目的地までもが変更になってしまったからだ。



 当初の予定ではまずサウマンディウムへ渡り今回のメルクリウス目撃情報対応の最高責任者であるサウマンディア領主プブリウス・ウァレリウス・サウマンディウス伯爵に報告、一泊の後にアルビオン海峡北岸西口にあるナンチンで一泊、それからアルトリウシアへ帰ることになっていた。

 今夜は伯爵主催の降臨阻止あるいはメルクリウス捕縛を祝う宴が催されることになっており、アルトリウスも出席することになっている。


 ところが、今回は降臨を防げなかったばかりかメルクリウス捕縛も出来ていない。作戦は完全に失敗しており、祝宴をあげる理由は完全に無くなってしまった。そんな状況でおそらくサウマンディアの要人が集まっているであろう祝宴の会場に降臨者・・・それも伝説の《暗黒騎士ダークナイト》を連れて言ったらどんなことになる事か。

 伯爵のメンツは丸潰れになるし、サウマンディアの要人たちの寿命を縮めてしまう事にもなりかねない。


 百年ぶりのゲイマーゴメルの降臨、しかも《暗黒騎士》の降臨ともなれば世界の一大事である。

 一領主だけでどうにかなる問題ではないし、レーマ帝国・・・いや敬典宗教諸国連合も含めた大協約世界全体を巻き込むことになるだろう。

 皇帝インペラートル元老院セナートゥス、帝国の各貴族、ムセイオン、諸国連合、それぞれがどんな反応を示すかわからない。それが分かる前にリュウイチの存在を世間に知られてしまってはどんな混乱が巻き起こるか分からなかった。

 である以上、それぞれがどんな方針で対応してくるかが分かるまで、降臨の事実とリュウイチの存在は秘匿しておきたい。

 そのためにも、今リュウイチをサウマンディウムへ連れて行くわけにはいかない。


 以上のような理由から、アルトリウスたちは部隊を二分し、三隻ある船のうち旗艦『ナグルファル』をアルトリウシアへ直行させリュウイチを護送、残りは予定通りサウマンディウムへ渡ることとした。

 『ナグルファル』でアルトリウシアへ直行するのはリュウイチ本人とリュウイチの世話係としてルクレティア、ヴァナディーズ、そして警護としてクィントゥスと彼の率いる重装歩兵ホプリマクス一個百人隊ケントゥリア軽装歩兵ウェリテス二個十人隊コントゥベルニウムになる。

 本当は全員でアルトリウシアへ直行したかったが、伯爵への報告だけは避ける事が出来ない。さすがに本件の最高責任者をないがしろにできるわけ無いからだ。


 そういうわけで、軍団長レガトゥス・レギオニスのアルトリウスをはじめ『ナグルファル』に乗る予定だった者のうちサウマンディウムへ行く者の荷物をすべて『グリームニル』や『スノッリ』へ移し替え。同時に『ナグルファル』でアルトリウシアへ直行する人員の荷物を『ナグルファル』へ積みなおさねばならなくなったのだった。


 軍団レギオーはここに来る途中の廃墟の本営跡で荷物を回収したとはいえ、ケレース神殿テンプルム・ケレースから速足で歩いてきたため時間の遅れはかなり取り戻してはいた筈だった。

 だがそのせっかく取り戻した分はとうに消費しつくされている。


 船着き場で船の番を兼ねて待機していた兵士らが《火の精霊ファイア・エレメンタル》とリュウイチの騎乗する《地獄の軍馬ヘルウォーホース》を目にして動揺するのを鎮め、全員に緘口令かんこうれいき、艦隊の総指揮を執るヘルマンニとサムエルの親子をリュウイチに紹介し、船の搭乗割り変更に伴う荷物の積み替え作業をはじめ・・・と、ゴチャゴチャやっているうちに太陽は真上に来てしまったのだった。



 今、リュウイチにはルクレティアにともなわれて漁師小屋の中で昼食をとってもらっている。

 幸いアルトリウスらが到着する前にヘルマンニたちが魚、蛸、貝類をいくらか獲りに行っていてくれていた。

 貝類は砂を吐かせる時間がなかったので今回は使ってないが、多少はまともな食事を用意する事が出来ているようだった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る