第1171話 『勇者団』出立

統一歴九十九年五月十日、晩 ‐ 『ホーシャム山荘ホーサム・フッテ』/アルビオンニウム



 ホントに行かれるんですか?今日一晩くれぇ休んでいかれた方が…… くどいぞ、ペイトウィンが捕まったのが分かった以上、俺たちは助けに行かなきゃいけないんだ。 しかし今から行っても間に合わんでしょう? 大丈夫だ、ルクレティアスパルタカシアのところへ連れていかれたなら、しばらくグナエウス峠で留まるはずだ。 もうすぐ冬です。雪が降る前に行っちまうに決まってますよ。追いつけっこねぇと思いやすがねぇ。 そうならんように既に手は打ってあるんだ。お前こそ、エイーへの伝言を確かに伝えろよ? それはもうお任せください。


 ティフたちはクレーエから話を聞いた後、一時間ばかり仮眠をとって山荘を発った。もちろん、『勇者団』ブレーブス行李こうりはすべて回収している。馬はエイーたちが預かっていたものと交換している。自分たちが乗り続けていた馬よりエイーたちが預かっていた馬の方が疲労の程度が軽く、魔獣化モンスタライズの危険性が低いと判断した結果である。


 行ってくれたか……

 一晩泊っていくかと思ったが、急いで行ってくれて助かったぜ。


 ティフ達の姿が見えなくなるとクレーエは安堵の溜息をついた。今朝の濃霧が嘘みたいに綺麗に晴れ渡った空には月と星々とが冷たい光を放っている。その光を受け、クレーエの吐いた溜息は白く染まった。

 あんな連中に居憑いつかれたのでは食料がいくらあっても足りやしない。ただでさえ『勇者団』がどこからともなく融通していた食料供給が途絶えてしまって、盗賊たちは自給自足を余儀なくされているのだ。元々食うや食わずだった彼らの食料獲得能力などたかが知れているのだから、一人で大人三~五人分を平気で平らげるような奴らの食い扶持ぶちなんかまかなえるわけがない。

 ティフ達がペイトウィンを救出に行くだろうとは分かっていたが、しかしその日のうちに出発してくれたのはクレーエにとってうれしい誤算だった。


「行かせちまって良かったんですかい?」


 盗賊の一人が尋ねる。その声にはどこか未練がましい雰囲気が漂っていた。もちろん盗賊たちはティフたちと一緒に居たかったわけではない。盗賊たちに『勇者団』に対する忠誠心なんてものは欠片かけらだってありはしない。


クレーエの旦那ヘル・クレーエには《森の精霊ドライアド》様の御加護があるんだ。

 あのまま『勇者団あのガキども』捕まえて、レーマ軍に売っちまえば良かったんじゃ?」


 『勇者団』はムセイオンから脱走してきた聖貴族たちだ。彼らは昨夜、グルグリウスによってそのことを知らされた。捕らえられたペイトウィンの頭巾をはぎ取り、ハーフエルフ特有の長い耳を見せつけたのだった。

 ハーフエルフ……絶大な能力を誇るゲーマーの中でも特に魔力が高いハイエルフの血を引く聖貴族は存在するだけでこの世界ヴァーチャリアの至宝とされるほど高貴を極める貴族である。その身柄をレーマ軍に引き渡せば、恩賞は思いのままだろう。明日をも知れぬ盗賊生活から脱却し、まともな堅気かたぎの生活を手に入れられるかもしれない。いや、引き渡す聖貴族はハーフエルフで、しかも複数いるのだ。平民プレブスどころか下級貴族ノビレスにだってなれるかもしれなかった。そのチャンスをみすみす逃したとすれば、残念に思えるのは当然だろう。

 だがクレーエはヘッと短く笑った。


「馬鹿言え。

 そんなことすりゃ、ガキどもられて俺たちゃ縛り首よ。」


「そんなもんかねぇ。

 アンタならうまくやれんじゃないのかい?」


「無理だね。」


 さっきまで笑っていたクレーエのあしらいは急に冷淡なものに変わる。


「『勇者団あのガキども』は住民どもをたくさん死なせちまったんだ。

 いくらあいつ等が本物のゲイマーの血を引く聖貴族だからって、こんだけのことをしでかしてタダで済むわけがねぇ。誰かが責任を取らされることになるだろうさ。」


「俺たちが『勇者団あのガキども』の代わりに縛り首ってことかよ?」


 クレーエは思っていた以上にお気楽な物言いに思わず呆れた。多分、コイツは盗賊になりたてで娑婆しゃばが抜けてないのだろう。


「俺たちゃ俺たちで縛り首さ。

 俺たちゃ元から盗賊だったんだからな。

 『勇者団あのガキども』は『勇者団あのガキども』で罪に問われる。

 俺たちが『勇者団あのガキども』を売ったところで、お上から見りゃ賊が賊を裏切ったってだけのことだ。

 聖貴族様を売った裏切り者の賊に汲むべきことなんか一つもありゃしないのさ。」


 レーマは裏切りを許さない。たとえそれが敵側から自陣営に裏切った者であっても評価されることは無い。基本的に卑怯者と見なされ、常に一段低くみられることになる。王侯貴族でさえそういう扱いを受けるのだから、法の外にいる彼ら盗賊ともなれば、もう人間扱いしてもらえることを期待する方が無理というものだろう。


「おいっ!」


 さっきまで大人しかった盗賊が悲鳴に近い声をあげた。


「アンタ、アンタについて行きゃ俺たち全員盗賊稼業から足を洗えるって言ったじゃねぇか!

 アリャウソだったのかよ!?」


「ウソじゃねぇさ!」


 クレーエが盗賊に負けないくらい大きい声で言い返すと、盗賊はビクッと身体を震わせた。そして急に不安に囚われたかのように身体を縮こませ、震える瞳でクレーエを見つめる。


「だって、だってアンタ、さっきさぁ。」


「このまま『勇者団あのガキども』を売ったところで俺たちゃ助かりゃしねえさ。

 だからエイー様ドミヌス・ルメオを『勇者団あのガキども』から切り離すんじゃねぇか!」


 盗賊を励ますかのように言うとクレーエは盗賊の隣に回り込み、その肩に腕を回してガシッと抱く。


「いいか、幸いエイー様ドミヌス・ルメオはまだ人を殺しちゃいねぇ。

 俺たちゃエイー様ヘル・ルメオを『勇者団あのガキども』から救出したってことにすんのさ。

 そのうえでレーマ軍に引き渡すんだ。

 わかるか?」


「あ、ああ……」


 盗賊はクレーエの話を理解しきれていないのか、あるいはイメージがわかないのか、どこか浮かない様子である。クレーエは盗賊を抱き寄せ、楽しくてたまらない様子で声を潜めた。


「そん時、俺たちゃエイー様ヘル・ルメオの従者だ。盗賊じゃねぇ。

 罪を犯していない聖貴族様をたすけ、従者にしてもらった元・盗賊だ。

 わかるか?」


 クレーエに肩をゆすられながらそう言われると、ようやくクレーエが何を目指しているのか理解したらしく、盗賊の表情はパァッと明るくなった。


「う、上手くいくかな?」


「上手くいかせるのさ。

 今のところ上手くいってる。

 だが重要なのはこれからだ、分かるか?」


「あ、ああ、分かるよ。

 何でも言ってくれ。

 俺たちゃアンタについて行くって決めてんだ。」


 クレーエは盗賊の肩を抱く腕を解き、満面の笑みを見せた。


「頼もしいぜ。

 お前たちが協力してくれんなら上手くいくさ。」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る