第904話 依頼の詳細

統一歴九十九年五月九日、夜 ‐ 『黒湖城砦館』ハーレ・デア・シュバルツゼーブルグ倉庫ホレウム/シュバルツゼーブルグ



 おおっ……と、安堵の声が漏れる。

 まだインプだった時、グルグリウスは協力する意向を示してはいた。しかし、今は《地の精霊アース・エレメンタル》の眷属となり強大なグレーター・ガーゴイルへと進化を遂げた。か弱く無力なインプであれば人間に囲まれた現状では嫌でも受け入れざるを得ないということもあっただろうが、ハーフエルフにも対抗しうるほどの力を与えられた今となれば、ここに居る人間たちが束になって襲い掛かろうとも軽く跳ねのけることができるであろうし、逆にここに居る人間たちを脅迫し言うことを聞かせることだってできるだろう。人間たちへの協力も、拒否しようと思えば拒否できるようになったはずだ。インプだった頃の承諾がもし不本意なものであるならば、ここで反故ほごにされてしまう可能性は決して低くは無い。

 グルグリウスは《地の精霊》の眷属なのだし、インプを騙して手紙を送り付けてきたハーフエルフに報復したいというのが本心であるならば戦力として期待はできるだろう。だがそれはカエソーたちにとって都合のいい存在でいてくれることを必ずしも意味しないのだ。


 インプだった頃なら、無理やりにでも言うことを聞かせることはできた。交渉し、契約を結んで仕事を任せることも出来ただろう。しかし、今のグルグリウスは《地の精霊》の眷属……そして《地の精霊》は《暗黒騎士リュウイチ》の眷属である。つまり、グルグリウスはリュウイチの陪臣ばいしんにあたる存在であり、グルグリウスに何かを依頼して仕事をさせるということは、リュウイチの力を借りたということになる可能性がある。つまりここへ来て大協約で定められた『《レアル》の恩寵おんちょうの独占禁止』に違反する懸念が出て来たのだ。

 幸い、グルグリウスは自分を騙したハーフエルフへの報復を望んでいるのでわざわざカエソーたちが依頼しなくてもやってくれそうではある。《地の精霊》もハーフエルフを捕まえるつもりでいるようだから、その点だけは心配しなくていいだろう。《地の精霊》やグルグリウスが自分の意思で行うというのなら、カエソーたちが『《レアル》の恩寵の独占禁止』に抵触したと指摘さえる可能性は無くなる。が、そうであるからこそカエソーたちはグルグリウスに注文を出せない。《地の精霊》やグルグリウスは自分たちの都合で動いているのであってカエソーたちが頼んだわけではない……恩寵独占の指摘を受けないようにするためには、そういう言い訳が成り立つようにしなければならないからだ。つまり、カエソーたちはグルグリウスの協力を得られるようにはなったが、同時にカエソーたちの側から協力を要請することができなくなってもいたのだった。

 そうした背景を知ってか知らずか、グルグリウスは惜しみなくリップサービスをするように高らかに宣言する。


「ご安心ください。

 かのハーフエルフめを殺すことなく捕えてくるよう、我が主 《地の精霊アース・エレメンタル》様より命ぜられております。お代も結構、《地の精霊アース・エレメンタル》様から既に膨大な魔力をいただいておりますからな。

 膨大な魔力をくださった《地の精霊アース・エレメンタル》様の御恩に報いるには安すぎる仕事ですが、《地の精霊アース・エレメンタル》様への忠節を示すためにも立派に果たして御覧に入れましょう。」


 再び「おお」と感嘆の声が上がった。


「グルグリウス殿にそのように言ってもらえると心強い。

 では早速?」


 ホクホク顔のカエソーにグルグリウスは期待通りの答えを返す。


「ええ、きゃつらのアジトへ……吾輩わがはいが手紙を託された場所へ一旦戻り、そこから魔力の痕跡を辿ってハーフエルフを追いましょう。」


「そ、その場所は!?」


 焦るようにアロイスが横から口を挟むと、グルグリウスはアロイスの無礼を無言でたしなめるように浮かべていた笑みを抑えてアロイスの方へ視線を向けた。


「ここから東へ約一マイルといったところでしょうか?

 バラックの立ち並ぶ休耕地から半マイルほどの農地を隔てた小高い丘の上の納屋です。近くに大きな糸杉の樹が生えている……」


 グルグリウスがそこまで言うとアロイスは「あそこか!」とばかりに目を見開いた。シュバルツゼーブルグは彼の妻の実家であるし、アルビオンニア軍団レギオー・アルビオンニアを率いる彼は幾度となくこの地を訪れてもいたため土地勘があったのだ。


「グルグリウス殿、そこに踏み込む際に我らの部隊を伴わせたいのだが?」


 今度はカエソーが問いかけるが、グルグリウスは笑って首を振った。


「それは御勘弁いただきたいですな。

 人間どもに踏み荒らされては残された魔力の痕跡がかき消され、ハーフエルフを追うことが出来なくなってしまいます。

 なに、慌てなくてももうあの納屋には何も残っておりますまい。

 ハーフエルフは吾輩が手紙を持って飛び出した直後に、あの場を引き払っておるはずです。急いで行っても、既にもぬけの殻でしょう。」


 それはグルグリウスがインプだった時も同じように言っていたことだし、予想はしていた事だった。幸運にも『勇者団』の誰かが残っていればという期待が無いではなかったが、欲張ってばかりもいられない。


「わかりました。

 では、せめてその場を荒らさないようにしていただきたい。」


「それくらいはお安い御用。」


「ところで捕えたハーフエルフですが……」


「おおっ!」


 カエソーが捕まえたハーフエルフの処置に言及すると、グルグリウスは目を丸めて大きな声を上げた。


「そう言えば捕まえて来るよう命じられましたが、その後どうするかは伺っておりませんでした。」


 そう言いながらグルグリウスはチラリと、ルクレティアの傍に浮かぶ緑色に光る半透明の小人に目をやった。


娘御むすめごに渡してやるがよい。』


「我が主 《地の精霊アース・エレメンタル》様はルクレティア・スパルタカシア様にお渡しすることを御所望のようです。」


 《地の精霊》が追加の指示を出すと、グルグリウスはそのままカエソーたちに伝え、カエソーは口角を吊り上げる。限りなく苦笑いに近い笑顔だ。


「それで構いません。

 ですがルクレティア様は明日、私と共にシュバルツゼーブルグを発ちます。」


「おお、ではどちらへ?」


「ここから西へ、グナエウス街道を通ってアルトリウシアへ向かいます。

 ルクレティア様への御引き渡しは、可能な限り人目を避けたいのですよ。」


「それは《地の精霊アース・エレメンタル》様からも御指示がありました。

 人目については成らぬと……

 では、出発前に?」


「いえ、むしろシュバルツゼーブルグの街を離れてからの方が良いでしょう。

 《地の精霊アース・エレメンタル》様の御力をもってすれば彼らを捕まえるくらいとっくにできていたとは思うのですが、この街に立ち寄る際の秘密保持が困難であろうことからあえて捕まえないでいていただいたのです。」


「なるほど、では街からある程度離れてから街道上でお渡しするべきですかな?」


「そうですな。

 ただし、街道を行く無関係な人々に見られるのは避けたいのです。」


 グルグリウスはカエソーの顔をジッと見据えたまま顎をさすり、数秒考えてからフッと笑って答えた。


「分かりました。

 何、難しいことはありません。

 妖精に何かを頼む人間は皆、秘密を守りたがるものです。

 必ずやご期待に添いましょう。」

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