第904話 依頼の詳細
統一歴九十九年五月九日、夜 ‐
おおっ……と、安堵の声が漏れる。
まだインプだった時、グルグリウスは協力する意向を示してはいた。しかし、今は《
グルグリウスは《地の精霊》の眷属なのだし、インプを騙して手紙を送り付けてきたハーフエルフに報復したいというのが本心であるならば戦力として期待はできるだろう。だがそれはカエソーたちにとって都合のいい存在でいてくれることを必ずしも意味しないのだ。
インプだった頃なら、無理やりにでも言うことを聞かせることはできた。交渉し、契約を結んで仕事を任せることも出来ただろう。しかし、今のグルグリウスは《地の精霊》の眷属……そして《地の精霊》は《
幸い、グルグリウスは自分を騙したハーフエルフへの報復を望んでいるのでわざわざカエソーたちが依頼しなくてもやってくれそうではある。《地の精霊》もハーフエルフを捕まえるつもりでいるようだから、その点だけは心配しなくていいだろう。《地の精霊》やグルグリウスが自分の意思で行うというのなら、カエソーたちが『《レアル》の恩寵の独占禁止』に抵触したと指摘さえる可能性は無くなる。が、そうであるからこそカエソーたちはグルグリウスに注文を出せない。《地の精霊》やグルグリウスは自分たちの都合で動いているのであってカエソーたちが頼んだわけではない……恩寵独占の指摘を受けないようにするためには、そういう言い訳が成り立つようにしなければならないからだ。つまり、カエソーたちはグルグリウスの協力を得られるようにはなったが、同時にカエソーたちの側から協力を要請することができなくなってもいたのだった。
そうした背景を知ってか知らずか、グルグリウスは惜しみなくリップサービスをするように高らかに宣言する。
「ご安心ください。
かのハーフエルフめを殺すことなく捕えてくるよう、我が主 《
膨大な魔力をくださった《
再び「おお」と感嘆の声が上がった。
「グルグリウス殿にそのように言ってもらえると心強い。
では早速?」
ホクホク顔のカエソーにグルグリウスは期待通りの答えを返す。
「ええ、きゃつらのアジトへ……
「そ、その場所は!?」
焦るようにアロイスが横から口を挟むと、グルグリウスはアロイスの無礼を無言で
「ここから東へ約一マイルといったところでしょうか?
バラックの立ち並ぶ休耕地から半マイルほどの農地を隔てた小高い丘の上の納屋です。近くに大きな糸杉の樹が生えている……」
グルグリウスがそこまで言うとアロイスは「あそこか!」とばかりに目を見開いた。シュバルツゼーブルグは彼の妻の実家であるし、
「グルグリウス殿、そこに踏み込む際に我らの部隊を伴わせたいのだが?」
今度はカエソーが問いかけるが、グルグリウスは笑って首を振った。
「それは御勘弁いただきたいですな。
人間どもに踏み荒らされては残された魔力の痕跡がかき消され、ハーフエルフを追うことが出来なくなってしまいます。
なに、慌てなくてももうあの納屋には何も残っておりますまい。
ハーフエルフは吾輩が手紙を持って飛び出した直後に、あの場を引き払っておるはずです。急いで行っても、既にもぬけの殻でしょう。」
それはグルグリウスがインプだった時も同じように言っていたことだし、予想はしていた事だった。幸運にも『勇者団』の誰かが残っていればという期待が無いではなかったが、欲張ってばかりもいられない。
「わかりました。
では、せめてその場を荒らさないようにしていただきたい。」
「それくらいはお安い御用。」
「ところで捕えたハーフエルフですが……」
「おおっ!」
カエソーが捕まえたハーフエルフの処置に言及すると、グルグリウスは目を丸めて大きな声を上げた。
「そう言えば捕まえて来るよう命じられましたが、その後どうするかは伺っておりませんでした。」
そう言いながらグルグリウスはチラリと、ルクレティアの傍に浮かぶ緑色に光る半透明の小人に目をやった。
『
「我が主 《
《地の精霊》が追加の指示を出すと、グルグリウスはそのままカエソーたちに伝え、カエソーは口角を吊り上げる。限りなく苦笑いに近い笑顔だ。
「それで構いません。
ですがルクレティア様は明日、私と共にシュバルツゼーブルグを発ちます。」
「おお、ではどちらへ?」
「ここから西へ、グナエウス街道を通ってアルトリウシアへ向かいます。
ルクレティア様への御引き渡しは、可能な限り人目を避けたいのですよ。」
「それは《
人目については成らぬと……
では、出発前に?」
「いえ、むしろシュバルツゼーブルグの街を離れてからの方が良いでしょう。
《
「なるほど、では街からある程度離れてから街道上でお渡しするべきですかな?」
「そうですな。
ただし、街道を行く無関係な人々に見られるのは避けたいのです。」
グルグリウスはカエソーの顔をジッと見据えたまま顎をさすり、数秒考えてからフッと笑って答えた。
「分かりました。
何、難しいことはありません。
妖精に何かを頼む人間は皆、秘密を守りたがるものです。
必ずやご期待に添いましょう。」
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