第302話 窮地のハン族
統一歴九十九年四月二十七日、午前 - エッケ島・ハン支援軍本営/アルトリウシア
外光をほとんど閉ざされた大ホールは昼でも暗く、
「どうなのだ、イェルナク?」
沈黙を守るイェルナクにムズクが再度尋ねる。
「
イェルナクの答えに居並ぶ幕僚たちは驚きの声を漏らし、あたりはざわめいた。ディンキジクが思わず身を乗り出して尋ねる。
「イェルナク…貴公、知っておったのか?」
「うむ、私も昨日、
バルビヌス・カルウィヌス…
バルビヌス、そして
「バカな、精鋭部隊だぞ!?」
「どういうことだ、サウマンディアはもう敵側に付いたということか?」
「落ち着け、まだサウマンディアが敵に回ったと決まったわけではない!」
イェルナクが一同の動揺を抑えようとするが、今度はディンキジクがイェルナクに詰め寄り始めた。
「何を言っているイェルナク!?
貴公とアーディンが最初に
「そうだ、ディンキジク!
その通りだ。彼らは視察に来ていた。だが同時に、
「何だと!?
だとすれば相当前から来ているんじゃないか!!
いったい、いつから
「じゅ・・・十二日には到着したらしい・・・」
これにはさすがに動揺を禁じえない。ディンキジクはもちろんムズクも幕僚たちも顔色を失い、どよめきはじめる。
「十二日!?」
「バカな、早過ぎる!!」
「一歩間違えば我々はエッケ島にたどり着くことも出来ずに討ち取られていたのか!?」
「フハ、フハハハハハハ」
突然ディンキジクが笑い出し、他の者たちは何事かと口を閉ざしてディンキジクに注目した。
「ディ、ディンキジク?」
「やはりだ!
やはり罠だったのだ!我々はハメられたのだ!!」
「何だ、ディンキジク!何を言っている!?」
とぼけようとするイェルナクにディンキジクは顔から笑みを消し、イェルナクに挑みかかるように顔を赤くしながら叫んだ。
「だから言ったではないか!
奴らは我々に敢えて隙を見せ、蜂起させた。そして叛乱軍として討ち取るつもりだったのだ!アルトリウシアの連中はもちろん、サウマンディアもグルだったのだ!!」
「落ち着けディンキジク!
もしそうなら奴らは我々に補給物資など送り届けたりはしない!
エッケ島はとっくに戦場になって、我らも討ち取られている!」
「ならどうして我らが蜂起して二日後に到着できる!?
アルトリウシアに十二日に到着したということは、我々が蜂起した当日にはサウマンディウムを発っていたということではないのか!」
「違う!アルトリウシアへ到着したのは十二日の夕刻だ。ほとんど十三日だ。
彼らがサウマンディウムを発ったのは十一日の早朝で、蜂起した日に伝書鳩での通信を受けて部隊を送り出すのを決定したのだ!」
「どのみち早過ぎるではないか!
何の準備も打ち合わせもなしに、伝書鳩の通信文だけで即座に
「それは・・・」
イェルナクは言葉に詰まってしまった。
同じレーマ帝国とは言え、
実際のところはメルクリウス捕縛作戦の一環として、部隊を緊急派遣する可能性について事前に合意が結ばれており、領主代理としての権限を有する子爵公子アルトリウスの承諾もあって派遣が実行されていた。派遣される部隊がチューアの領域であるナンチンを通過することについても、メルクリウス捕縛作戦の一環で事前に手続きを踏んであり、法的には何の問題は無い。
しかし、今回のメルクリウス騒動で
「落ち着けディンキジク」
「か、閣下!」
今度はディンキジクがムズクに制止される番だった。
「確かに不可解ではあるが、イェルナクの言ももっともである。
補給物資とて送ってよこす道理がない。」
「そ、そうかもしれませんが・・・」
「彼奴らが何を考えておるのかはわからん。
貴公の申す通り、我らを
「・・・・・・」
「今は生き残りの途を探らねばならぬ。
この際、イェルナクの働きに間違いはない。
今我らが口にする
今は彼奴らの動向を探り、力を蓄えることに集中すべきである。」
幕僚たちは表面上は落ち着きを取り戻したようだった。だが、その表情は一様に暗い。
彼らが一番警戒しているのは
だからこそ、彼らを牽制するために
その牽制役となるべきサウマンディアが、ハン族が動く前に既にアルビオンニアに協力する形で動いていた。その事実はハン族の生き残り戦略を根底から揺るがしかねないものだったのである。
「イェルナクよ、今後どうすべきか
ムズクはイェルナクの意見を求めた。サウマンディアと
「閣下…い、今は状況が掴めません。
とにかく奴らを刺激せず、こちらを攻撃する口実を与えぬようにしながら、情勢を見極めるべきと存じます。」
彼らはまだ気づいていないが、イェルナクをはじめ
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます