第1318話 禁制品

統一歴九十九年五月十一日、夜 ‐ グナエウス砦陣営本部プリンキパーリス・ブルギ・グナエイ西山地ヴェストリヒバーグ



 グルグリウスの話を聞いた六人は一斉に目を大きく見開き、胸いっぱいに息を吸い込んだ。無論、グルグリウスの提案に感動してのことではない。彼らの顔には一様に、ロウソクの薄明かりでもアリアリと見て取れるほど驚愕の色に染まっていた。それだけグルグリウスの提案は突拍子もないものだったのである。


「マ、魔導具マジック・アイテムを!?」

「リウィウス殿に!?」


 五人の軍人たちが驚いたのはそこである。魔法効果を有する魔導具はこの世界ヴァーチャリアで製造されたものももちろんあるし、その一部は一般に知られ普及してもいる。レーマ軍が誇る魔導の大楯マギカ・スクトゥムなどはその好例だろう。魔法薬ポーションなどは量産され、民間にも広く普及している。

 しかし、只の普通の人間の戦闘力をハーフエルフに対抗できるほど高めるような魔導具など、ヴァーチャリア世界で複製できた試しはない。そのような魔導具はどれもゲーマーが《レアル》から持ち込んだものか、ゲーマーがスキルを用いて創り出したもの……すなわち聖遺物アイテムだけなのである。そして聖遺物は大協約によって禁制品扱いになっていた。特に世界の均衡を崩しかねない魔導具はムセイオンに集約され、管理されねばならないことになっている。

 もちろん、そんな魔導具なんて簡単には手に入らない。既に知られている危険な魔導具は全てムセイオンに収蔵されていたし、大協約体制に組み込まれていない蛮族が魔導具を所蔵しているケースもあるが、そういった品々はいずれも宝物として厳重に管理されていて簡単には出回らないものなのだ。

 ゆえに、本来なら「魔道具マジック・アイテムを持たせる」などと言われても通常ならば何かの冗談としか受け止められないだろう。だが今回それを口にしたのはグルグリウスだ。《地の精霊アース・エレメンタル》によって魔力を与えられ、地属性妖精の中でも上位の実力を持つグレーター・ガーゴイルへと進化を遂げた張本人である。そして妖精の中には自らの力で魔導具を作ることができる者もいる。グレーター・ガーゴイルがどうかは彼らは知らなかったが、妖精が魔導具を作ることができるなら地属性妖精の上位種族であるグレーター・ガーゴイルに出来ないと考えるのは無理があるだろう。つまり、グルグリウスが「魔導具マジック・アイテムを持たせる」と言ったなら、それはグルグリウスが創り出した強力な魔導具を持たせるということを意味していると考えるべきだ。


 そんなものをリウィウス一奴隷に!?


 話を聞いた彼らの頭が真っ白になってしまったとしても何の不思議もない。当のリウィウスはというと、予想もしていなかった大役面倒ごとが回って来そうなことに驚愕していたわけだが……


「何か問題でも?」


 不可解そうに小首をかしげながら、グルグリウスの目がリウィウスの腰あたりへ向けられる。その視線が自分の腰の革製ポーチに向けられていることに気づいたリウィウスは慌てて口に人差し指をあて、猛スピードで首を横にフルフルと振った。


 それはリュウイチから貰ったマジック・ポーチだった。一見すると幅六インチ(約十五センチ)、厚さ四インチ(約十センチ)、深さは八インチ(約二十センチ)ほどのサイズしかない只の革の鞄だが、蓋を開けたその口を通るものならどんなサイズのモノだって入れることができる魔法の鞄……マジック・ポーチマギクム・マルスーピウムである。言うまでも無く正真正銘の魔導具だ。

 だがそれが魔導具であるという事実は、それを受け取ったリウィウスら八人の奴隷とルクレティアの九人、そしてアルトリウス・アヴァロニウス・アルトリウシウス子爵公子らのごく一部の人間しかしらない。実を言うとそれを渡したリュウイチ自身もそれが魔導具だとは気づいていなかったが、リュウイチが魔導具だと知らずに彼らに渡したことを受け取った彼ら自身知らなかった。リュウイチが特別に秘密裏にくれたものだと勘違いしている。

 ことの経緯はともあれ、彼らは魔導具を持っていてはならないことになっている。厳密には彼らが魔導具を持つことを禁じる法律はないが、リュウイチには彼らに魔導具を渡さないでほしいとアルトリウスから要請され、リュウイチはそれを了承している。それなのにリウィウスが魔導具を持っていることが明るみになれば、リュウイチがアルトリウスとの約束を破ったことになっていまうし、リウィウスたちもポーチを没収されてしまいかねない。そんな事態は絶対に避けねばならなかった。

 幸い、五人の軍人たちの目はグルグリウスに集中しており、リウィウスのジェスチャーはグルグリウスしか見ていなかった。グルグリウスは触れない方がいいことに触れてしまったらしいと気づくと、フムと小さく溜息をつくと、サッと視線をリウィウスから逸らす。


「も、問題ですとも!

 聖遺物アイテムは全てムセイオンに納めねばなりません。

 魔導具マジック・アイテムとなればなおの事!

 それを一介の奴隷セルウスに与えるなど……」


「ですがぁ……」


 カエソーが苦笑いを引きつらせながら言うと、グルグリウスは納得しがたいと言いたげに再びリウィウスへ視線を向ける。

 リウィウスが纏っている鎖帷子ロリカ・ハマタはどう見てもミスリル製だ。確かに魔法効果は付与されていないが、ミスリル自体がヴァーチャリアでは精製できない特殊な金属。それでできた製品となれば、ゲーマーがスキルで創った物か《レアル》から持ち込んだもの出しかありえない。つまり聖遺物そのものだ。

 これ見よがしにミスリルの鎖帷子を付け、外出する時は更にミスリルのガレアも被っているのに、今更「魔導具マジック・アイテムは……」と言い出すのはグルグリウスには納得できなかった。

 不満げなグルグリウスの視線を追った五人はその行き着く先にミスリルの鎖帷子を見つけ、グルグリウスが何を不満に思っているのかようやく気付いて互いに目を見合わせる。


 た、確かにこれは……


 まさに聖遺物を身に着けている奴隷に新たに魔導具を持たせることを反対したところで、確かに納得しがたいだろう。


「た、確かに彼が着ているロリカはミスリルですが……」


 カエソーが恨めしそうな視線をリウィウスに注ぎながらなんとかグルグリウスに追い縋ろうとすると、リウィウスはまさかリュウイチから貰った装備を取り上げられるのではないかと心配になり、無意識に鎖帷子をまさぐる。

 グルグリウスはカエソーの言葉に驚いた。


「御存知だったのですか!?」


 聖遺物が何なのか、それらがムセイオンに何故収蔵されねばならないか……それくらいの人間の常識はグルグリウスもインプたちの集合知を通じて知っている。リウィウスやヨウィアヌス、カルスの三人がミスリルの防具を身に着けていることも、まだインプだった彼が『黒湖城砦館』ハーレ・デア・シュバルツゼーブルグの庭で捕まった時には既に気づいていた。禁制品であるはずの聖遺物を身に着けたホブゴブリンたち……そして聞いたことも無いほど強大な《地の精霊》……きっとこの三人は大協約の制約を受けない“例外”なのだ……そう思っていた。だからこそ魔導具を持たせても何の問題も無いと思っていた。なのにリウィウスに魔導具を与えるのはダメだという。だとしたら軍人たちはリウィウスの装備がミスリルだと気づいていないのか、だからリウィウスはマジック・ポーチのことを隠したがっているのか……そう思っていた。が、驚いたことにカエソーたちはリウィウスの装備がミスリルであることを知っている。


 これは、どういうことだ!?

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