深夜の密会

 結局、ミストラルとニーミアの正体が露見ろけんしたことで、僕たち一行はこれまでとは真逆の待遇を受けることとなった。


「みんなで宿泊できる部屋を準備してほしいわ」


 というミストラルの要望で、お屋敷をまるまる一棟借り受けた僕たち。

 これなら、最初から正体を晒していた方が都合が良かったのでは、と少しだけ疑問を浮かべてしまうけど。


「ですが、ミストさんの種族を最初に伝えていたら、有翼族の人たちに警戒されて村に案内されていなかったと思いますよ?」


 とルイセイネが言ってくれた。






「……それで、どういうことかな?」


 そして、深夜。

 僕はこっそりとお屋敷を抜け出して、村の隅に建つ倉庫の裏手に来た。

 なぜこんな場所に来たかって?

 それは、お屋敷の周りを彷徨うろつく怪しい気配に気付いて、追ってきたからです。

 ただし、相手は最初から僕に気配を読ませるつもりで、しかも追跡されるとわかっていて、ここへ誘導してきた様子だった。


 倉庫の影に潜む男に向かって声を掛ける。

 すると、男は躊躇いなく僕の前にその身を晒した。


「やっぱり、グエンか」

「やっぱりとは、酷い言われようだな?」


 わざと気配を読ませて僕をおびき出した男は、予想通りにグエンだった。


「で、何の用かな?」


 改めて聞き返す。

 だけど、話の主導権を取りたいのか、逆にグエンの方が問いかけてきた。


「いや、俺に聞きたい事があるのは、お前さんたちの方だろう?」

「そりゃあ、色々と聞きたい事はあるよ? だけど、呼び出したのはグエンの方なんだから、そっちから要件を言ってほしいな。それに、こちらには借りがあるんだからね?」


 陽が沈む前。グエンと再会した際に、知らない振りをしてあげた恩を忘れないでほしいよね?

 僕がそう言うと、グエンは苦笑して「まいった」と手を挙げた。


「まさか、お前さんたちとこんな辺鄙へんぴな場所で再会するとは思わなかったよ」

「僕たちだって、グエンとはもう会いたくなかったよ」

「嫌われたもんだ」


 だって、神族の国では色々と振り回されたからね!


「まあ、いい。それじゃあ、俺の方から言わせてもらおう」


 周囲の気配を探っても、怪しい者が潜んでいる様子はない。

 それでも、夜間は声が思った以上に響くので、僕もグエンも近づいて声をひそめながら話す。


かんの良いお前さんたちのことだ。既に予想はしていると思うが。俺は今、帝尊府に潜入捜査中だ」

「それってやっぱり、艶武神テユの命令で?」

「俺の今の上司は、艶武神様だからな」


 ベリサリア帝国を一代で築きあげたみかど。その最側近である艶武神テユ。グエンは、千眼せんがんの武神ウェンダーさんが退位した後に、テユの配下になったんだよね。

 ただし、正確に言えば艶武神としてのテユに仕えているわけではない。

 艶武神テユのもうひとつの顔。それは、貴族院という朝廷の機関の長官だった。

 つまり、グエンは貴族院長官の命令で帝尊府に潜入している。ということは、この地で暗躍している帝尊府の中に、ベリサリア帝国の貴族が含まれているってことなのかな?


「やはり、察しが良い。だが、それ以上は深く聞くな。俺にも言えない事がある。もちろん、お前さんたちにとって言えないようなことは言わなくて良いぞ」


 僕の推論を聞いて、グエンはそう答えた。


「俺はひとつ答えた。今度はこっちの質問だ。お前さんたち、こんな辺鄙な場所で何をしている? また家族旅行、ってわけじゃないんだろう?」

「ううーん……」


 何を話して、何を言わざるべきか。

 グエンは、言えないことは言わなくて良いと言ったよね。

 では、お言葉に甘えさせてもらいましょう。


「大雑把に言うとね。僕たちの友だちが魔族に捕まっているんだ。その友だちを救う条件があって、ここへ来たんだよ」

「へえぇ。友だちがねぇ?」


 ふむふむ、と何度か頷くグエン。


「なるほど。つまり、お前さんたちは魔族と交渉できる立場にいるってわけか。そういや、ウェンダー様から受けていた情報によれば、恐ろしい化け物を討伐した際に二人の魔王が参戦していたらしいな。なるほど、そういうことか」


 うわぁ。僕の薄い情報から、そこまで推察するなんてね。

 やっぱり、グエンは油断ならない曲者だよ。


「で、その友だちを救い出す条件とは?」


 言わなくても予想はできるがな。と口の端を上げるグエン。

 たぶん、グエンの言葉は本当だと思う。


 こう見えても、グエンは武神の配下に選ばれるような傑物けつぶつだ。

 超一流の戦闘技能だけでなく、頭も切れる。だから、この地での任務を任された時点で、緩衝地帯の地理や周辺国の事情くらいは頭に入れていると思う。

 そこに、僕が「魔族に囚われた友だちを救うため」と現れた。

 それだけで、色々と察したに違いない。

 僕が言う「魔族」とはどこの魔族なのか。魔族に依頼されて緩衝地帯に来た僕たちの目的が何なのか。


「うん、予想通りだよ。僕たちは、緩衝地帯で目立ち始めた神族の動きを探るように言われて来たんだ」

「やはりか。それで、この地で今、目立った動きをしている神族と言えば?」

「グエンが潜入捜査中の、帝尊府だよ」


 僕の答えに、グエンはにやりと笑みを浮かべた。


 さて、グエンはどう判断するんだろうね。

 グエン自身、神族ではあるけど、帝尊府ではない。あくまでも任務のために帝尊府を名乗っているだけだ。

 とはいえ、帝尊府も立派なベリサリア帝国の神民になるわけだから、僕たちの目的を知って、グエンはどう動くのか。

 場合によっては、この地でグエンと事を構える必要もあるかもしれない。


 だけど。と、僕はグエンのように、断片的な話から色々と推察していた。


 テユが、本土から遠く離れた緩衝地帯までグエンをわざわざ派遣した理由。

 もちろん、ベリサリア帝国の貴族絡みだとは思うんだけど。でも、それだけの理由で腹心を向かわせたりするかな?

 ベリサリア帝国の貴族が、帝尊府の中で何か悪巧みをしていたとして。だけど、この緩衝地帯はベリサリア帝国から遠く離れ、しかも同じ神族のカルマール神国でさえもない。

 まったく関係のない土地で誰がどう動いても、普通は気にしないはずだよね。

 それなのに、テユはグエンを派遣してきた。


 つまりさ。

 テユは、貴族だけでなく帝尊府がこの地で活動すること自体をわずらわしく思っているんじゃないかな?

 だとすると……?


「お前さんたちの目的は何となく察した。良いさ、大目に見てやる」


 と、グエンはあっさりと同じ神族を見捨てた。

 ただし、無条件で、というわけではない。


「俺は、お前さんたちの行動に目をつむる。ただし、お前さんたちは、俺が狙っている相手にだけは手を出すな。それが、今回の交換条件だ」

「狙っている相手?」

「いずれ、わかるさ」


 この村には、神族はグエンしか滞在していなかった。そして、他の帝尊府は別の村にいるらしい。

 だから、グエンが狙っている相手もその村にいるってことだよね?


 むむむ?

 標的としている相手が居ない村で、グエンは何をしていたのかな?

 セオールを通してスラスタールに天上山脈越えができるか探るように依頼を出していたみたいだけど。それって、他の帝尊府から離れて結果を待たなきゃいけないようなことだったのかな?


「どうやら、俺よりもお前さんたちの方が色々と聞きたいことが多いらしいな?」

「ぐぬぬ。悔しいけど、そうかな」

「なら、今のうちに俺に聞いておけよ。貸しにしてやる」


 うわぁ、グエンに借りとか作りたくないなぁ。と露骨に嫌そうな顔をしたら、グエンから「お前さんは感情がすぐ顔に出るな」と苦笑された。

 とはいえ、本当に色々と聞きたい事があったので、仕方なく質問してみる。


「それじゃあ。日中に気になっていたんだけどさ。なんでグエンはひとりでこの村に滞在しているのかな?」

「おおっと、そこからか」


 いきなり確信を突いてきやがる、とグエンが苦笑した。


「なあに、簡単なことだ。使いっ走りってことだよ」

「グエンが、使いっ走り? ……ということは、帝尊府の中にグエンへ命令を下せるような人がいるってことだね?」


 本来、帝尊府とは「ベリサリア帝国の帝こそが至高の存在」とあがめる思想を持つ者たちのことを指す。

 だけど、思想はより過激になり、なかには組織だって活動する者たちも現れ出した。

 僕たちも、ベリサリア帝国内を旅した時に、徒党を組んだ帝尊府に迷惑をかけられたよね。

 そして、グエンの今の話から、この緩衝地帯でも帝尊府は組織化された存在なのだと気付く。さらに、その組織の中にはグエンを使いっ走りにさせられるような大物がいる?


「もしかして、それがグエンの標的なのかな?」

「お前さんたちも、魔族の依頼を受けて行動しているのなら、いずれあの方と出会うさ」

「あの方ねえ」


 いったい、グエンの標的になっている人物とは、どんな人なんだろうね?

 テユが気にかけているくらいだから、きっとベリサリア帝国内でも有数の実力を持った貴族なのかもしれないね。


「ああ、そうだ。魔族とか神族とかって話で思い出したんだけどさ。セオールやスラスタールが言っていた、中立派とか神族派ってなにかな?」


 僕たちは、もう少し有翼族の文化や社会の仕組みを知っておかなきゃいけない気がする。じゃないと、日中のように話についていけなかったりするからね。

 グエンなら、有翼族のことも詳しいはずだ。


「奴らのことか。なら、貸しを追加で教えてやる」

「出世払いでお願いします!」


 出世する気なんて、無えだろうよ? とため息を吐きつつも、グエンは教えてくれた。


「奴らは、随分と変わっている。神族でも魔族でも、王や支配者が国を治めているだろう?」

「僕たちの故郷の人族の国でも、王さまが治めているよ?」

「だが、奴らは違う」


 この緩衝地帯で有翼族の国を纏めあげているのは、評議会ひょうぎかいという組織だと話すグエン。


「評議会の構成議員は、中立派が三人、神族派が三人、魔族派が三人の、合計九人で成り立ってる。セオールは、その中立派の三人の内のひとりで、評議会の議長ってわけだな」


 そこで面白いのが、中立派、神族派、魔族派と分かれているそれぞれ三人は、自己の利益や他派閥からの勧誘によって立場を変えない、ということらしい。


「つまり、中立派は何があっても中立で、神族派は魔族に誘惑されても神族派を貫くってこと?」

「そうだ。しかも、奴らの派閥は家系で決まっている。セオールの家系ならば、子々孫々ししそんそんと中立派ってな具合にな」

「なるほど、面白い政治形態だね」


 だからなのか。中立派の家系であるセオールが神族の便宜べんぎを図っていたから、スラスタールは問題だと口にしていたんだね。


「神族派の議員は、神族の意向をんで動く。魔族派は、魔族側の利益になるようにな」

「じゃあ、中立派は?」

「神族派、魔族派、お互いが神族や魔族の意向だけを考えて動けば、国が混乱して纏まらないだろう。そういう時に、中立派が両者の意見を汲んで、どちらを優先するか決めるんだよ」

「多数決で? だから、三人なのか」


 最終的に、中立派は有翼族のために議論して、魔族と神族のどちらに肩入れするか決めるんだね。


「王をえて国を支配しようとすれば、神族か魔族のうち、肩入れされなかった種族に必ず恨まれる。なら、責任を分散できる合議制ごうぎせいにしてしまえ、という政治形態らしいな」

「支持する種族を派閥で明確に決めておけば、相手にも自分の派閥の意見を主張しただけだって言い訳できるってことだね」

「しかも、家系で派閥が決まっている以上、相手からの賄賂わいろも意味を成さないからな」

「いくら賄賂を貰っても、寝返りできない仕組みなのか」


 魔族と神族の国に挟まれた緩衝地帯に暮らす有翼族が生み出した、有翼族ならではの発想だね。


「ちなみに、スラスタールは? あの人も、身分が高そうだったけど?」

「奴は、中立派の予備議員だな」

「予備議員?」

「各派閥の議員は、三人ずつだ。だが、情勢が情勢だからな。いくら派閥を明確にしていても、暗躍する者はいる」


 最悪の場合は、とグエンは自分の首を手刀で斬る素振りを見せた。


「神族派が魔族に襲われたり、中立派の意見を自分たち寄りにするために、都合の良い者を据えようと議員を襲ったりするわけだね……」

「どこの世界も、政治は血生臭いものさ。で、予備議員てのは、何かしらの理由で欠員が出た時のために、事前に選出されている奴らのことさ」


 ちなみに、予備議員の定員はないらしく、中立派だけでもスラスタールを含む十人が予備議員としてひかえているらしい。


「他に、聞きたいことは? こっちとしては、貸しはいくらあっても良いんでね」

「全部、出世払いの利息無しで!」


 ふっふっふっ。僕はもう八大竜王だし、竜神様の御遣みつかいだからね。これ以上は出世なんてしないだろうから、言ってみれば永遠に借りを返さなくて良いってことじゃないかな!?


「お前さん、何か悪巧みをしているだろう?」

「気のせいだよ?」

「さっきも言ったがな。お前さんは考えが表情に出るんだよ」


 しまった!


「そ、それは僕の罠だよ。本心を悟らせないための謀略に、グエンも引っかかったね」


 そういうことにしておいてやる、と苦笑するグエン。


「もう他に聞きたいことがないのなら、俺は行くぞ?」

「ああ、最後にもうひとつ。それと、忠告を」

「忠告だ?」

「忠告は、最後に。その前に、もうひとつだけ教えてほしいな。この村から天上山脈まで、随分と立派な道が続いているよね。有翼族は飛べるのに、なんで道がしっかりと整備されているのかな?」


 わだち跡の残る道。荷車を引いて、有翼族はいったい何を、運んでいたのか。

 この村に着いて、薄々とは勘付いていた。


 あの道か、とグエンは口の端を上げる。


「あれは、有翼族どもが山脈の向こうから狩ってきた奴隷を、馬車に乗せて運んでくるための道だ」

「……やっぱりか」


 有翼族は、天上山脈を越えた西の人族の文化圏まで足を運んで、奴隷狩りを行なっていると事前に聞かされていた。


「そこで、俺の依頼にも繋がるんだが。どうやら、奴らは秘密の抜け道を持っているようだな。素直に山脈を越えようものなら、化け物の襲撃を受けてしまう。そこで、どこぞに作った抜け道を使って、奴隷どもを山脈の向こうから連れてくるらしい。帝尊府は、その抜け道を知ろうとしているようだ」

「抜け穴がある!?」


 有翼族も口にしていた山脈の化け物とは、きっと東の魔術師モモちゃんのことだろうね。

 たしかに、モモちゃんであれは奴隷を連れて天上山脈に入った有翼族には容赦しないはずだ。それなのに、昔から今に至るまで、有翼族は西側でも奴隷狩りを行なってきた。

 ということは、モモちゃんさえも把握していない抜け道が存在するんだね。


「よし、モモちゃんに教えてあげて、潰してもらおう」

「何か言ったか」

「ううん、何でもないよ。独り言。それじゃあ、最後に」


 と、僕は深夜の夜空を見上げた。


「潜入捜査をこれからも穏便に進めたいなら、無駄な抵抗はせずに逃げた方が良いよ?」


 どういう意味だ、とグエンも僕の視線を追って夜空を見上げた。

 そして、露骨に表情を強張こわばらせる。

 巨大な影が、高速で夜空を過ぎった。


「飛竜か!」


 大変だ!

 飛竜が村を見つけて、襲撃してきたよ!!


 深夜。静まり返った有翼族の村の上空に、荒々しく恐ろしい咆哮が鳴り響いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る