春風に見守られて

 僕たちの、これまでの歩み。世界を俯瞰ふかんするような超越者ちょうえつしゃとの出逢い。そして、可能性を認められて、不老長命の命を授かったこと。

 慎重に、それでいながら出来る限り丁寧に、経緯を話す。

 リンゼ様は、最初こそとても驚いたように聞いていたけど、次第に何か納得した感じで僕やマドリーヌ様の話を呑み込んでくれていた。


「僕は、これから家族として迎えるマドリーヌ様とセフィーナさんにも、同じような命を手に入れてもらいたいと思っています」


 とても難しい試練だ。

 なにせ、僕たちだって不老長命の命を最初から望んで授かったわけではないからね。ミシェイラちゃんと出逢い、それまでの出会いとこれからの可能性を見出みいだされて、運良く授かったとも言える。

 そんな特殊な試練を、僕たちはマドリーヌ様とセフィーナさんに課したわけだ。

 話を聞いたリンゼ様は、マドリーヌ様をしっかりとした瞳で見つめた。


「マドリーヌ、覚悟はできているのですね?」

「はい、もちろんです。私とセフィーナは、必ずこの試練を乗り越えてエルネア君と結婚いたします」


 マドリーヌ様も、迷いのない瞳でリンゼ様を見つめ返す。

 そしてしばし、静かな空気が室内を満たした。


 マドリーヌ様とは、これまでに長い時間をかけて話し合ってきた。覚悟を問うような問答も、何度となく繰り返してきた。

 だから、今さらマドリーヌ様の心が揺れ動くことはない。

 リンゼ様も、マドリーヌ様の性格をよく知り尽くしている。

 だから、余計な質問や不要な問い掛けは必要ないんだろうね。

 ただ純粋に、お互いの瞳を見つめ合って、覚悟と決意、そして信頼を確認し合う。


 僕は、マドリーヌ様とリンゼ様が納得し合うまで、大人しく待つしかない。


 植物がたくさん飾られた居間に、春の気持ち良い風が吹き込む。

 色とりどりのお花が、二人を見守るように優しく揺れる。

 少し傾き始めた太陽からの陽射しに照らされて、観葉植物が緑豊かに輝いていた。


 僕は、十年後も百年後も、これから先のずっと、妻たちとこうして世界の息吹いぶきを感じていたい。

 もちろん、その「妻たち」のなかに、マドリーヌ様やセフィーナさんが加わってくれることを願っている。

 そして、試練を克服するためには、僕たちも全力で協力する。


 長いような、短いような。不思議な時間が静かに流れていった。

 マドリーヌ様とリンゼ様は、見つめ合ったまま。

 僕は黙って経過を見守り続ける。

 ニーミアとアレスちゃんも、無言で二人の意思疎通を見届けていた。


 そして。風の音や植物たちのささやきだけに満たされていた空間を最初に破ったのは、リンゼ様だった。


「わかりました。貴女の覚悟を、認めましょう。立派に克服し、竜王様の妻として支え合うのですよ」

「はい、もちろんでございます!」


 リンゼ様が慈愛に満ちた笑みを浮かべた。それを見て、マドリーヌ様が瞳に涙を浮かべる。

 お師匠様に認めてもらえたことが、何よりも嬉しいんだろうね。

 マドリーヌ様は涙を拭うと、今度は隣に座って見守っていた僕を見た。


「エルネア君、これからもよろしくお願いいたしますね」

「はい、こちらこそ。全力で協力するので、必ず克服しましょうね」

「お手伝いするにゃん」

「きょうりょくきょうりょく」


 邸宅中に飾られた花々や植物たちも、マドリーヌ様を後押しするように賑やかに風に揺れていた。


「それで、お師匠様。エルネア君と婚姻を結ぶにあたって、私は巫女としてどのような試練を受けなければいけないのでしょうか?」


 聖職者が複数の伴侶はんりょを持つ者と結婚する場合は、過酷な試練を受けなければいけない。

 ううん、過酷、とは過小表現だね。無理難題と言って良い。

 伴侶になる者は、聖職者と二人だけで「満月の花」というこの世に実在しない伝説の花を探し出してこなきゃいけない。それが無理だというなら婚姻は認められず、また、一度旅立ってしまえば、満月の花を見つけるまで戻ってくることさえも許されない。


 だけど、僕はルイセイネと結婚する際に、その「満月の花」を見つけ出した。

 一緒に冒険した勇者のリステアとセリースちゃんと合わせて、僕たちは神殿の試練を克服した経験がある。

 だけど、試練を克服したことがあるからといって、巫女様と何人も際限なく結婚して良いのかな? というのが、僕やマドリーヌ様の考えだ。

 やはり、神殿のしきたりに従うのであれば、五人の妻を持つ僕は、巫女であるマドリーヌ様と婚姻する際には新たな試練を受けなきゃいけないと思うんだ。


 とはいえ、また「満月の花」を見つけてくる、なんて試練は意味がない。

 なにせ、探せと言われた直後に見つけ出せちゃう自信があるからね!

 リンゼ様の邸宅内であれば、尚更です。


 そんな事情で、僕やマドリーヌ様はリンゼ様に助言を求めた。

 すると、リンぜ様は少し不思議そうに僕やマドリーヌ様を見つめた後に、可笑おかしそうに笑い出した。


「ふふふ、何を今さらでしょう?」

「お師匠様……?」


 リンゼ様の笑みの理由がわからずに、僕とマドリーヌ様は揃って首を傾げる。

 すると、リンゼ様が思いもよらないことを口にした。


「貴女もエルネア様も、既に女神様の試練をお受けになられているではありませんか」


 僕とマドリーヌ様が、既に試練を受けている?

 それはつまり……?


「寿命を克服すること。マドリーヌは、この試練を克服しなければエルネア様と結婚できないのでしょう? では、それこそが女神様のお与えになった試練ではありませんか」

「あっ!」


 盲点もうてんでした、と瞳を見開いて驚くマドリーヌ様。

 その様子を見て、リンゼ様がさらにころころと笑う。


はたから見れば、無理難題でしかない試練です。ならばこそ、婚姻の試練に相応しいでしょう。そして、これが女神様の試練であるというのなら、克服できない理由はないでしょう?」

「はい、仰る通りです、お師匠様!」


 マドリーヌ様は、涙を流して感動していた。

 リンゼ様の優しさと、信頼に対して。


 リンゼ様は、マドリーヌ様の師匠として、この上なく過酷な試練を提示してくださった。そして、それは女神様からの試練だと明言してくれた。

 聖職者なら、女神様の試練は必ず乗り超えられるよね。

 だから、リンゼ様はマドリーヌ様が立派に試練を克服し、僕と結婚できると信じてくれているんだね。


「マドリーヌ様。リンゼ様は素晴らしい試練を与えてくれましたね。ようし、僕も頑張りますから、必ず克服しましょう!」

「はい。セフィーナと一緒に、ですね」

「そうして、いつでも他の人のことを気遣えるのがマドリーヌ様の素敵なところですね」

「ふふふ、そうでしょう?」


 僕とマドリーヌ様だけの試練ではない。今回は特殊で特別な女神様からの試練だ。

 僕が新たに巫女様と結婚するための試練。それは、伴侶となるマドリーヌ様、そしてセフィーナさんの二人が不老長命の命を授かること。

 ただし、満月の花を探す二人だけの試練とは違い、さらに三人だけで挑むのでもなく、家族全員で試練を克服しても良い。


 満月の花を探す試練よりも遥かに難しい。だけど、絶望的ではない。

 僕たちなら、必ず試練を乗り越えられる!

 硬く誓い合う僕とマドリーヌ様を、リンゼ様は優しく見届けてくれた。


「よし、早くみんなのところに戻って、作戦会議をしなきゃね」

「早くしないと、私もセフィーナもおばあちゃんになってしまいますよ?」

「そんなに長くは待たせませんよ! でも、お二人がおばあちゃんになっても、僕は愛してますからね?」

「むきぃっ、双子たちよりも歳を取るのは嫌ですっ」

「それが本心かっ」


 やれやれ。竜の森を出発する時はあんなに落ち込んでいたマドリーヌ様なのに、今ではこんなに前向きになっちゃって。と僕が漏らす。

 すると、すかさずリンゼ様が話に飛びついてきた。


「まあ。マドリーヌが落ち込んだ? エルネア様、詳しくお聞かせくださいね?」

「喜んで!」

「エルネア君!?」


 わだかまっていた不安が晴れた僕たちは、賑やかに時間を過ごした。

 ニーミアとアレスちゃんも、おやつを作ってもらったりして大満足だった。

 そして、夕方になり。


「そろそろ、おいとまさせていただきます」


 あまり遅くなると、ヴァリティエの本宅で待つ人たちにも心配をかけちゃうからね。ということで、名残惜なごりおしいけど帰らなくちゃいけない。

 とはいえ、街中を僕とマドリーヌ様が一緒になって移動していると、また大騒ぎになっちゃう。

 ということで。


「マドリーヌ様、後で馬車を呼んできますね」

「はい、お願いいたします。ここからですと、自宅よりも大神殿に寄っていただいた方が、馬車を手配する場合は早いです」

「わかりました」


 今から帰るのは、僕だけです。

 そして、大神殿かマドリーヌ様の自宅に戻って馬車を手配してもらい、リンゼ様の家に迎えに行ってもらう。というのが、さっき決めた今後の流れだった。


「エルネア様、またいらっしゃってくださいね?」

「今度は、もっと大勢で遊びに来させてもらいますね。ああっ、でも、大騒ぎになっちゃうかも!?」

「おやまあ、それは今から楽しみですね」


 リンゼ様とお別れの挨拶をして、玄関先まで見送ってもらう。

 そして、帰路に就く。


 その前に。


 僕は改めてリンゼ様に向き直ると、ひとつ確認を入れた。


「リンゼ様、厚かましい質問になってしまいますが、どうか正直にお答えください。僕たちの秘密を知って、今、どのようにお感じでしょうか?」


 人族の平均寿命は、約五十歳だと言われている。だけど、リンゼ様は既に六十代で、その平均寿命を大きく越えられていた。

 僕たちが授かった「不老長命」の話を聞いて、人族の平均よりも長く生きたリンゼ様はどう感じているのか。

 もしも、弟子や僕なんかが手に入れられるようなものであるのなら自分も、なんて思っていた場合には、僕たちは責任を負わなきゃいけない。

 だから、僕はリンゼ様の本当の気持ちを聞いておかなきゃいけないんだ。


 だけど、僕の不安を一蹴するかのように、リンゼ様は微笑んでくれた。


「たしかに、魅力的なお話でしたね。ですが、私には興味のないことですよ。なにせ、私は早く女神様のおひざもとに行けることを願っているのですから」

「ああ、なるほど。女神様にご奉仕してきた巫女様らしい、素晴らしいお気持ちですね!」


 世界に生きる者たちは、死後に女神様のお膝もとに召し上げられて、安らぎを得る。それが、神殿宗教の教えであり、巫女頭にまで昇り詰めたリンゼ様の、究極の目標なんだね。

 だから、不老長命になって女神様のお膝もとへ召し上げられなくなっちゃったら、困るわけだ。


「改めて、色々と考えさせられました。ありがとうございます」

「いいえ、私などが教えられるようなことは、微々たるものです。それでも、困難な道を進む貴方がたのお力にはなれますから、どうぞまたいらっしゃてくださいね」

「はい、また遊びにきます!」


 もう一度、お別れの挨拶をすると、僕はお花いっぱいのリンゼ様のご自宅を後にした。

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