僕が緊張するだなんて!?

 勇者リステアと相棒のスラットンが「行こう! 魔族の国の秘密の旅」の仲間に加わった。

 ということが要因ではないけれど。

 せっかく来たのだからと、勇者さまご一行は僕の家にそのまま泊まることになった。

 使用人さんたちが、手慣れた様子で素早く宿泊の準備をしてくれる。

 どうやら勇者さまご一行のみんなは、僕が不在でもよくこの屋敷に遊びに来ているみたいで、お泊まりすることも多いみたい。


 僕だけじゃなくて、父さんや母さんやお屋敷のみんな、それに僕の実家を利用している竜族や獣人族のみんなとも交流を持ってくれているみたいだ。

 こうしてみんなが繋がっていて、その交流に僕の実家が使われていることが嬉しいよね。

 そして、普段から僕の実家を訪れている人たちの中には、王族の方々も含まれていた。

 母さんは「高貴な方々に合わせた行儀作法や言葉使いは苦手だよ」なんて言うけど、王妃さまたちとお茶飲み友達になっているんだから、意外とり手だよね。

 ちなみに、父さんも王さまとよくお酒をみ交わしているらしい。


 さて。僕の実家を取り巻く事情はこのくらいにしておいて。


 リステアたちの相手をしながら待っていると、にわかに玄関先が騒がしくなった。

 どうやら、王さまご一行が到着したらしい。

 お忍びで帰郷している僕やセフィーナが出迎えることはできないので、代わりに母さんたちが玄関の方へと向かってくれる。

 僕とセフィーナとマドリーヌは、カレンさんに先導されて、改めて応接室に移動した。


 接待用の豪華な長椅子の前に立ち、セフィーナのご両親が入室するのを待つ。

 どくんっ、どくんっ、と胸の鼓動を強く感じるくらい緊張していることを、そこでようやく自覚した。

 やっぱり、結婚の前の挨拶は何度経験しても緊張しちゃうみたいだね。

 でも、その緊張をセフィーナとマドリーヌだって乗り越えたんだから、ここで僕が弱さを見せるわけにはいきません!


「ふふふ、エルネア君、そんなに緊張することはないわよ? お互いに知らない仲でもないのだしね」

「でも、ここは男としてちゃんと挨拶しなきゃいけないから、気は緩められないよ?」

「あら? それじゃあ立派な挨拶を期待しているわね?」

「わわっ、セフィーナが僕に無茶を言ってきたよ?」

「エルネア君、セフィーナのご両親の次は私の両親と神殿関係者にもお願いしますね? ああ、メアリの説得もお任せします」

「メ、メアリちゃんの説得!? 難易度がどんどん上がっているよ!」


 慌てる僕を見て、セフィーナとマドリーヌが可笑しそうに笑う。

 僕も、ついほほほころばす。

 その時、唐突に扉が開かれて、豪奢ごうしゃな衣装の人物たちが入室してきた。

 慌てて姿勢をただす僕。


 しまった!

 セフィーナとマドリーヌとの会話に意識が向いている内に入室の合図があったみたいだけど、聞き逃しちゃっていたよ!


 緩んでいた頬に力を入れて、真顔になる。

 でも、慌てすぎていたみたいで、緩んだ口もとの表情と頬の急な緊張の間で、僕は奇妙な表情になってしまう。

 あああっ、肝心な場面なのに!

 焦る僕。

 必死に表情を整えようとするけど、こういう時に限って上手くいかない。

 終いには、極度の焦りで目もぐるぐると回り始めて、視界が揺れ始めた。

 そして揺れる視界が、入室してきた方々を無情にも捉える。


 王妃さまは、僕の奇妙な表情を見てくすくすと笑っていた。

 だけど。

 隣の王さまは……

 見たこともないような真面目な表情で、僕をじっと見つめていた!


 ああ、どうしよう!

 大切な場面だというのに、僕がふざけていると思われちゃったのかな!?

 こんな情けない僕のお嫁さんにセフィーナは相応しくないなんて思われちゃったのかな!?


 ど、どうしよう!?


 内心で更に慌てふためく僕。

 ええっと、先ずは急なお呼び出しのお詫びをして、それからセフィーナとの結婚の許しを得るためにお話しをして……あれ?

 挨拶の言葉を忘れちゃった!

 あんなに必死に考えて、覚えてきたのに!


 あああぁぁっ!

 どど、どどどど、どうしよう!!


 緊張を通り越して、意識が朦朧もうろうとしてきたよ!

 内心で、今まで経験したことのないくらいに右往左往してしまう僕。

 それでも歴戦の経験が活きたのか、表面的にはなんとか持ちこたえていた。

 だけど、僕が立ち直ろうとしている間にも、王さまと王妃さまは僕たちの正面まで歩いて来て……


 そして、王さまと王妃さまが、僕の前でひざまづいた!


「ええええっ!? 王さま! 王妃さま?」


 訳がわからずに、僕はとうとう悲鳴をあげてしまう!

 なんで王さまと王妃さまが僕に跪いているのかな!?


 セフィーナとマドリーヌも驚いたように、アームアード王国の支配者が跪いた姿を見ていた。

 そんな困惑している僕たちに、王さまがおごそかに口を開く。


「この度は、我が国をお救いくださり感謝の至りにございます。また、竜神様の御遣いたるエルネア様に我が娘をめとってもらえる栄誉に、喜びのあまり心が震えるばかりでございます」

「お、王さま!」


 僕は慌てて自分も膝を突き、王さまに声をかける。


「よ、よしてください。僕は王族の方々に跪かれるような大逸だいそれた者でないですよ! むしろ、セフィーナさんと結婚させてもらう僕の方が……」

「いいえ、何を仰る。エルネア様は、一度ならず二度三度とアームアード王国をお救いくださった大英雄です」


 深々とこうべれる王さまと王妃さまの姿に、僕は困り果ててしまう。


 たしかに、結果的に見れば僕はアームアード王国を何度か救ったかもしれない。

 魔族の侵攻。妖魔の王の襲来。伝説的な魔物の強襲。

 だけど、そうした亡国の危機から救った成果は、僕ひとりが成したものじゃない。

 僕の家族、仲間、そして協力してくれた多くの者たちがいたからこそであって、けっして僕自身が王族の方々に跪かれるような存在になったわけじゃないですよ!


 内心では、どうやってセフィーナとの結婚のお話をしよう、と焦っている僕だけど。でもその前に、王さまと王妃さまには立ってもらわなきゃいけないと、どうにか説得を試みる僕。

 膝を突いて、王さまと同じ目線で僕は話す。

 竜神さまの御遣いとなったけど、人としての礼節を失ったわけじゃない。

 今日は、僕が王さまとセフイーナの実母さまに挨拶をしなきゃいけない立場なのだから、どうか立ってほしいと。


 僕自身が内心の困惑から立ち直って落ち着く必要もあって、ゆっくりとした口調で王さまと王妃さまに言葉を向けた。

 それが功を奏したのか、王さまと王妃さまは納得してくれて、ようやく立ち上がってくれた。


「面目ない。わしは、先ずエルネア様に国の王として感謝の意を示すべきだと一方的に行動してしまったようだ」

「僕のことは、これまで通りの呼び方でお願いしますよ、王さま。僕の心は変わらずアームアード王国の国民なんですからね?」

「そう言ってらえて、わしは心から嬉しく思う」


 お互いに誤解のない意思の疎通ができたら、自然とこれまでのような関係に戻っていく。

 立ち上がった王さまは、僕にこれまでのような親しみのある笑みを向けてくれた。

 僕も、相手は王さまだけど、既に妻としているユフィーリアとニーナのお義父さんとして向き合う。


 だけど、セフィーナの実母であるセレイアさまとは、まだ最後の一線が残されていた。


 僕は先ず王さまと、正しい礼儀作法に則った挨拶を交わす。

 そして、いよいよセレイアさまに向き直った。


「セフィーナさんのお母様」


 はい、とセレイアさまは真面目な表情で僕を見つめ返す。

 僕は、セレイアさまの視線から逃げることなく真摯な眼差しを返しながら、大切な言葉を口にした。


「僕は、セフィーナさんを愛しています。これまで彼女と何度も話し合い、お互いに永遠の愛を誓い合いました。ですので、僕はセフィーナさんと結婚したいと思っています」


 だけど、と僕は包み隠すことなく全てをさらけ出す。

 僕は既に、五人の妻がいること。

 今度は、セフィーナだけでなくマドリーヌとも結婚しようとしていること。

 父に疑念を持たれたこと。けっして、僕は欲に溺れたわけじゃないということも話した。

 半分以上は、既に周知の事実なんだけど。

 でも、僕は改めてセレイアさまに説明する義務があると思ったんだ。

 だから、全部話した。


 そして、改めて言葉をつむぐ。


「僕は、セフィーナさんと結婚したいと思っています。セレイア様、どうかお許しをいただけませんでしょうか」


 誠心誠意、心を込めて話したつもりだ。

 僕は、セレイアさなに頭を下げた。

 隣に並んだセフィーナも、深々と頭を下げる。


 僅かな沈黙が流れた。


 先ほどとは比べようもないくらいに激しく胸の鼓動が鳴っていた。


 心を乱さないように、深く息をする。

 緊張に震える手脚に力を入れて踏ん張る。


 セレイアさまは、不愉快に思っていないかな?

 一夫多妻の僕をどう思っているのかな?

 不安がどこからともなく湧いてくる。


 ふと、頭に手の感触が伝わってきたのはその時だった。


「ふわふわの、柔らかい栗色の髪。愛らしい少年」


 ふふふ、と僕の頭を優しく撫でる手から、微笑みが伝わってきた。


「血の気の多い、私の娘。誰に似たのかと、母としてずっと心配していたのです。いつになっても素敵な殿方との恋の噂のひとつも伝わってこないセフィーナには、いったいどのような男性が相応しいのかと思う日々でした。ですが、そうなのですね。こんなに可愛い少年が、セフィーナには最も相応しい人だったのですね。道理で、セフイーナに負けじと威勢を張る殿方たちは見向きもされなかったはずです」

「か、母様かあさまっ!」


 隣から、セフィーナの悲鳴があがる。

 セフィーナの悲鳴に、更にふふふと笑うセレイアさま。


「エルネア君」

「はい」


 名前を呼ばれて、僕は下げていた頭を上げた。

 だけど、頭を撫でるセレイアさまの手はそのままだ。

 セレイアさまは僕の頭を撫でながら、涙を流しながら微笑んで、言ってくれた。


「セフィーナの母として、嬉しく思います。こんなに可愛い少年がセフィーナの夫となり、私の新たな息子になるのですからね?」

「セレイアお義母さん!」

「まあ、嬉しい!」


 セレイアさまは、僕にとっても新しいお母さんだからね!

 セレイアさまは僕に呼ばれて、嬉しそうに抱きしめてくれた。

 僕も、セレイアお義母さんを抱きしめ返す。


「許します。むしろ、献上します。好きなだけ持っていってくださいね? セフィーナが生き遅れにならなくて本当に良かったわ」

「母様っ!」


 娘に向かってなんてことを言うのよっ、とセフィーナが抗議の声をあげると、王さまが愉快そうに笑い出した。


「そうだな! 王族の姫が生き遅れたら悲惨だからな。わはははっ、だがわしはそれほど心配していなかったぞ? 一番に心配していたユフィとニーナが先にエルネア君の嫁になったのだから、いずれセフィーナも良い相手が見つかるだろうと思っていた。だが、いやしかし。ユフィ、ニーナ、セフィーナという問題ばかりの姫を三人全員エルネア君が引き取ってくれるとはな。父親として、わしも嬉しいぞ!」


 と、王さまが笑いながら言ったら!


「貴方っ! 娘たちに対してなんて言い方なのかしら!」

「お父様! 問題ばかりの姫だなんて失礼よ? ユフィ姉様とニーナ姉様に告げ口するわね?」


 と、愛する妻と可愛い娘から抗議の声が上がった!


 そして、セフィーナの告げ口宣言に顔を青ざめさせて言い訳をし出す王さま。

 僕とマドリーヌは、そんなアームアード王族の様子を見て、遠慮なく笑っていた。

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