勇者さまご一行の活動指針

「セリースちゃん、クリーシオ、落ち着いて。みんな、何が起きたのか教えてくれる?」


 僕は慌てて、勇者さまご一行の揉めごとを仲裁しようと飛び込んだ。

 廊下の先で揉めていたのは、四人だけじゃなかった。

 リステアの妻であるキーリとイネアとネイミーも居て、その全員がリステアとスラットンに怒りの矛先を向けていた。


 僕は、一番に怒った様子のセリースちゃんとクリーシオと、怒られて困惑しているリステアとスラットンの間に割り込む。

 セフィーナとマドリーヌも加わってくれて、取り敢えず四人を近くの空いているお部屋に移動させた。


 カレンさんが素早く温かい飲み物を準備してくれる間に、僕たちはことの事情を聞き出す。


「スラットンは王城へ行った後に家に戻って、私たちにエルネア君が戻ってきたことを知らせてくれたのよ」


 最初に口を開いたのは、クリーシオ。

 僕の実家へ走ってくれたスラットンの、その後のことを話してくれる。

 スラットンは、予定通りに王城に行ってくれたみたいだね。そして、クリーシオやセリースちゃんにも僕たちのことを知らせるために、自分の家とリステアの家にも向かったみたいだ。


「夜分でしたが、エルネア君にお会いしたいと思って、私たちはこうして遊びに来たのです」


 王さまや王妃さまは、まだ僕の実家には到着していない。

 突然の知らせだったからね。王族にもなると、それなりの準備や支度したくが必要になるから、そう簡単には動けない。

 だけど、身重みおもだけど王さまたちよりかは身軽なセリースちゃんやクリーシオなら、直ぐに動ける。

 きっとセリースちゃんやクリーシオは、王族の方々が僕の家に到着するまでの短い時間を狙って、僕に会おうとしてくれたんだろうね。


「ですが、道中の馬車の中で聞いたのです」


 妊婦さんに長い距離を歩かせるわけにはいかない。それに、勇者様ご一行が王都を歩いていたら、夜でも騒ぎになっちゃうからね。それで、セリースちゃんたちは馬車でここまで来たみたい。

 だけど、その道中で問題が起きたみたいだ。


「お馬鹿スラットンから聞いたのよ。エルネア君と竜の森で交わした経緯を」


 と、クリーシオがスラットンを睨む。

 スラットンは、へびに睨まれたかえるのように固まったまま、視線だけで僕に助けを求めてきた。


「ええっと、僕たちの経緯というと? 妖魔の件かな?」


 あれはリリィが悪いんだよ。と説明したけど、セリースちゃんに「そのお話ではありませんよ」と否定された。

 そしてセリースちゃんも、夫のリステアに厳しい視線を向ける。


「エルネア君は、相変わらず色々な騒動に巻き込まれているようですね? 今度は、魔王の騒動に関わるのだとか」

「あっ!」

「エルネア君の配慮は嬉しいわ。私やセリースの心配をしてくれるなんて、流石は竜神様の御遣い様ね?」

「ええっと……」


 セリースちゃんやクリーシオは、僕に対してはいつものような優しい笑顔を向けてくれるけど、愛する夫にはなぜか厳しい視線を向ける。

 その理由がなんとなくわかって、僕はリステアとスラットンに申し訳なくなってしまう。

 僕が口を滑らしたからだ。

 スラットンは、竜の森での僕たちの会話を、勇者さまご一行のみんなに話したんだね。


 僕は、狂淵きょうえん魔王の件をスラットンやリステアが家族に話すのは問題ないと思っていた。

 勇者さまご一行のみんなのことを信用しているからね。

 だから、スラットンがクリーシオたちに話したことは特に問題だとは思っていない。

 だけど、男の僕たちと、女性のセリースちゃんたちでは、狂淵魔王の件の捉え方が違っていたみたいだ。


「私もクリーシオも、それにキーリたちも、軟弱なんじゃくな勇者やその相棒なんて見たくはないのです」


 と言い切ったセリースちゃんが、夫のリステアに言う。


みごもっている私やクリーシオの心配をしてくださるのは嬉しいのですよ? ですが、私たちを言い訳にして、小さな冒険や簡単な依頼しか受けないような勇者は嫌いです」

「だ、だが、セリース……」


 困った様子のリステアが何か言いかけようとするのを、セリースちゃんが手で制する。


「リステア。いま貴方が口にしようとしたことが何か、私たちは理解していますよ? でも、それは貴方たちの行き過ぎた配慮なのです」


 リステアやスラットンは、妊娠しているセリースちゃんやクリーシオのかたわらに寄り添って、精神的に支えてあげようとしていた。

 だけど、それこそが行き過ぎた配慮なのだとセリースちゃんは断言する。


「では、どうするのでしょうか? 次にキーリかイネアかネイミーが妊娠したら、貴方は行動を自粛するのですか?」

「私が第二子を妊娠したら、スラットンはまた冒険に出なくなるの?」

「そ、それは……」


 クリーシオの厳しい視線を受けて、スラットンは口籠くちごもる。


「私やセリースや他の誰かが妊娠するたびに貴方たちが行動を自粛すると言うのなら。それでは、いったい何時になったら勇者とその相棒としての活動に戻ることができるのかしら?」


 クリーシオの言葉に、うっ、とリステアでさえ息を呑む。


「私もセリースも他のみんなも、リステアとスラットンには勇者とその相棒として相応しい行いをしていてほしいのよ。それなのに、魔王の件を知りながら、私たちを理由にして見て見ぬ振りをするつもりかしら?」

「他種族、他国の問題だとしても、勇者として放置して良いのですか? 私は、そんな人は勇者だとは思いません」


 セリースちゃんとクリーシオに責められて、リステアとスラットンは視線を床に落とす。

 セリースちゃんとクリーシオの言い分は、たしかに理解できる。

 スラットンのお嫁さんはクリーシオだけだけど、リステアには他にも三人のお嫁さんがいるよね。その誰かが新たに妊娠したら、もしくは第二子や第三子の解任のたびにリステアとスラットンが行動を自粛していたら、勇者としての活動に支障が出てしまうことはたしかだ。


 でも、だからといってリステアやスラットンが一方的に攻められるのは理不尽に感じてしまう。

 だって、そもそもの原因を作ったのは僕なんだから。


「ちょっと待ってね。狂淵魔王の件は、僕が悪いんだよ。ついうっかり、口を滑らせちゃったから。僕が余計なお話をしなければ、リステアとスラットンは知らないままだったんだ。それに、二人はセリースちゃんやクリーシオのことを本当に心配して……」

「いいえ、エルネア君。それは違いますよ。経緯はどうであれ、知ってしまったのならリステアには勇者に相応しい決意と行動が求められるのです」

「スラットンも、リステアの右腕としての自覚が必要なのよ。それなのに、ねえ?」


 クリーシオに睨まれたスラットンが、とても小さくなっていた。


「いずれは自分も竜王になる? 来年の竜人族の戦士の試練に参加する? 今の体たらくで言われても、お子様が威勢を張っているようにしか聞こえないわよ、スラットン? エルネア君に遅れをとってくやしいのなら、少しでもエルネア君の行動を見習って成長してちょうだい!」

「うっ……」

「リステアもですよ? エルネア君の名前は、歴史に深く刻まれるでしょう。私たちは、その親友として貴方の名前が後世に残っていてほしいのです。ですから、勇者としての活動を私たちを理由に自粛してほしくないのです」

「あ、ああ……」


 リステアも、セリースちゃんの前でまるで子供のように反省し切っていた。

 そして僕も、リステアとスラットンを巻き込んでしまった責任で、胸が痛い。


「ごめんね、リステア、スラットン」


 僕が謝ると、リステアが小さく首を振る。


「いや……。俺たちが間違っていただけだ。そうだよな。セリースは俺の妻だし、クリーシオはスラットンのお嫁さんだ。だとしたら、彼女たちは俺たちが心配するような弱い女性じゃない。俺たちがすべきことは、生まれてくる子供たちに自慢できるような大活躍を見せて、セリースたちを鼓舞することなんだな」

「ちっ。俺様としたことが、クリーシオの心を見誤っちまったぜ。お前は、つつましい俺なんて見たくないよな? 俺の馬鹿さにれてくれたというのに、俺がまともだったら愛想を尽かされて当たり前じゃねえかっ」


 いえ、馬鹿なスラットンは嫌いよ? と空かさずクリーシオが突っ込みを入れて、スラットンが顔を引きらせる。

 でも、それでネイミーたちが笑い出して、ようやく場の雰囲気が軽くなった。


「まったく。やはりエルネアに関わるとろくでもない展開になるな」

「こ、今回ばかりはごめんよ、リステア」

「俺様にも謝りやがれっ!」

「クリーシオ、安心してね。スラットンのお守りはちゃんとするから!」

「エルネア君にお任せしていれば安心ね」

「おい、お前らっ」


 スラットンも徐々にいつもの調子を取り戻し始めたようで、拳を振り上げて僕を追いかけ回す。

 もちろん、僕はセフィーナの背後に隠れました!


「ふふふ、良いじゃない。私もセリースやクリーシオの意見に同意するわ。もしも私たちの誰かが妊娠してエルネア君がエルネア君らしからぬ小ぢんまりとした行動しか取らなくなったら、お尻を叩いてお屋敷から放り出しているわ」

「わわわっ、セフィーナ!?」

「そうですね。エルネア君が普通になってしまったら面白くありませんので、その時は女神様に困難な試練を願うでしょう」

「マドリーヌまで!」


 僕は、本当は平凡で平穏な毎日を送りたいんですよ?

 でも、妻たちは慎ましい僕なんて見たくないらしいです!

 困ったものでね?


「と、ともかく……。それじゃあ、リステアとスラットンも参加ということで良いのかな?」


 僕がそう聞くと、本人たちではなくてセリースちゃんとクリーシオが力強く頷いた。


「やれやれだな」

「こうなったら、魔族の国でも俺様の名前をとどろかせてやるぜっ!」


 行動指針が決まれば即座に心を切り替えられるのが、稀代の勇者のリステアと、その相棒のスラットンだ。

 気合い十分にやる気を見せるスラットンに、クリーシオがようやく嬉しそうに微笑んだ。

 セリースちゃんも、リステアにいつものような愛らしい笑みを向ける。

 そして、恐ろしいことを言った!


「リステアもスラットンも、愛用の武器を魔族の国へ持ち込むのは禁止ですからね?」

「「っ!?」」


 唐突な言葉に、リステアとスラットンが一瞬で硬直する。


「だって、そうでしょう? エルネア君だって正体が露見しないように愛用の武器や竜術を封印して行くのですよ? 魔族の国に二人の名前がどれほど伝わっているかは不明ですが、聖剣を振り回していたら上級魔族にはすぐに露見してしまいますよ?」

「い、いやいやいやいや、セリース!?」

「おいおいおいおいっ!」


 嘘だよな? とスラットンは引き攣らせた表情のまま、愛妻を見る。

 クリーシオがにっこりと微笑んだ。


「貴方の呪力剣は、私の呪術がなければただの長剣なのだから、置いて行っても支障はないでしょう?」

「支障とかそういう話じゃなくてな……?」


 困惑するスラットンとリステアに、僕は小さな助け舟を出すことしかできなかった。


「丁度、猫公爵と傀儡の王が僕のお屋敷に滞在しているんだ。二人の武器は、アステルにお願いしておくね?」

「ちょっ、ちょっと待て、エルネア!」

「猫公爵って、あの自分勝手な始祖族のことか!?」

「「それだけは勘弁してくれっ」」


 リステアとスラットンの息のぴったりと合った悲鳴に、みんなが笑った。

 どうやら、聖剣復活の旅や妖魔の王討伐の際の印象がとても強いみたいだね。

 でも、安心してください!

 アステルなら、きっと聖剣や呪力剣に代わる立派な武器を準備してくれると思うよ!!


 ……ただし、おまけで変な呪いが付与されていたり、受け取る時に傀儡の王の悪戯いたずらは付いてくるだろうけどね?

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