父として

 リステアの道案内は、まさに希代の勇者らしい完璧なものだった。

 竜の森を抜けて、古代遺跡の周りに集まる冒険者たちの目を掻い潜り、人気ひとけのない王都の道を的確に選んで、僕たちを実家まで誘導してくれた。

 スラットンも、気を利かせて走ってくれた。

 まずは僕の実家に走り、こちらの突然の来訪の先触れになってくれた。その後、今度は王城まで行ってくれて、王さまとセフィーナの実母さまに話を通してくれるらしい。


「お前が王城に向かうよりも、陛下にお越しいただいた方が良いと思うぜ? 不敬になる? お前の方がいろんな意味で立場は上なんだから、気にすんじゃねえよ。王家とイース家の懇親会こんしんかいと言っておけば、関係者以外にお前たちの存在は知られないですむからな」


 と言ってくれて、面倒な役目を自ら担ってくれたスラットン。

 たしかに、僕の実家から王城までさらに足を伸ばすとなると、それだけ誰かに見つかる危険が高くなる。その点、スラットンの提案に乗ったら、僕たちは実家で王さまと王妃さまの来訪を待てば良いだけだからね。

 ただ、まあ……。お嫁さんになる人の両親を、しかも一国の王族さまを、こちらの都合で呼び出すなんて、とても気まずいけどね!


 ともかく、僕たちはリステアとスラットンの協力で、無事に実家へとたどり着くことができた。


「ただいま、父さん、母さん!」


 実家に帰り着いた頃には、もう太陽は竜峰の稜線りょうせんの先に沈んで、夜が深まっていた。それでも、父さんと母さんは僕たちの帰りを笑顔で迎えてくれた。


「あんたって子は……」


 玄関に姿を現した母さんは、僕を困ったように見つめて、そして抱きしめてくれた。

 僕も、母さんを抱きしめ返す。

 十五歳の体格で成長が止まってしまっている僕にとって、母さんはいつまでも大きな人だ。

 きっと母さんから見れば、僕はずっと変わらない子供なんだろうね。


「エルネア、よく帰ってきたな」


 父さんは、抱き合う僕と母さんを見守るように、一歩離れた位置に立つ。

 いつも無口で、それでいて僕や母さんや周りのことをいつも考えてくれている父さんらしいね。

 玄関には他にも、カレンさんやお屋敷で働く人たちが現れて、僕たちを歓迎してくれた。


「あんたが戻ってきた理由は、先に来てくれたスラットン君から軽く聞いているわよ」


 抱擁ほうように満足したのか、母さんは僕を離す。

 目尻にちょっぴり涙が浮かんでいるけど、それは僕も一緒だ。

 やっぱり、両親と久々に会うと、懐かしさに込み上げてくるものがあるよね。


 母さんは、僕たちに移動を促す。

 これからの重要な話題に相応し場所に移動するためにね。


 父さんと母さんが先導する形で、僕たちは立派な応接室へと移動する。

 僕の隣を歩くセフィーナとマドリーヌは、いつになく緊張しているみたいで、いつものような軽口のやり取りもない。


 僕たちが帰ってくることを見越してともされた明かりが、長い廊下を照らす。

 相変わらず、僕の実家も豪華だよね。

 十四歳の旅立ちまで、裕福とは言えない家庭だったのに、大きく環境が変わっちゃった。

 新しい暮らしに、父さんと母さんは満足してくれているのかな?

 旅立った頃から、いつまでも見た目の成長がない僕に、内心では戸惑っていないかな?

 竜神さまの御遣いだと大々的に公表した僕たちを、奇妙に思っていないかな?


 僕も、セフィーナとマドリーヌとは違う想いを巡らせながら、応接室に移動した。






「まあ、なんだ。久々に帰ってきたお前と色々と話をしたいが……まずは最も重要な話題に入ろうか。それにしても、お前……三人目の王女様とヨルテニトス王国の巫女頭様とは」


 応接室には、父さんと母さん、僕とセフィーナとマドリーヌ、そしてカレンさんだけが入った。

 お屋敷まで一緒に来てくれたリステアは、気を利かせてくれて、別室で待ってくれている。


 応接室に入った父さんは、複雑な表情でセフィーナとマドリーヌを見つめていた。

 母さんも、父さんの横で、こちらは僕を問題児のような視線で見ていた。


「こほんっ、父さん母さん。僕たちは大切な報告があって、帰ってきたんだ」


 緊張しているセフィーナとマドリーヌ。二人に僕は寄り添って、紹介した。


「セフィーナとマドリーヌを、新たに妻に迎えます!」


 セフィーナとマドリーヌが、深々と頭を下げた。


「この度、イース家の末席に加わらせて頂くことになりました、セフィーナです」

不束者ふつつかものではありますが、エルネア君と結婚させて頂きます。本日は急遽きゅうきょの訪問と報告となりましたことをお許しください」


 僕とセフィーナとマドリーヌは、既に公然の関係として多くの人たちが知っていた。だから、今更に父さんや母さんが驚くことはない。

 それでも急な挨拶になってしまったことで、両親には迷惑をかけちゃったよね。

 僕も、マドリーヌの挨拶の後に一緒に頭を下げて、父さんと母さんにお詫びを入れる。


「まあまあ、王女様と巫女頭様に頭を下げられるなんて、どうぞお気遣いなくお願いします。それよりも、本当にうちの息子で良いのですか?」


 小市民の母さんは、セフィーナとマドリーヌの挨拶よりも、身分の高い人に頭を下げられているという状況に困った表情をしていた。それでも、僕のことを確認する母さん。

 セフィーナとマドリーヌは、満面の笑みで母さんの質問に頷いてくれた。


「私にはエルネア君しかいません」

「エルネア君と結ばれることは、女神様からの最も嬉しい贈り物だと思っています」


 セフィーナとマドリーヌの言葉に、母さんは感極まったように涙を流して喜んでくれた。


「うちの子を愛してくれる女性がこんなにたくさん居てくれるだなんてね。あんた、ちゃんと幸せにしてあげるんだよ?」

「うん、もちろんだよ!」


 母さんが僕たちの結婚を喜んでくれていることが嬉しくて、僕も釣られて涙を浮かべてしまう。

 カレンさんも泣いて喜んでくれていた。


 だけど、父さんだけは、僕に厳しい視点を向けていた。


「エルネア」


 父さんに名前を呼ばれて、僕は姿勢を正す。

 父さんの真面目な気配が、僕を自然とそうさせた。

 真っ直ぐに僕を認める父さん。


「俺は、王女様や巫女頭様がお前を選んでくださったことを嬉しく思うし、誇りに感じる。もちろん、それに異議なんて微塵も持っていない。……だが、エルネアよ」


 これまでに見たことのないような真面目な父さんの視線が、僕の浮ついていた心に深々と突き刺さっていた。

 そして、父さんが次に発した言葉に心の底から衝撃を受けてしまう。


「お前は今、よくにまみれているんじゃないか?」


 父さんは、こぶしを硬く握りしめていた。


「お前が救世主だとか英雄だと讃えられて、父さんも嬉しい。そんなお前が多くの女性に愛され、お前がそれに真摯しんしに応えていると知っている。だが、そこにお前の欲が生まれてはいないか?」


 父さんは、本来は寡黙かもくで多くを語らない人だ。その父さんが、僕を真っ直ぐに見つめて、拳を振るわせるほど緊張しながら話している。

 僕の瞳に浮かんでいた涙はいつの間にか枯れて、浮かれていた心が一瞬で凍り付いていた。


「今、俺はお前の父として責任を感じている。だからこそ聞いておかなきゃいけない。お前は欲にまみれていないか? お前の欲に、王女様や巫女頭様を巻き込んではいないか?」


 父さんの言う「欲」とは、女性絡みのことだよね。

 僕には、既に五人の妻がいる。そこに新たに、セフィーナとマドリーヌを迎え入れる。

 父さんは、今回の結婚にも賛成してくれているみたいだ。でも同時に、今後のことを憂《うれ

 》いているんだ。

 短期間のうちに、大勢の女性を妻とした僕。

 では、本後はどうなるのだろうと。


 竜神さまの御遣いとなり、人知を超えた存在となった僕たち。

 まだちゃんとした説明はしていないけど、成長の止まった僕たちを見て違和感を覚えていた勘のいい人たちは、寿命のことに気づいているはずだよね。

 それはもちろん、父さんも含まれる。


 父さんは危惧きぐしているんだ。

 寿命のない僕が、これからも際限なく女性に手を出すのではないかと。

 僕が欲にまみれて、節操をなくしているのではないかと。


 僕たちは、家族全員で何度となく話し合い、定めた厳しい試練を乗り越えてようやくたどり着いた答えだという自負がある。

 だけど、そういう事情を知らない第三者が、僕の家族、何よりも僕自身の行いを客観的に見た時。大勢の妻を短期間のうちに迎えた僕は、手当たり次第に女性に手を出しているように見えるのだと、父さんの厳しい指摘で思い知らされた。


 もちろん、そんなことはない!

 僕は、誰彼と節操なく手を出したりしていないし、欲情に負けて妻たちを迎えたわけでもないよ!

 ミストラルもルイセイネもライラも、ユフィーリアもニーナも、そしてセフィーナとマドリーヌも、僕は欲ではなくて愛で結ばれていると疑いもなく確信している。


 だけど、父さんの口から直接疑念を問われたことに衝撃を受けすぎていた僕は、つい言葉に詰まってしまった。

 父さんは、それを僕の後ろめたい事実と受け止めたのか、表情を険しくさせる。

 そこに助け船を出してくれたのは、セフィーナとマドリーヌだった。


「お義父様とうさま、それは違います。今回の婚姻は、私たちから強引に迫ったものなのです。私などは、最初はユフィ姉様とニーナ姉様にひどく反対されていました。それでも諦められなかった私の未練をエルネア君が受け止めてくれたのです。エルネア君はむしろ私を救ってくれた恩人です」

「私は巫女という立場ですので、複数の女性と婚姻を結んだ殿方と新たに結ばれる場合には、女神様の試練を受けなければなりません。ですが、エルネア君は既に一度、ルイセイネと共に試練を克服しています」


 では、新たな女神様の試練はどうするのか。マドリーヌの前に立ちはだかった難題は、試練を受ける前から過酷だった。

 それでも、ヨルテニトス王国の前巫女頭さまなどの助言を受けながら、女神様の試練を定めたマドリーヌ。


「エルネア君や先に婚姻されていたミストさんたちは、実は早くから竜神様の御遣いとなられていました。ですので、エルネア君は私に言ったのです。私やセフィーナさんが、エルネア君たちと同じ竜神様の御遣いという高みに至らなければ、絶対に結婚はしないと。無理だと思うのなら、諦めて正しい生活に戻るようにと」

「姉様たちの厳しい反対を乗り越えて、最後にようやくミストさんたちから認めてもらえた婚姻のどこに、エルネア君の欲があるのかしら?」

「女神様の試練を克服できなければ絶対に結婚できないと私にしっかりと言ってくださったエルネア君のどこに、私欲が含まれているのでしょうか?」


 セフィーナとマドリーヌの話を聞くうちに、強く握り締められていた父さんの拳から力が抜けていっていた。

 そして、父さんは「そうか」と短く納得するように頷いて、改めて僕を見た。


「エルネア、疑って悪かったな。だが、俺はお前の父として、お前が間違った道を歩んでいるのなら正さねばと思っていたんだ」


 僕に深々と頭を下げた父さん。

 僕は、そんな父さんを強く抱きしめた。


「ううん、良いんだよ。父さんが今でも僕に遠慮なく怒ってくれるだって感じて、とても嬉しいんだ。父さんは、いつまでも僕の目標となる素敵な父さんだね。まあ、ちょっと衝撃を受けたけどね?」


 そのせいで、僕自身が弁明しないといけない場面で、セフィーナとマドリーヌに頼っちゃったけど。と僕が二人にお詫びすると、セフィーナとマドリーヌが今度は僕に抱きついた


「何を言っているのかしら? 夫婦で助け合うなんて当然よ?」

「セフィーナさんの言う通りですよ、エルネア君。これからは互いに支え合って幸せになりましょうね?」

「うん。僕はみんなを必ず幸せにするよ!」


 最後は、母さんとカレンさんも一緒になって、応接室内の全員で涙を流して抱き合った。


 本当は、僕が一番しっかりしておかなきゃいけなかったはずなのに。セフィーナとマドリーヌの僕の両親への挨拶は、二人の優しさと頼もしさが目立った挨拶になっちゃったね。

 でも、それで良いんだ。

 まだまだ未熟な僕だから、年上の女性に支えてもらってようやく一人前なのだと、心にしっかりと刻む。


 そして、ひとしきりみんなで抱き合って喜びを分かち合い。ちょっと雑談なんかも交わして。

 話題も落ち着いてきた頃に、僕たちは応接室を出た。


 今度は、僕がセフィーナのご両親に挨拶をする番だね。と気合を入れながら廊下に出た僕。

 だけど、全員が全く予想していなかった事態が起きていた。


「リステア、私はそんな軟弱な勇者なくて見たくありません!」

「スラットン、貴方から蛮勇ばんゆうをなくしたら何が残るのかしらね?」


 廊下の先で、僕たちが見た光景。

 それは、セリースちゃんとクリーシオに何やかしかられて、困り果てた姿のリステアとスラットンだった。


「何が起きたのかな!?」

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