元気な子どもが生まれますように

「ひどい結末だったな。はぁ、無駄に疲れてしまったよ。俺たちも、お前に関わるとこうなるのか」

「えっ! 僕のせいなのかな?」

「エルネア君のせいですねー」

「リリィに言われちゃったよ!」


 リステアの言う通りのひどい結末に、僕はがっくりと項垂れた。

 いつもは騒がしいスラットンでさえ、瞳の輝きを失わせてうつろな表情です。


「ま、まあ、竜の森を騒がせていた妖魔は無事に退治できたんだし、良しとしようね!」


 強引にまとめる僕に異議を唱える者はいなかった。


「よし、次は王都に行って、僕の両親に挨拶だね!」

「エルネア。その件なんだが、俺とスラットンが道案内をしよう。スラットン、どうだ?」

「仕方ねえな。お前や王女様たちは、今はまだ人目に付きたくないんだろ? 良いぜ、今回だけは特別に俺とリステアが案内してやる。俺たちも人族の中では一応は有名人だからな。人目に付かずにお忍びで移動する際の王都の裏道は熟知してんだ。任せておけ」


 リステアとスラットンには、道中で僕たちの目的を話していた。

 どうやら、それで僕たちの困った事情、すなわち、王都の住民の人目を避けてどうやって実家までたどり着くか、という問題の解決に協力してくれるみたい。

 僕たちは、一致団結して妖魔を討伐しようと集まってくれていた耳長族の戦士たちにお詫びとお礼と労いの声を掛けた後に、王都に向かって出発した。


「迷わずに王都までたどり着けますように!」

「エルネア君がそういうことを言うと、必ずと言っていいほど迷うわよね?」

「き、気のせいじゃないかな、セフィーナ?」

「女神様への信仰心が深ければ、試練を乗り越えた私たちは無事に王都へたどり着きますよ」

「不安になってきたなぁ」


 竜の森を徘徊していた妖魔が討たれて、森全体が平和になった。

 それに、側には頼れるセフィーナとマドリーヌだけじゃなくて、勇者のリステアとスラットンも一緒だからね。

 僕の気は緩みっぱなしです。


 ちなみに。

 耳長族の戦士たちは、妖魔の問題が解決いた後も、竜の森の巡回があると気を引き締めたまま去っていた。

 そして場を引っ掻き回したリリィは、陽気に咆哮をあげて、夕刻の空に飛んで行った。

 今度リリィと再会したら、みっちりとお仕置きをしてあげよう。


「ちっ。俺が活躍する機会がなくなっちまったぜ。だが、エルネアよ。油断するんじゃねえぜ? お前をぶっ倒して新たな竜王になるのは俺だからな!」

「やれやれ。スラットンはりないね? なんなら、来年の竜人族の戦士の試練に参加してみる? 夏ごろに開催されると思うけど?」

「馬鹿野郎めっ。来年の夏まで待てるかよっ」

「ええーっ。それじゃあ! ……あっ、いや、魔族の件は駄目か」

「あん?」


 僕の言い淀みに、スラットンがいぶかし気な視線を向けた。

 だけど、言えないよね。


 狂淵魔王の国で内乱が発生していて、巨人の魔王から面倒な依頼を受けている件は。

 だって、リステアとスラットンのお嫁さんであるセリースちゃんとクリーシオは、妊娠中なんだ。来年の夏ごろには、待望の第一子が生まれる予定になっている。

 それなのに、二人を魔族の国の問題に関わらせて、危険な目に合わせるわけにはいかない。

 リステアとスラットンには、大切な出産を控えたお嫁さんの支えになっていてほしいからね。

 そう思って、僕は言葉を飲み込んだというのに。


「なんだよ? 何を言いかけた? 言え! 言わねえと承知しねえぞっ」

「きゃーっ」


 スラットンに襲われて、僕は慌ててセフィーナの背後に隠れる。

 情けないって?

 いいえ、違います。

 セフィーナは頼れる年上の女性で、彼女自身も僕に頼られたいと思っているので、問題ありません。


「お前、卑怯だぞっ」


 スラットンが何やら文句を言っているけど、知りません。

 スラットンは、僕を護ろうと身構えたセフィーナに怯えて、何もできない。

 それを、リステアとマドリーヌが笑う。


「はははっ、さすがのスラットンも、セフィーナ様には適わないな」

「当たり前だろうがよっ。まがりなりにもセフィーナ様は王女だぞ。王女に手を上げたら、不敬罪で牢獄行きだ。クリーシオを悲しませるわけにはいかねえよっ」

「スラットン自身は、牢獄に入ることに躊躇ためらいはないんだね?」

「あるよっ、馬鹿野郎」


 それでも、自分のことよりも最愛の妻であるクリーシオを真っ先に案じるところが、スラットンの良さだよね。


「とはいえ、お前が何を言いかけたのかは俺も気になるな? あそこで何かを言おうとして躊躇ったということは、来年の夏の竜人族の試練の前に、お前はまた何か騒動を抱えているんだろう?」

「リステアはやっぱり凄い勇者だよね。たったあれだけの手掛かりでそこまで言い当てるだなんてね」


 洞察力がすごいよね。

 僅かな手掛かりだけで答えに近づくリステアは、やっぱり人族の歴史に名を残す大勇者だと思う。

 でも、今回ばかりはリステアの鋭さに困ってしまう。


「エルネア、俺たちでは頼りないのか? お前に相談さえしてもらえないなんて、俺は少し悲しいぞ」

「違うんだよ、リステア」


 困ったなぁ、と頭を掻く僕に、セフィーナとマドリーヌが助言をくれた。


「なにも巻き込むつもりで話す必要はないのじゃないかしら? 確かにスラットンの暴言からエルネア君があの件を言いかけてしまったことが発端だけれど。それでも、事情を話すくらいは良いと私は思うわよ?」

「私たちも今回はエルネア君に同行できないのですし、話したからといってリステア殿とスラットン殿が巻き込まれるわけではないので、私も話題にするくらいは良いと思います」


 たしかに、話すだけなら良いのかな?

 切っ掛けは、スラットンを巻き込んじゃえ、という一瞬だけの悪戯心だったけど、普通の話題としてなら問題はないはずだよね。

 魔族の国とは竜峰を挟んで遠い場所だし、リステアとスラットンであれば無暗に噂を広めないという信頼も置ける。


「それじゃあ、お話いたしましょう!」


 夕焼け色に染まる竜の森の空を見上げながら、僕は巨人の魔王から持ちかけられた問題をリステアとスラットンに話す。


「あのね、巨人の魔王から言われたんだ。狂淵魔王を殺してこいって」

「は?」

「ああん?」


 目が点になるリステアとスラットン。

 足も止まってしまい、立ち止まったまま僕を見つめる二人。

 ですよね!

 普通にそういう反応だよね!

 魔王を殺してこいだなんて、無茶苦茶な話だと僕も思います!


「お前は……よし、行ってこい。魔族の国でなら、好きなだけ暴れて良いぞ」

「はははっ、魔王か。よし、殺してこい。魔王を殺したお前を越えて、俺様が大魔王になってやるぜ」

「いやいや、スラットン。竜王になりたかったんじゃないの!?」


 なんということでしょう。

 リステアとスラットンは、一瞬だけ思考を止めていたけど、その後は僕に対してとんでもない誤解で納得しちゃっているよ!

 僕は、魔王殺しなんてしませんからね!

 そう僕が必死に説明すると、リステアがようやく普通の思考に戻ってくれた。


「たしかに、相手が魔族だったとしても誰かの依頼で殺しの仕事なんてしたくはないよな。俺に魔王殺しの実力があったとしても、そういう依頼は断っている。お前は間違っちゃいないよ」

「ありがとう、リステア。だけど、狂淵魔王の国の問題を放置していたら、魔族だけでなく神族や人族にも迷惑が飛び火しちゃうらしいんだ。だから、僕は年が明けたらちょっと狂淵魔王の国に行くことになったんだよね」


 巨人の魔王とのやり取りを掻い摘んで話すと、リステアは頷いてくれた。


「魔王は殺したくない。だが、問題を見過ごすわけにもいかない。それでお前は狂淵魔王の国に行くわけだが、結末の答えは自分で探せ、か。なんとも難しい問題なだな」

「うん。これから家族のみんなとも相談しながら、僕の行動指針を決めようと思っているよ」

「それで、お前はその騒動に俺を巻き込もうとしたわけだな?」


 スラットンの指摘に、苦笑してしまう僕。

 だけど、ちゃんと考えを伝えた。

 リステアとスラットンを巻き込んだら、セリースちゃんとクリーシオが悲しむということをね。


「お前の配慮は嬉しいな。だが、悲しくもある」

「俺たちだと命の危険が伴うかもしれないとお前は考えているんだろう? ちっ、偉くなったもんだな」

「違うよ! リステアとスラットンの実力は疑っていないし、命の危険は僕自身の問題でもあるんだよ」


 魔王との戦いになれば、苛烈かれつを極める。

 つい最近だって、深緑の魔王の国で自分の至らなさを実感させられたばかりだ。

 それに、リステアとスラットンだって、魔王と呼ばれる最高位の魔族の恐ろしさは身に染みて知っているはずだよね。

 天上山脈で妖精魔王と対峙した時のことは、二人もよく覚えているはずだ。

 だから、僕の言葉にも余計な愚痴や横槍を入れることなく、真面目に向き合ってくれた。


「たしかに、見ず知らずの地で、慣れない文化の中で戦いに身を投じるのは無謀だな」

「くそうっ。魔王か。あの妖精魔王にさえ手も足も出なかった俺は、悔しいがエルネアのお荷物にしかならねえんだな」

「エルネアの配慮は、残念だが正しい。俺とスラットンにはもう直ぐ子供が生まれる。その前に、セリースとクリーシオに精神的な不安を与えるわけにもいかないからな」


 妊娠中のセリースちゃんとクリーシオに負担をかけないことこそが、今のリステアとスラットンに求められている心構えなんだよね。


「ごめんね。本当だと、この上ない仲間だって僕も思っているんだよ。でも、今回は諦めてね? つい僕が言い掛けちゃったから、この件を知ってしまったけど。二人は何も気にする必要はないよ」


 セフィーナとマドリーヌも、リステアとスラットンの心境を理解しているようで、悔しくても自制している二人を励ますように声を掛けてくれた。


「子供が生まれたら、エルネア君にお願いして竜人族の戦士の試練を受けなさい」

「勇敢と無謀は違いますからね。今、貴方たちが魔族の問題に首を突っ込むことは無謀です。ですが、大切な家族や生まれてくる命を大切に思って自制することは、勇敢な行いですよ」


 リステアとスラットンも、この件でいつまでも気を落としているような軟弱な男じゃない。

 すぐに気持ちを切り替えると、竜の森を力強い足取りで再び歩き始めた。


「来年の夏か。スラットン、目標ができたな。竜人族の戦士の試練を受けるためには、俺たちもそれまでに竜峰を歩けるようになっておかなきゃいけないってことだ」

「おおう! 耳長族のちびっ子が自由に歩き回れていて、勇者様ご一行が手をこまねいていたら笑い者だぜ! 妥当エルネアはひとまず置いておいて、やれることをやってやろうじゃねえかっ!」

「竜峰に入るのだって大変な試練なんだから、無理をしないでね? 家族のみんなを困らせたりしちゃいけないからね?」

「エルネア君、その言葉だけは説得力がないわよ?」

「エルネア君、まずはご自身がミストさんや私たちに心配をかけないように努めてくださいね?」

「エルネア、お前は一体何をしたんだ?」

「うっ……! 傀儡の王の大騒動かな? アリスさんのことかな? それとも、北の海のことかな?」

「お前は手紙に書いていなかったことでも騒動を起こしすぎじゃないか!」

「リステア、誤解だよっ」


 その後、竜の森を出るまでに、僕はリステアとスラットンに根掘り葉掘りいろいろなことを聞き出された。

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