妖魔出現!

 竜の森を徘徊している妖魔は、秋の終わりくらいから被害を出している。と、リステアは僕たちと一緒に竜の森を歩きながら話してくれた。


「最初は、秋の実りを採りに森へ入った者たちが襲われた。被害状況は軽度のものから重度のものまでいろいろとあるが、深刻な者は重篤じゅうとくな状況のようで、今も神殿で治療を受けているようだ」

「うわっ! 襲われた人が助かってほしいな……。それにしても、今回の妖魔の問題は大きな問題だよね?」


 妖魔が人の生活圏の内側に現れると、大きな被害が出てしまう。

 魔物や魔獣、そして妖魔の問題は、人族だけでなく多くの種族が頭を悩ませていた。

 その妖魔の問題が、今まさに竜の森で起きているんだね。

 しかも、被害もけっこう大きそうで、初めて話を聞いた僕たちは困惑してしまう。


「おじいちゃんもミストラルも、何も言っていなかったよね?」


 確認するようにセフィーナとマドリーヌを見たけど、二人も寝耳に水の話だったらしくて、揃って首を横に振って応えた。


「恐らくだが。耳長族の戦士たちがすぐに動き出したらしく、それで竜の森の守護竜様も様子を見ておられるのではないかな?」

「それでも事態が収まらなかったけど、そこで勇者組のリステアとスラットンが妖魔討伐に加わったから、おじいちゃんはもう少し耳長族と人族に任せてくれたのかな?」

「そういう信頼を向けてもらえているのなら光栄だし嬉しいな」

「ふんっ! 今に見てろよ、この俺様が妖魔を華麗にぶっ倒して、お前に代わって竜王になってやるからな!」

「ドゥラネル、スラットンのお世話は大変だろうけど、根気強く付き合ってあげてね?」


 僕がスラットンの影に潜んでいるドゥラネルを労ったら、スラットンが怒りました!

 だけど、竜王を目指すなんて豪語しておきながら、僕の傍らで目を光らせているセフィーナの気配に怯えて何もできません。


『馬鹿スラットンのお守りは任せておけ』


 スラットンの影から、ドゥラネルが笑っている。

 スラットンは残念ながらまだ竜心を会得していないようで、影の奥からのドゥラネルの心を読み取れずに、悔しそうに僕を睨んでいた。


「それにしても、竜の森に出現するだなんて、とっても迷惑な妖魔だね」


 竜の森には、強力な迷いの術が掛けられている。

 人も獣も妖魔でさえも、竜の森を進めば必ず迷う。


「妖魔は、どうやら竜の森に張り巡らされた迷いの術を上手く利用して、あちらこちらで人々を襲っているようだな」

「そして、妖魔を追っている耳長族の戦士やリステアたちは、迷いの術のおかげで妖魔を補足できないでいる?」


 そういうことだ、と困った表情になるリステア。

 でもその問題なら、きっと僕たちになら克服できるよ!

 獣道を進む僕たち。

 でも、僕はおもむろに膝を突くと、竜脈の流れを読み取った。そして、目的の存在を見つけ出す。


「やっぱり、僕の側に来たんだね?」


 竜脈の流れに向かって言葉を掛ける僕。

 だけど、僕はドゥラネルに話しかけているわけでもないし、そんな僕を見て不振がる人なんてこの場にはいない。

 みんな、知っている。

 竜の森に潜む存在は、なにも妖魔だけではない。そして、竜脈を通して僕の近くに寄ってきている者たちは、悪意ある存在ではなかった。


『見つかったわね』

「ふふふ、僕も成長したでしょ?」


 ぬるり、と音もなく地面の下から姿を現したのは、灰色の大狼魔獣だった。


「お久しぶり!」

『人の感覚だと、久しいと思う日の経過なのかしら? 私は近頃はプリシアとよく遊んでいるから、貴方が来ない竜の森でも寂しくはなかったわ』

「そんなことを言われると、僕の方が寂しくなっちゃうよ! プリシアちゃんに嫉妬だね?」


 ぐるるる、と喉を震わせて笑う大狼魔獣。

 何も知らない者が見たら、絶対に恐ろしい光景なんだけど。もう、僕の身内以外でも、リステアやスラットンでさえ、大狼魔獣が悪さをしない善い魔獣だということは知っている。

 とはいえ、リステアもスラットンも万物の声が聞けずに、大狼魔獣の言葉を理解できないので、セフィーナが僕と大狼魔獣の会話を通訳していた。


「くっ。俺はエルネアに嫉妬だな。どうしたらお前たちのような特殊能力が身につくんだろうな? 自分の未熟さを痛感させられる」

「けっ。今だけだ。今だけ、お前は俺たちに対して優位に立っているだけだからな? すぐに追い抜いてやるっ!」


 リステアとスラットンの言葉に、大狼魔獣が『それなら命を賭けて竜の森で私と鬼ごっこをする?』と言い、通訳を受けて、二人は顔を引き攣らせていた。


 まあ、僕も最初はそうやって大狼魔獣という「人とは違う存在」と関わりを持つようになって、少しずつ動物や自然と心を通わせていったんだからね。

 竜族の心しかわからない竜心ではなく、万物の声が聞こえるようになるためには、地道な努力が必要ですよ?

 もちろん妻たちだって、そうして竜心や万物の声を聞く能力を会得してきたんだからね。


「今後の課題にさせてもらおう。それよりも、今は妖魔の方が重要だ。お前も、そのためにこの魔獣に声を掛けてくれたんだろう?」


 リステアにうながされて、僕は大狼魔獣にお願いする。


「ねえ、みんなで妖魔が潜んでいる場所に案内してくれないかな? 妖魔が徘徊している竜の森でプリシアちゃんといつも遊んでいたってことは、じつは妖魔の動きを把握しているんだよね?」


 魔獣にとっても、妖魔は恐ろしい存在なんだよね。

 だから、自分たちの方から攻撃したり干渉しようとはしない。

 そのうえで、耳長族の村に戻っているプリシアちゃんと毎日のように遊んでいたということは、魔獣たちは妖魔の動きだけは把握できていたんだと思う。

 だって、プリシアちゃんを危険な目には合わせられないからね?

 僕の推論は当たっていた。


『良いわ。仲間なら妖魔の場所を知っている。案内してあげましょう』

「やったー! ありがとうね」

『私たちも妖魔は邪魔だったから、討伐してくれるというのならお互い様よ』


 マドリーヌが僕と大狼魔獣の会話を通訳すると、スラットンががっくりと項垂うなだれてしまった。


「俺たちや耳長族の戦士たちが何日も苦労していた問題を、こいつは……」


 ははは、と笑う僕。

 でも、仕方がないよね?

 大狼魔獣や他の魔獣たちは、竜の森ではなるべく人と関わらないように暮らしている。

 人族のなかには、僕と魔獣の絆なんて関係なく、魔獣たちを恐ろしいと感じてしまう人はたくさんいるだろうし、逆に魔獣を狩って一攫千金や名誉を手に入れようとする血の気の多い者もいる。

 だから、魔獣たちはプリシアちゃんとは遊んでも、他の耳長族の人たちともあまり関わりを持っていない。


 それでも、僕のお願いを聞いてくれて、大狼魔獣はまた竜脈に潜っていった。

 そして、すぐに戻ってくる。

 仲間を連れて。


『ふふふん、聞いたわよ。妖魔を探しているらしいわね?』

『俺たちはあいつをずっと監視していたんだぜ?』


 そう言って僕たちの前に姿を現したのは、巨大兎魔獣と鹿の魔獣だった。

 更に、空の上にも魔獣の気配を感じて見上げると、大鳥の魔獣も何羽か飛来してきていた。


『案内は任せなさい』

『森で迷う? 細かいことは良いんだよ。迷ったら、空を見て俺たちを探しな!』

『妖魔のもとへ案内する道標みちしるべだな』


 竜の森の魔獣たちは、とても頼もしいね!

 もしかしたらスレイグスタ老は、魔獣や耳長族の戦士やリステアたちを信用していて、だから敢えて過干渉を避けていたのかもしれないよ?

 僕たちの知っている本来の厳しいスレイグスタ老なら、竜の森で血が流れたら、絶対に激怒して妖魔を瞬殺していたはずだからね。

 そう話すと、リステアは嬉しそうに笑ってくれた。

 ひねくれ者のスラットンも、ちょっとだけ恥ずかしそうに顔を隠して、頬を綻ばせていた。


「よし。これからみんなで妖魔を討伐しに行こう!」


 両親や王さまたちへの挨拶?

 それは、この細事さいじをさっと解決してからでも間に合うよね!


「いいじゃない、やってやるわ。リステア、スラットン、どちらが功績を上げるか競争よ?」

「セフィーナ様と競争か……。本気を出しても敵うかどうか」

「ようしっ、先ずはセフィーナ様に俺の実力を認めさせてやるぜっ」

「それでは、私はエルネア君と後方に控えて援護いたしますね?」


 さあ、野蛮な冒険者たちはさっさと魔獣と一緒に妖魔退治へ行きなさい、とここぞとばかりに僕を独占するマドリーヌ。

 マドリーヌは僕の腕に自分の腕を絡ませて、セフィーナに見せつけるように身体を寄せてきた。


「良いわよ? でも、それを後でルイセイネや流れ星様たちに報告しても良いのかしら?」

「むきぃっ! 卑怯ひきょうですよ、セフィーナ」


 やれやれ、と僕と魔獣たちは笑う。

 でも、目的は見失っていない。


『こっちだ!』

『しっかりと付いてきなさい』


 地上の魔獣たちが一斉に駆け出した。

 空の大鳥の魔獣も、旋回しながら妖魔が潜む森の奥を示す。


「みんな、行こう!」


 僕たちは、全員で走り出す。

 きっと、耳長族の戦士たちもこちらの動きを察知して、すぐに動き出すはずだ。


 禁領や竜峰に遅れて冬を迎えようとしている竜の森に、ひと時の熱気が満ちる。

 誰もが妖魔討伐に熱意を燃やしていた。

 人々の安全のため。

 竜の森の安寧のため。

 スレイグスタ老の信頼に誠意を示すため。


 僕たちは、竜の森に潜む妖魔を追って、全力で駆けた。






 そして。





 そして……






 妖魔を見つけた僕たち!


「はいはーい、この勝負は私の勝ちですよー」

「リリィいいいぃぃぃっっっ!!!」


 妖魔は、僕たちの前で、一瞬で滅ぼされた。

 妖魔の影から突如として姿を現した、古代種の竜族である黒竜の、リリィによって!


「そうか、そういうことなんだね! ここ最近、リリィの姿を見かけないと思っていたら。じつは、リリィは前からおじいちゃんに妖魔討伐の指示を受けていたんだね? だからスレイグスタ老はミストラルにさえ何も言っていなかったし、竜の森で血が流れても辛抱して動かなかったんじゃないかな!? だけど、リリィは今までなまけていたんだね? でも僕たちが討伐に来たから、仕方なく妖魔を倒したんだ!」

「正解ですよー。エルネア君は鋭いですねー」

「あああぁぁぁぁぁああぁぁぁっっつ!!」


 妖魔を追っていた全員が、悲鳴をあげる。

 自分たちの努力とは!

 妖魔を追っていた苦労とは!

 意気込みと熱意をリリィによって粉々に打ち砕かれて、全員が絶望の悲鳴をあげていた。


「リリィ、あんまり遊びすぎちゃ駄目だよ? いま、おじいちゃんのところに巨人の魔王も来ているから、怒られても知らないよ?」

「それじゃあ、もう少しプリシアと遊んでから帰りますねー」

「リリィも魔獣たちと遊んでいたのかーっ!」


 なんて悪い竜でしょうね!

 これが次代の竜の森の守護竜で大丈夫なのかな?


「エルネア……やはりお前が関わると大騒動になるな……」

「ええええっ、リステア!? こ、これって僕のせいなのかな?」

「私はエルネア君が来たから仕方なく妖魔を退治しましたー。そうじゃなかったら、森に関わる人たちにお任せしていましたよー」

「やっぱりお前のせいじゃねえかよっ。俺たちがあれだけ苦労していたのに、お前ってやつは!!」

「きゃーっ。セフィーナ、助けてっ」


 日暮れ前の竜の森で騒ぐ僕たちのなかで、何人かが困ったようにため息を吐いていた。

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