一願千日

 流れ星さまたちの朝は早い。

 ルイセイネやマドリーヌと同じくらいの時間には全員が起床している。

 そして、女性用の大浴場で水行すいぎょうを行う。

 しかも、この大浴場の水は流れ星様たちが自分たちだけで井戸から汲んだものを利用する。つまり、水行のずっと前には起床して、一日の活動を始めているということだね。

 そして身を清めたら、瞑想の時間だ。

 全員で中庭に出て、芝生の上で瞑想する流れ星様たちの姿は、見ている者に神々しい印象を与える。


 禁領の耳長族の人たちのなかで、神殿宗教に興味を示して聖職者の道を選んだ人たちは、現在はヨルテニトス王国の東部にある「竜の楽園」で修行を積んでいる。

 禁領に残っている人たちは、神殿宗教に興味はあっても、聖職者にまではならないという信者が多いけど。それでも流れ星さまたちの行いに感化されたのか、数人が流れ星さまやルイセイネやマドリーヌを頼って、神殿宗教の勉強を始めたみたいだ。


 そして、清く正しい生活を送る流れ星さまたちは、禁領に滞在を始めて数日ののちには、ある大きな目標を定めた。


 一願千日いちがんせんにち


 ひとつの願いを、成就じょうじゅするその日まで全員で途絶えることなく祈り続ける。という修行らしい。


 流れ星さまたちが一丸となって願うこと。

 それは、アーダさんの無事の帰還だ。


 僕たちは、詳しいことを聞いていない。

 だけど、なんとなく気づいている。

 流れ星さまたちが、何処から流れて来たのか。

 そして、アーダさんの正体。


 アーダさんは、僕たちと別れる前に、何か強い覚悟を決めていた。

 その後、真っ赤な衣装の幼女に禁領へと連れてこられた流れ星さまたちは、自分たちの未熟さや悩みや不安を深く抱えていた。

 アーダさんに何があったのか。流れ星さまたちはどんな想いで禁領に連れてこられたのか。


 僕たちに言えないことがあるように、流れ星さまたちにも言えないことはある。

 だから、今はまだ聞かない。

 でもいつか、もっと心を通わせて本当の信頼関係が生まれたら、流れ星さまたちの方から相談してくれるはずだよね、と信じている。


 その流れ星さまたちは「一願千日」という修行を始めた。

 どういう修行か具体的に聞いた僕たちは、驚いてしまった。


 ルイセイネが言う。


「一願千日とは、年間を通し、朝昼晩と女神様へ祈り続ける修行です。もちろん、食事も睡眠も取らないということは無理ですので、ひとりで行う修行ではありませんよ? 修行に入った者たち全員が交代で祈り続けるのです。ただし、この修行を始めた者たちは、その願いが成就されるまで誰ひとりとして修行を止めることはできなくなります。誰かひとりでもあきらめたその時は、全員が聖職者としての資格を失うという、厳しい修行なのです」


 マドリーヌが言う。


「何人で修行に入るのかは自由です。そう聞くと大人数の方が負担が軽くなると思うかもしれませんね? ですが、人数が多くなればなるほど、途中で諦めの心を持つ者も多くなります。良いですか? 一願千日。つまり、数日程度や幾つか季節を巡るだけで叶うような祈りではないのです。長ければ数年。願いが成就されなければ、それこそ一生を費やすような、終わりの見えない修行なのです。心を折ることなく、全員が一丸となって一生を捧げて祈り続けられるのか、と考えたら、いかに大変な修行なのかおわかりいただけますね?」


 二人の話を聞いて、僕たちは流れ星さまたちの本当に強い願いの心を思い知った。

 彼女たちは、身も心も捧げて、祈り続けるんだね。

 アーダさんのことを想って。


 とはいえ、三十人を超える流れ星さまのご一行だ。分担で祈祷きとうするとなると、手の空く人たちも現れる。もちろん、その人たちも順番が回ってきたら小神殿に篭って祈りを捧げるわけだけど。

 でも、祈りだけで一日が終わるわけではない。

 ということで、祈りの時間ではない流れ星さまたちは、さまざまな活動を禁領で始めていた。

 そのひとつが、鍛錬だ。


「んんっと、今日はプリシアが鬼役をするね?」


 朝の日課になった、鬼ごっこと隠れん坊を併用した遊び。

 逃げ役の人は、まず隠れる。鬼役の人がそれを見つけるんだけど、ただ見つけるだけでは駄目なんだ。

 見つけたら、捕まえないといけない。逃げ役の人は、見つかっても逃げきれれば大丈夫。

 そうして逃げ役の人が全員捕まったら、鬼役は交代する。


 この遊びには、潜伏の能力と逃げの技術が必要になる。

 プリシアちゃんは遊びのつもりなんだけど、巻き込まれた人は厳しい修行になるんだよね。

 なにせ、プリシアちゃんが満足するまで終わらないからね!

 生半可な遊びでは、プリシアちゃんは納得しない。だから、竜人族の戦士たちでも悲鳴を上げるほどに過酷で、厳しい修行になる。


 今日は、どうやらプリシアちゃんは鬼役をしたいらしい。他にも、ユフィーリアとニーナとマドリーヌが家族のなかで鬼役となった。あとは、流れ星さまの数人と耳長族の人たちも鬼役で何人か選ばれる。

 鬼役が多い?

 そういうものです。

 なにせ、範囲はお屋敷を含む周辺領域で、そこに潜伏した全員を見つけ出し、捕まえなきゃいけない。

 鬼役が多くないと、日が暮れても終わらないからね!


 逃げ役となったルイセイネとセフィーナ、その他の人たちが一斉に逃げ出す。

 これから気配を消して隠れ、見つかったら逃げなきゃいけない。

 気のせいでしょうか。耳長族の人たちは既に悲鳴をあげています!


「がんばれーっ!」


 僕は、遊びの始まったみんなに笑顔で手を振る。

 僕とミストラルとライラ?

 僕は、今日は修行の一日だよ?

 今から中庭で瞑想をしながら、鬼ごっこ隠れん坊を始めた全員の気配を追うんだ。


 スレイグスタ老は、遠く離れた者の気配や動きを、竜脈を通して知る。僕もそういう能力を会得えとくできれば、家族のみんなが離れていても、危険が迫った時とかに気づけるからね。


 あとは、ミストラルはスレイグスタ老のお世話をするために、苔の広場に行っている。

 禁領のお屋敷にも、ミストラルの村にある竜廟りゅうびょうのような転移場所を、この前に作ってもらったんだよね。

 ミストラルはその転移場所から、スレイグスタ老の転移竜術で毎日苔の広場に通っている。


 そして、今日の霊樹ちゃんお世話係りはライラです。

 本当は僕が全て担えば良いんだけど、家族のみんなも霊樹ちゃんのお世話がしたい、と言い出しちゃって。それで、交代制になっちゃった!


 そんなわけで、禁領の一日はこうして始まる。


 僕は早速、芝生の上に座って瞑想にふける。

 すぐに、アレスちゃんが僕の膝の上に乗ってきた。


「鬼ごっこには参加しないの?」

「どくせんどくせん」

「悪い子だ!」


 本日のアレスちゃんは、プリシアちゃんとも遊ばず、ライラと一緒に霊樹ちゃんのところにも行かずに、僕を独占する気らしい。

 僕は竜脈から汲み上げた力をアレスちゃんに与えながら、お屋敷中に散ったみんなの気配を探る。


 ふむふむ。耳長族の人たちは、いろんなお部屋に入って隠れたみたいだね。

 お屋敷は、とても大きくて部屋数も多い。なので、僕たちや耳長族の人たちの居住区画、竜王のお宿として提供している客室以外の部屋は、自由に出入りできるようになっているんだよね。

 隠れん坊に使えるように!


 ルイセイネは、外庭の木陰に隠れて、セフィーナは……あの人、隠れる気がありません!


 セフィーナだけが、中庭の湖のほとりに格好良く立っています!

 つまり、逃げも隠れもしないから、実力で捕まえてみろ、ということですね!

 これもある意味で認められた作戦だ。

 鬼ごっこ隠れん坊は、最終的に捕まらなければ良い。

 言い換えれば、捕まらないために隠れたり逃げたりするわけだから、捕まらない自信があるのなら、最初から堂々としていれば良いわけだ!

 さすがは武闘派のセフィーナだね。


 鬼役の人も、セフィーナの挑発にやる気満々だ。

 数人の耳長族だけでなく、流れ星さまたちも最初はセフィーナに狙いを定めたようだ。

 逃げ役の人たちが散っていって暫くすると、鬼役の人たちが動き出す。

 そして、湖の畔に佇むセフィーナに仕掛けた!


 まずは、流れ星さまたちが動く。

 移動法術「星渡ほしわたり」で一気に距離を詰めると、呪縛法術を奏上し出す。

 いきなり本気だ!


 鬼ごっこ隠れん坊は、相手を傷つけなければ、何をしても良い。

 魔族なら魔法を使っても良いし、巫女様なら法術も有りだ。かくいう僕たちだって、竜術や精霊術を駆使するしね。


 セフィーナの足もとに、月の影が生まれる。だけど、そんな単純な攻撃はセフィーナに通用なんてしない。

 ひょいっと影から逃げるセフィーナ。

 すると、その足もとに更なる影が!

 だけど、それさえもセフィーナは簡単に回避していく。

 セフィーナを呪縛しようと思ったら、裏を掻かなきゃね。


 連続した呪縛法術の影を回避していたセフィーナの懐に、一瞬で耳長族が空間跳躍してきた!


「残念。見え見えの動きね」


 だけどその次の瞬間には、その耳長族は投げ飛ばされて空中を舞う。

 セフィーナは相手の術の流れを読み、自在に操るのが得意だ。

 耳長族の空間跳躍だって、発動前に精霊力を練った瞬間に見破られている。そして、耳長族の動きをそのまま利用して、苦も無く大人の男性さえ投げ飛ばす。

 ただし、法術だけは何故か読みにくいみたいだね。


「ルイセイネやミストを通すと法術の流れも読めるのだけれど、普通だと難しいわ。何故なのかしら?」


 と、過去に首を傾げていたっけ。


 呪縛法術を華麗に回避し、空間跳躍で肉薄してきた耳長族の人たちを投げ飛ばすセフィーナ。そこへ、流れ星さまたちが迫る!

 手には薙刀なぎなたを持つ流れ星さまたち。


 流れ星さまご一行の半数以上が、戦巫女いくさみこの職に就いていたようだね。

 その戦巫女の女性たちが、薙刀を構えてセフィーナに攻撃を仕掛ける。


 これも、有りだ。

 あくまでも相手に怪我を負わせなければ良いのだから、武器の使用も認められている。

 なんでも有りだからこそ、プリシアちゃん以外の者たちには修行になるんだよね。


 セフィーナは、連携の取れた流れ星さまたちの攻撃を華麗にかわし、耳長族の人たちを投げ飛ばし、遠隔から放たれる法術を回避する。

 セフィーナひとりに悪戦苦闘するみんな。


「ははは。楽しそうだね。僕も混ぜてもらおうか」


 すると、朝の遅いルイララが中庭に現れて、すらりと腰の剣を抜く。

 殺気の籠ったルイララの気配に、セフィーナが素早く反応して、こちらに視線を向けた。


「おはよう。頑張って!」


 僕は止めないよ?

 これも、修行のひとつだからね。

 ルイララが剣を抜けば、殺気が放たれる。それくらい気を張らなきゃ、セフィーナの相手は務まらないということだ。

 ルイララは笑顔で、セフィーナに突っ込んでいく。

 そして、当たり前のように流れ星さまや耳長族やセフィーナに向かって剣を振るう。

 驚愕する流れ星さまたち。セフィーナはそれに苦笑して、こう言った。


「気をつけて。ルイララは誰彼構わず斬り掛かるわよ? 神族はそれでよく迷惑していたらしいわ」


 僕たちも色々と迷惑してきたけどね!

 セフィーナの説明に、流れ星さまたちは気を引き締め直す。

 これは「遊び」だけど、真剣に取り組まないと痛い目を見るのは自分たちだ。

 鬼役の狙いはセフィーナ。だけど、ルイララの横槍が入る。セフィーナだって応戦するから、必然的に混戦状態になっていく。

 しかも、ルイララは殺気を放っているからね。上級魔族の殺気は、受けるだけで魂が縮みそうになるくらいに怖い。その圧力とも戦わないといけない流れ星さまたちにとっては、厳しい戦いだ。


 耳長族の人たち?

 彼らは、ルイララが参戦してきた瞬間に逃げていきました!

 まだまだ、耳長族の人たちではルイララの相手はできないからね。

 狙いをセフィーナ以外の逃げ役の人に変更して、湖の畔から脱兎だっとごとく去っていきましたよ。


「朝から賑やかしいことだ」


 すると、ルイララに遅れて、魔王とシャルロットも中庭に姿を現す。

 朝の早い流れ星さまや僕たちとは違い、魔王たちの朝はゆっくりだ。


「おはようございます。まだ魔王城には帰らなくて良いんですか?」

「エルネア君、大丈夫でございますよ。なんでしたら、数年くらいはこちらに滞在しても問題はありません」

「いいえ、家臣や国が気になるでしょうから、そんなに長く滞在しないように!」


 恐ろしい人たちです。

 こちらが嫌がることを、あえて選んで実行しようとするなんて、やはり魔族だよね。


「なんだ、そんなに早く帰ってほしいのか?」

「ううん、冗談ですよ。魔王たちも竜王のお宿のお客様なので、ゆっくりしていってくださいね」

「では、やはり数年間は……」

「きゃーっ!」

「めいそうめいそう」


 おおっと、そうでした。

 千客万来状態で、瞑想修行が中断しちゃっていたよ。

 アレスちゃんに指摘を受けて、僕はまた瞑想に戻る。


 さてさて。お屋敷中に散った人たちの様子はどうかな?

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