気配り初心者は、まだまだ未熟です
誰かに尽くす。またはみんなに奉仕する。気を配る。というのは、意外と奥が深い。
誰が何を好んで飲むのかという「飲み物」だけをとっても、人それぞれだ。
酒精の高いお酒をお湯で割って飲む人。水で割る人もいるし、そのままを楽しむ人だっている。
そして、お湯で割るか水で割るかで、液体を注ぐ順番が違ったり、比率も様々だ。
更に、あの人はもうそろそろお代わりがいるなとか、あの食べ物を食べているなら今度はこっちを飲むだろうなと、状況を読まないといけない。
お酒ではなく、お茶を飲む人。水を飲む人。食事中は口直し程度にしか液体を口に含まない人。
観察すると、飲み物に気を配るというだけでも実に複雑で、難しいことに気づく。
それを
僕もみんなに尽くすぞ、と決意したのは良いものの、そうした奥深さに気づかされて驚いちゃった。
今の僕には、ミストラルたちのような「相手が気配りに気づかないほど上手く立ち振る舞う」なんて無理だね。
しかも、会場全体のみんなの様子を把握するなんて、荷が重すぎる。
それでも、竜王のお宿の亭主として、僕もこうした気配りを身につけなくちゃいけない。
ということで、まずは身内への気配りから始めてみる。
身内なら、好みや考え方を熟知しているからね。
「はい、セフィーナ。貝の網焼き係りを代わるよ。熱いでしょ?」
と、僕はセフィーナに冷たいお水を渡して交代を申し出る。
セフィーナは、お魚の下処理などが終わった後も焼き物係りを受け持ったりと、休みなく働いてくれていた。
姉のユフィーリアとニーナとは違い、すごく働き者なのがセフィーナの良いところだ。
「あら、ありがとう。それじゃあ、お言葉に甘えて」
セフィーナは幾つかの焼き上がった貝を選んで、お皿に盛る。そして、まずは冷たいお水で喉を
「エルネア君もちゃんと食べてる?」
「うん。食べているよ。あ、その大きな二枚貝はふわとろで美味しいよ!」
「それじゃあ、焼き物係りだった特典として頂こうかしら」
次に二枚貝を頬張るセフィーナ。
北の海、特に禁領に接する海岸は何者にも荒らされていない漁場のようで、どの海産物も大きく育っている。
口一杯に食べ物を頬張ると、それだけで幸せになるよね。セフィーナも、美味しい海産物を思いっきり食べられて、幸せそうだ。
「そうだ、セフィーナ。こっちに残っていたみんなの様子はどうだったの?」
「そうねぇ。魔王に色々と用事を押し付けられて大変だったけど、そのおかげで流れ星様たちとは親しくなれたかしら?」
「やっぱり、残った人たちにも魔王は気を配ってくれていたんだね」
「ふふふ。最初は嫌がらせだと思ったけれど、違ったわね」
「うん。魔族なのに優しいね」
セフィーナは、せっかく焼き物係りから解放されたというのに、僕の側で寛ぐ。
どうやら、今が僕を独占できる好機だと捉えたようだね。
僕は、
もちろん、会場の様子を観察しながら、みんなが貝を食べたいと思った絶好の時に提供できるように、気を配ってね。
すると、流れ星さまご一行の代表を務めるディアナさんが、こちらへと歩み寄ってきた。
「本日は色々とご配慮いただき、ありがとうございます」
「いえいえ。こちらこそ。こういうおもてなしが僕たちなんですが、大丈夫だったでしょうか?」
「はい。
巫女様らしい柔らかい笑みを浮かべるディアナさん。
僕が二枚貝を渡すと、美味しそうに食べてくれる。
「海の幸とは、とても素晴らしいものですね」
「はい。本来はなかなか手に入らない食べ物ですので、いっぱい
僕たちもディアナさんたちも内陸育ちなので、海産物の贅沢な夕食は貴重なんだよね。
流れ星さまたちだけでなく、お屋敷の中庭に揃った全員が幸せそうな顔で思い思いにお腹を満たしている。
「先ほど、ヴィレッタとヴィエッタに北の海でのお話を伺いました。エルネア様は、とても素晴らしいお考えをお持ちなのですね」
「わわっ。あのことを聞いたんですね? 恥ずかしいなぁ」
僕が空の上や北の海で熱く語ったことを、双子の流れ星さまが今日の報告としてディアナさんに伝えたみたいだ。
「それで、なのですか。エルネア様のお話を、流れ星の全員に語っても良いでしょうか? 実は、まだ多くの者たちが新たな地での生活と残してきた者たちへとの未練で思い悩んでいるのです」
表面上は、楽しい雰囲気の夕食会場。
だけど、誰にだって悩みや不安はある。
かくいう僕たちだって、マドリーヌとセフィーナの結婚の儀はどうしようだとか、これから流れ星さまたちに満足してもらえるような滞在期間を提供できるのかな、という不安や悩みがある。
同じように、いや、僕たち以上に、流れ星さまたちはいろんな想いを抱え込んでいるんだ。
その流れ星さまたちの小さな救いになるのであれば、ちょっと恥ずかしいけど、僕が語ったことが広まるくらいはお安い要件だね。
「はい。かまいませんよ。それに、ここには僕だけじゃなくて、ヨルテニトス王国の巫女頭様や竜峰の流れ星もいますので、きっとみなさんの導きの手助けができると思います」
それと、と僕はミストラルやユーリィおばあちゃん、それに魔王を見つめる。
「種族や生活環境によって、様々な価値観や人生経験があると思いますので、そうした者たちと交流することも大切だと思います」
「ふふふ。本当にエルネア様は素晴らしいお人ですね」
ディアナさんも、僕の視線を追って会場内のいろんな人たちを見渡す。
そして、複雑そうな表情で魔族を見る。
「わたくしどもの故郷では、魔族はただ単に恐ろしい存在としてでしか認識されていませんでした。ですが、あの魔王陛下や家臣の方々の様子を見ていると、それは
「ですよね。僕も最初は、魔族は恐ろしい敵だとしか思えませんでした」
でも、ルイララは違った。
彼は、領民のために本気で怒れる。
魔王だって、臣下や国民のためだけでなく、竜峰のために気を配ってくれていた。
そうした、人として僕たちと変わらない思考や価値観を見せられて、考えを改めさせられていった。
過去の出来事を踏まえながら僕が話すと、ディアナさんは驚きながらも頷いてくれた。
「エルネア様のお話を聞いていて、ふと思いました。あの方……アーダ様は、この地を訪れたことがあるのですよね?」
「はい。過去に二度ほど、禁領で短い時を一緒に過ごしましたよ」
「そうですか。では、あの方はやはり……」
僕やセフィーナに語るというよりも、
僕たちは首を傾げてしまう。
すると、また柔らかい笑みを浮かべて、謝罪された。
「ごめんなさい。ようやくあの方の想いが真の意味で理解できたと思えて。
ああ、どうか
僕やセフィーナも、またアーダさんと笑顔で再会できますようにと、心から月に願った。
流れ星さまご一行を歓迎する夕食会は、大盛況にうちに幕を下ろした。
清く正しくを
きっと、色々と張り詰めていた気が抜けて、羽目が外れすぎちゃったんだろうね。
だけど、そんな流れ星さまたちは、次の日にはまたすぐに正しい生活に戻るらしい。
早朝。僕はミストラルに起こされた。
ぱぱっと身支度を素早く整えて、中庭に出る僕たち。
すると、既に大勢の人たちが活動を始めていた。
太陽は、まだ竜峰の
ようやく空が白み始めたばかりだというのに、流れ星さまたちが昨夜の後片付けに取り掛かろうとしていた。
他にも、耳長族の人たちは、既に片付け真っ最中だ。
「みなさん、朝が早いですね! おはようございます!」
みんなが早起きで頑張っているというのに、僕たちだけがいつまでも朝の活動を始めないのは情けないよね。
ミストラルも、そう思って僕を起こしてくれたんだと思う。
ルイセイネに起こされた他の妻たちも、中庭に出るとすぐに動き始めた。
「片付けは僕たちにお任せください」
と流れ星さまたちに言うけれど、誰もが笑顔で「大丈夫ですよ」と返してくれる。
ルイセイネやマドリーヌの朝が早いように、流れ星さまたちの朝もしっかりと早いみたいだね。
そして、面倒な後片付けなども嫌な顔ひとつせずに、むしろ率先して動いてくれる。
耳長族の人たちの方が、流れ星さまたちの規律の取れた活動に押されて戸惑っているくらいだ。
「さあ、手の空いている人は朝食の準備よ。セフィーナ、ライラ、食糧庫から食材を準備してきてちょうだい」
「昨夜はあれだけ食べたり飲んだりしたのだから、軽めの朝食にするのかしら?」
「お野菜をいっぱい持ってきますわ」
ルイララの作ってくれた汁物がまだ余っているらしく、それを中心とした朝食の
禁領の食事には、規則がある。
ミストラルの村のように全員が好きな物を好きなだけ取って食べる。だけど、お残しは厳禁。さらに、前回の食べ残しの料理から率先して手をつけなきゃいけない。
これは、もちろん竜王のお宿に宿泊しているお客様にも適用される。
ということで、僕はお屋敷の規則をディアナさんに伝えようと、流れ星さまたちの集団を見渡した。
すると、僕よりも先に、ディアナさんの方がこちらに駆け付けてくれた。
「おはようございます、エルネア様」
「おはようございます、ディアナさん。朝が早いですね!」
「はい。流れ星ではありますが、規則正しい生活を心がけておりますので。ルイセイネ様とマドリーヌ様も、素晴らしい巫女でございますね」
「二人は、僕たちの誇りですからね!」
「素晴らしいことだと思います。それでなのですが……」
と、ディアナさんはお屋敷の一画に視線を向けた。
「あちらに小神殿の施設がありましたので、勝手に使わせていただいたのですが、宜しかったでしょうか?」
「はい。お屋敷は大きすぎるので、他にも何箇所か小神殿の
お屋敷内に他にも小神殿が設置されていると知って、ディアナさんは嬉しそうに微笑む。
「エルネア様たちは、本当に
「いえいえ、僕なんていつもルイセイネに怒られるような
それに、竜人族のミストラルは神殿宗教に興味を持ってはいても、信者ではない。
プリシアちゃんなんて、耳長族の人たちに謎の宗教を広めています!
なんて話したら、楽しそうに笑われた。
「本当に、本当にありがとうございます。これより暫くの間、滞在させていただくことになると思いますが。わたくしたちで宜しければ、どのようなお手伝いもいたしますので、どうか遠慮なく申しつけてください」
「おお、ありがとうございます!」
それでは!
と、僕はさっそく、無理難題をお願いした。
「今日は朝ごはんを食べたら、交流を深めるために、みんなで隠れん坊と鬼ごっこをしましょうね?」
僕の笑顔のお願いに、近くを通りかかったヴィレッタさんとヴィエッタさんが顔を少しだけ引き
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