海の幸
北の海からの帰りは、ニーミアの全速だった。
遊びすぎちゃって、太陽が西に大きく傾き始めていたからね!
日暮れよりももっと早く帰り着かないと、獲れたてのお魚をミストラルたちに調理してもらえないし!
「ルイララの獲ってきた魚は、わたしが捌くわ。ルイセイネは、それの調理をお願い。ライラは、貝類を
「ユフィさんとニーナさんは、プリシアちゃんをお風呂に連れていってくださいね?」
「我は竜王の森へ行って、ユーリィ様たちを呼んでこよう」
「きっと、精霊たちも賑やかに騒ぎだすわよね。我は今のうちに少し休憩するわ」
わいわいがやがやと、帰ってきたお屋敷の中庭は騒がしい。
どうやら今夜はみんなで、中庭で盛大なお食事会を開くらしい。
流れ星さまたちも、耳長族の人たちに混じってお手伝いをしてくれている。
そして僕は、いつものように正座状態です!
「くくくっ。それで、其方は何も釣れなかったと?」
「ぐふっ」
「エルネア君、まだまだ未熟ですね?」
「しくしく」
「では、釣果なしの其方は、夕食も無しだな?」
「えええっ! ……というかですね! 僕はなんで、正座をされせれて魔族に弄ばれているのでしょうか!?」
ミストラルたちは、夕食の準備で忙しい。ユフィーリアとニーナは、プリシアちゃんとニーミアとアレスちゃんを引き連れて、お風呂に行きました。
結局、プリシアちゃんは海に入っちゃったんだよね。もちろん、浅い場所だったんだけど、それでも小さな身体だから、波が来たら一瞬でずぶ濡れです。
それで、塩水でべとべとになったから、帰ってきて早々にお風呂というわけです。
長大なお屋敷には、お風呂もいっぱいある。
大小いろんな大きさ、露天から
もちろん男女別だし、大浴場が苦手という者のための小さなお風呂もあるんたけど。
北の海遠征隊は、流れ星さまたち用の大浴場を借りて、お風呂に入るらしい。
と、プリシアちゃんたちを見送る僕。正座をしたままね!
ところで、僕は何も悪いことはしていませんよ?
単に、釣りの釣果が僕だけは無かっただけなんです……
ルイララが海の中で邪魔をする以前に、僕は釣りが下手だったらしい……
「釣りは、餌や道具以前に、場所選びが最も重要だという。其方は場所選びを間違えたようだな?」
「言われてみると? お魚は海の中を泳いでいるんだから、いずれは餌に気づいて食いつくと思っていて、反応がなくても場所を変えませんでした!」
「ふふふ。エルネア君、それが原因ですね」
「意外と奥が深いなぁ」
川で
その時は、
竿に先に鈴をつけておけば、釣り糸や竿先を見る必要もない。その感覚で海釣りに挑戦したのが間違いだったらしい。
「よし、次こそは!」
「良い心がけだ。だが、覚えておけ。私の好む青物の大きな魚は、海の深い場所を泳いでいる。地磯からでは、なかなかに釣れぬぞ?」
「えっ! ということは?」
「青物を狙うのであれば、それこそしっかりとした磯場を探すか、船に乗るしかないだろうな」
「ええっと。でも、船に乗って沖に出ちゃうと……?」
「ルイララの親に襲われるであろうな」
「なんですとー!」
青物の大きなお魚って、釣るのが大変なんだね!
と、そこで気づく。
「ちょっと待ってくださいよ? ってことは、僕は最初から青物のお魚は釣れない
「くくくっ。だからルイララを付けたのだろう?」
「ルイララにお願いをすれば、陛下好みの海産物を獲ってきていただけますからね」
「罠だった! 最初から、魔族の
ルイララが、魔王とシャルロットの背後で笑っています。
酷いよね?
「で。僕はなぜ、正座をさせられているのでしょう?」
そうそう。忘れてはいけません。
僕の正座の理由ってなに?
僕に正座を言い渡したミストラルは、ルイララが獲ってきた巨大なお魚を、これまた巨大な包丁で捌く準備をしている。
人の身長の二倍以上はある丸々と肥えたお魚を、網の中から両手で軽々と持ち上げるミストラル。それを大きなまな板の上に乗せて、お腹に包丁を入れる。そして腕を躊躇いなく突っ込んで、内臓を取り出す。
ミストラルの竜人族としての
ミストラルは内臓を取り出すと、またも包丁を振るう。そして、あっという間に三枚におろす。
綺麗な赤身と、桃色にも似た脂肪の乗った身が綺麗だね。
ルイララ
「血抜きが大切だから、それだけは現地で処理してしまおう」
という
だから、大きなお魚を捌いても、余計な血は飛び散らない。
まあ、ミストラルの料理の腕があれば、どんな食材だって見事に捌かれるけどね!
ミストラルが捌いたお魚を切り分けていくルイセイネ。そして耳長族の女性陣や流れ星さまたちと一緒に
見た感じだと、お屋敷に残っていた流れ星さまたちも随分とみんなに馴染んでいるようだ。
ただし、それでも気安く魔王やシャルロットの側に寄ってくるような人はいない。
でも、それで良いのです!
だって、流れ星さまたちまで魔王やシャルロットの弄びに巻き込まれちゃったら、可哀想だからね。
「それはつまり、其方は私たちに絡まれて可哀想だと言いたいのだな?」
「滅相もございませんよ?」
「ふふふ。エルネア君、気安くなくても、こちらの思惑次第で全てが巻き込まれるということを覚えておいてくださいましね?」
「もう忘れました! ってか、流れ星さまたちを巻き込んじゃ駄目ですよ?」
「ならば、其方が奉仕することだ」
「この魔王、弄ばれることを奉仕とか言ってますよ!」
魔王とシャルロットに僕が遊ばれている間にも、料理の準備は着々と進んでいく。
「お二人とも。先にこちらが作り上がったので、どうぞお召し上がりください」
すると、ミストラルが気を利かせて、
ぐつぐつと、巻貝の
ミストラルは机に貝の網焼きを置いて、お酒を振る舞う。
魔王は器に注がれた透き通るお酒を、くいっと飲み干す。そして、巻貝に
そして、またお酒を飲む。
うむ。見ているだけで美味しそうだね!
ぐうぐうと、僕のお腹が鳴り出し始めました。
「ねえ、ミストラル。僕もそろそろお腹が空いたんだけどさ。ちょっと聞いても良いかな? 僕はなんで正座をさせられているのでしょう?」
魔王とシャルロットにお酒を振る舞いながら、ミストラルが僕を見た。
そして、苦笑する。
「ごめんなさい。忘れていたわ」
「えええーっ!」
「嘘よ、冗談。でも、そうして貴方が魔王たちの相手をしてくれていたから、順調に夕食の準備が進んだことはたしかよ」
「つまり、僕は生贄として正座をさせられていたわけだね!?」
「それが、其方の役割だろう」
魔王が笑う。シャルロットも微笑み、ルイララまで笑顔を浮かべていた。
そして、遠巻きに僕たち、というか魔族の様子を伺っていた流れ星さまたちが、少しだけ
流れ星さまたちは、まだ魔王たちを「魔族という種族」としてでしか見ていない。
たとえ、日中を通して同じ空間で過ごし、自分たちに無用な危害は加えないのだと理解していても。
だから、魔族の魔王やシャルロットが普通に話したり笑ったり、自分たちと同じものを同じ場所で食べる、という日常に強い違和感を抱いているんだろうね。
これから先。禁領に滞在をしている間に、そうした違和感や
だから、まずは僕が率先して、魔族と人族の
「ということで、その二枚貝が食べたいと所望する僕なのです!」
「ほう、これか」
と、酸味のある香りの強い
そして、僕の目の前で食べる!
「ですよねー! そういうことをするのが、魔王ですよねー! ミストラル、僕のもちょうだい!」
「駄目よ。最初は海の幸を言いつけ通りに獲ってきてくれたルイララの上司に振る舞わないと。貴方の分は、全員が揃うまではお預けです」
「そ、そんなぁ」
海産物を最も獲ってきたのは、言うまでもなくルイララだ。でも、魔王やシャルロットの手前、ルイララが先に口を付けるわけにはいかない。
だから最初に魔王たちに振舞って、次は功労者のルイララ。
役に立たなかった僕は、お預けなんだね。
しょんぼりと肩を落とす僕を見て、魔王たちが愉快そうに笑う。
そして、人として正しい反応を示す魔族の姿を、流れ星さまたちは遠巻きで不思議そうに見つめていた。
竜王の森からユーリィおばあちゃんたちが訪れて。
精霊たちが中庭を賑やかに照らし出し。
さっぱり綺麗になったプリシアちゃんたちが揃ってから、流星さまご一行の歓迎夕食会は始まった。
ようやく「お座り」が解除された僕は、プリシアちやんと競って焼き魚に飛びつく。
「エルネア君。陛下はこの魚の
「ルイララ、遠慮せずに持って行って良いよ!」
「ははは。宰相様からの命令で、エルネア君に持って来させるようにってさ」
「僕を巻き込まないで!?」
「んんっと、プリシアも食べたいよ?」
「ぐぬぬ。仕方がない。プリシアちゃん、これを二人で魔王のところに持って行こうか」
「うん!」
大皿には、本日一番の大魚の頭を
表面の皮がぱりぱりに焼けて
それを、僕は魔王のもとへと運んでいく。
プリシアちゃんは、自分用と僕のお皿を持ってついて来てくれる。
「エルネア君、そこに置いてくださいね。取り分けはわたくしが担当いたしますので」
シャルロットは、僕が机の上に置いた大皿の兜焼きの頭部に小刀を差し込み、ほくほくのお肉を取り出す。
獣の肉とは違い、ほろほろと崩れそうな肉の塊が、それでも
シャルロットは
ごくり。と僕の喉がなる。
どうやら、網焼きにしたお魚には、酸味のある柑橘類の搾り汁が良く合うようだ。
しかも、焼いたお魚の種類や食べる部位によって、色々と違う。香りの強いもの。酸味の強いもの。塩と相性が良いものなど、いろんな柑橘類が選択肢に上がる。
それを、慣れた様子で躊躇いなく選び抜き、お肉に搾り掛ける魔族の様子を見て、僕は思う。
魔王たちは、海魚をよく食べているんだろうね。
広大な領土を持つ魔族だ。しかも、巨人の魔王は妖精魔王クシャリラの領土を吸収したことで、北の海まで
そして、側近にルイララがいる。だから、内陸に魔都が在っても海魚を食べられるし、美味しい食べ方を知っている。
アームアード王国でも、王侯貴族は
でも、冒険者が命懸けでシューラネル大河を下り、必死に海産物を手に入れたとしても、持ち帰るまでに日数がかかってしまう。だから、王族であっても、口にするのは長期保存できるように加工された
だから、こうして新鮮なお魚や貝類を焼いたり煮たりして食べられるのは、実はとても貴重な体験なんだ。
流れ星さまたちも、海の幸の大盤振る舞いに歓声をあげて喜んでくれている。
お魚の網焼きや貝類の焼き物、煮付けや他の様々な料理の前に規則正しく並び、出来立てを受け取ると、きちんと座って食べる。
誰もが幸せそうな笑顔だね。
ということで、僕のお腹も海の幸を欲しています!
「ほれ、プリシア。熱いから気をつけて食べろ」
「はふはふ。美味しいね!」
遠慮なく魔王の膝の上に座ったプリシアちゃんは、魔王よりも先に兜焼きのお肉を頬張る。
「僕も食べたいです!」
はい! と元気よく手を挙げたら、シャルロットが僕の口に小さなお魚を放り込んだ。
「うわっ。
「その苦味は、内臓の苦味でございますよ」
「なんて物を食べさせるんだい!」
「あら、エルネア君。その小魚は珍味でございますよ? 苦味が酒精の強いお酒と合うのでございます」
「僕はお酒にあう小魚より、口一杯にお魚のお肉を頬張りたいんだよ? あ。それとさっき魔王が食べていた二枚貝も美味しそうだったね! ぷりぷりの身からじゅわっとお汁が溢れて……!」
思い出しただけで、
貝類は、大きい物は網焼きにされている。
小さい物は、ルイララがなにやら汁物にしているね。
おのれ、ルイララめ。ああ見えて、料理が意外と上手なんだよね。
「其方も、料理を覚えるのだな」
「僕は、妻たちの作ってくれた物を食べるのが専門なのです!」
「プリシアも!」
僕だって、ひとり旅をした経験もあるから、調理はできるんだよ?
でも、ミストラルたちの手料理に比べたら情けない味だし、みんなが僕に食べて欲しいって作ってくれるからね。
なので、料理の腕を磨く機会なんてなかったんだ。
「それでも、貝を網焼きにしたり魚を
「むむむ。魔王からそんなことを言われるとは。……でも、そうかもしれませんね。僕はいつも与えて貰うばかりのような気がするから。これからは、みんなのために行動することも大切なんですね」
成り行きで大冒険をしたり、大騒動に巻き込まれたり。
そういう時って、みんなは僕に尽くして、ついて来てくれる。
だからこそ。日常では、僕はみんなのために尽くさなきゃね!
「よし、まずは網焼きから覚えよう! ルイセイネ、僕が代わりに貝を焼くよーっ!」
「あらあらまあまあ、それは助かります」
僕は、自分の食欲を満たすことよりも家族のため、みんなのために、お皿を置いて焼き物広場へと走って行った。
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